第2話 兎の耳は早い
1
前々から怪しかったわけじゃないんだけど。どうも最近なんといいますか、そこはかとなく幸せオーラが漂ってくるような。
レンズが曇ってるのかな。俺の水晶体が濁ってるのか。
推測が正しいとしたらつまんないな。第一悔しいし憎らしいし。
やってらんないよ。こっちは毎日毎日忠告警告メール。日に日に文面がきつくなってくるからさすがの俺も限界っぽいね。
「懲りたんじゃねえっけか?」
「いんや微塵も」今朝届いたメールで気を持ち直した。
あれをぜんぶ鵜呑みにする気力が俺には残ってた。
「そうやっておめでたいとさ」兎耳山が言う。
「めでたいのはいいことだ。だいたい」
図ったようにケータイが。
あらやだ。発信元は確かめるまでもなく。
「お、
「はいはい、緊急呼び出し」そよちゃんから。
「最期の朝飯はどうだった?」兎耳山が嫌味を言う。
「うまかったよ」
まったく兎耳山は。俺がどんだけ浮かれてるか知る由もないくせに。
俺が、
兎耳山に彼女ができようがそれが鶸佐毛である限りどうだっていい。
生徒会で彼女いないの俺だけじゃないしさ。
生徒会棟。走ってもだいぶある。
入り口で直進、階段上がって右折。
この程度の距離で悲鳴が上がるとは。写真部で鍛えた俺の足腰は。
でも、いちお、体力あるってことを見せるためにわざと。すうはあ。
「ご、ごめん。ちょっち遅刻気味。朝食ゆっくり食べすぎて」
そよちゃんは見もしない。黙々と手元の写真を分類。
リアクションが薄すぎる。
せめてそう、くらいは言ってくれてもいいような罰も当たらないような。俺の渾身の見栄っ張りに対して。
総務委員長が「こっち」て、眼を遣った先に。
写真の大山脈。
「よく撮れてるっしょ?」
無言。
唾呑み込む音すら出しづらい。
写真がテーブルとこすれる音も、シャーペンが紙に衝突する音も。
「あ、あのね」
「盗撮をやめてください」そよちゃんが言う。
おしゃべりタイム終了。
そんなきっぱりと。
「れっきとした新聞委員長としての」
「あっち」そよちゃんの眼線の先。
プリントアウトの大河川。
「げ、なんでこんな」
「説明が必要?」
俺が隠し撮りしてたから。それに尽きる。
「いい加減にしてください。体育の時間をこういうことに使ってたんですね」
おかしい。データは俺のところと。
あ、まさか。
「あいつ」
「兎耳山君は正しいことをしました。おわかりになりませんか。友だちなのでしょう? 友だちが間違ったら」
「間違ってないよ、俺がしたことは新聞委員会の」仕事の一環で。
「体育の時間にマラソンをサボって水着姿の私を撮影することがですか」
まったく。これだから頭の固い。
「先生には?」
「云いました」そよちゃんが言う。
「なんだって?」
「処分は生徒会で決めろ、と」
自治ね。いい言葉だ。まるで俺のためにあるような。
誰が。
「あのね、しぶきがカメラ持ち歩けばこんなことには」
「
「だったら俺が写真を撮ること自体なんの」問題もないはずで。
「ですから常識を弁えてください。あなたが写真を撮る役割なのであればそれなりの倫理を持って」
「常識とか倫理とか、めんどくさいんだよね。いいじゃん。別に裸撮ったわけじゃないんだし」
「撮ったのですか?」
「残念ながらまだ。撮らしてくれるんならいつでも」
叩かれると思った。でもそよちゃんはそんなことしない。説明すればわかってくれると思ってる。性善説。莫迦馬鹿しい。世の中には言っても聞かない聞くつもりもない人間がごろごろしてる。
知らないんだ。そよちゃんは汚い世界を。汚れた世界を。
だから好きなんだけどね。
「一ヶ月間カメラを預かります。会長と相談して決めました」そよちゃんが言う。
「へいへい、どうぞご勝手に」
受け取る。瞬間に、腕。
引っ張る。そよちゃんが俺に向かって倒れて。
「離してください」そよちゃんが俺の腕の中でもがく。
「いいにおいする」
「百雲君」
「俺さ、好きなんだ。そよちゃんが」
暴れてる手が止まった。おや、結構インパクト大?
「だから写真いっぱい撮りたくて。ごめん。やっぱこうゆうことって云うの恥ずかしくてね。でもそよちゃんのこと好きな気持ちは止められなくてさ」
「単なる言い訳です」
「そうだね。好きなんだ。それだけ知ってて欲しい」
離す。そよちゃんの顔真っ赤。
わ、カワイイ。
「からかわないでください」そよちゃんが言う。
「本気だよ、超本気。俺と付き合って」
「授業が始まります」
「放課後にもう一回聞くから。そんとき返事して」
ここは一旦引いたほうがいい。カメラも大人しく没収されとく。
なんだ、話せばわかってくれる?もしかして百雲君てそんなに悪い人じゃない?て思わせる作戦。
スタート。
「盗撮パパラッチがカメラ取られたら存在価値ねえな」兎耳山が嫌味を言う。
「友だち売った外道に言われたくないね」
朝っぱらから数学だってのに、珍しく兎耳山が起きてた。毎回課題が出て、当たった人は授業が始まる前までに黒板に解法を記しとく。授業は先生がそれを答え合わせして解説。眠くてたるくてつまんないの骨頂だってのに。
やっぱ最近、心入れ替えた?
「受験生だし。浪人するつもりねえし」
と、なんとも頼もしい発言が。いままでの兎耳山はなんだったのか。そのくらい転換っぷりが激しい。
「お前ももうちょい真面目に」兎耳山が言う。
「知ってたか。俺、割と要領いいから」
強がってみたけど兎耳山にはお見通しか。伊達に長いことつるんでない。俺にだって将来設計くらいある。勿論大学にも行くし、受験に失敗なんて考えてもない。あり得ない。
そよちゃんが教えてくれればスポンジみたいに吸収するのに。
そうだ。勉強教えてもらおう。百雲君も心を入れ替えてこれからは真面目に勉学に励むことにしたので一緒に勉強会でも。
よし、いける。これだ。
やっぱギャップがいいんだろうな。ふざけてて適当にやってたのがいきなり引き締まれば気になるよね。兎耳山はその方法を使ったに違いない。まったく、さっさと教えろよそうゆうことは。
四組に行ったけどそよちゃんはすでに帰ったあとで。
着信は拒否。あらま。メールも返信が来そうにない。避けられてんのかな。恥ずかしがりやサンだなあ。
でもそよちゃんが行くとこなんか一つしかない。バレバレだよ。
生徒会棟。
話し声。誰だ?監査の奴かな。
隙間からのぞいてやれ。俺の十八番だ。そこには。
楽しそうに笑うそよちゃんと。もうひとり。
黒髪メガネ。
「なにやってんだよ」
「う、わ」
吃驚した。兎耳山か。
無駄にタイミングのいい。これ、狙ってやってないから腹立たしい腹も一旦停止するというか。
「カメラなくてもやるこた変わらねえのな」兎耳山が言う。
トイレ行くふりして兎耳山を誘導。そよちゃんにのぞきがバレたら作戦が水の泡だ。
「お前告ったって、まじ?」兎耳山が言う。
「まじだよ。おおマジ。で、いまから返事もらうとこ」
「やめたほうがいいんじゃ」
「わからねえよ。案外オーケしてくれっかも」
「そうじゃなくて。お前、かんっぺき眼中ないぞ」
さっきの情景がよぎる。眼中にない。
「なんか知ってる?」
「噂だよ。ほんとのとこはお前で確かめろよ」兎耳山が言う。
聞くんじゃなかった。兎耳山っていう人間は何度生まれ変わっても俺の明るい未来を台無しにするために存在してんじゃないかと思う。たぶんそうだ。
そよちゃんは、俺なんか見てない。見てるのは。
俺以外の。
「オーケ出たとしたらそりゃ憐れみ以外のなにもんでもねえな」兎耳山が去り際に言う。
兎耳山を追っ払ってから、嫌味みたいなばっちりのタイミングで廊下を歩いてく後ろ姿を睨みつける。突き当りの階段を上がって三階の生徒会室に行くんだろう。そこがホームだから。
カメラがあったら。あってもなくてもしてることはおんなじか。
生徒会長。
なんだってそんな鉄壁無表情生徒会長に。
2
オーケはもらえなかった。当然と言えば当然。釈然とはしないけど、兎耳山の言ってたことが本当てゆう裏づけになった。
「ごめんなさい。私、百雲君のことは」そよちゃんが言う。
「好きじゃない。ふーん」
「ごめん。早く断ればよかったんだけど」
「いいよ。放課後にしてって言ったの俺だし。でも俺のこと好きじゃないならほかに好きな奴がいるってことにならない? 誰」
「それは」
言い淀まないでよ。可愛すぎるから。
「ごめんなさい」そよちゃんが言う。
「会長?」
そよちゃんが俯く。
ねえ、なんでそんな。
「違ってるなら訂正すればいいじゃん」
俯いたまま紅くなる。
やっぱそよちゃん、かわいすぎ。
「言ったの?会長に。言ってないっぽいね。言っといてあげようかちょうどこれから用事あるし」
カメラ返せって。
ついでにそよちゃんも返せってね。
「何てゆっとく? 好きです?愛してます?付き合ってください?私ずっと会長のことが」
「やめて」そよちゃんが言う。
「やめるよ。これ以上そよちゃんに嫌われたくない」
泣けばいいのに。泣いたらもっとかわいい。
肩震わせて唇噛み締めて。耐えてるんだろうな。俺が立ち去るまで。俺が眼の前から消えていなくなるまで。
いなくなったら泣くかな。ダムは崩れるかな。
「んじゃ、そーゆーことで」
「言わないで」そよちゃんが言う。
「だいじょー。俺とそよちゃんの秘密。おーけ?」
ドア閉めて一旦階段を下りる。停止。
ゆっくり静かに上って、右折。
ドアに耳あり。
聞こえない。泣かないかな。あんなことじゃ。あれくらいじゃ。どうしたらそよちゃんの心に残れるだろう。どうしたらそよちゃんの心抉れるだろう。なんでもいいのに。気にしてもらえるなら何でも。
盗撮まがいのことしてたのだって、気にしてほしかったから。声かけてほしかったから。駄目だって注意してほしかったから。
なんつーガキ。
ストーカもパパラッチも、そよちゃんがこっち向いてくれさえすればすっぱりやめる。真面目な写真だけ撮って真面目に新聞作るよ。それが新聞委員長の俺の仕事だから。
3階は会長と副と総務以外は基本、用なし。2階まででこと足りる。会長に会いたいときは総務に言えばいい。そよちゃんならすぐ捉まるし、大抵のことは総務に聞けば解決する。
でも俺は生徒会のトップとしての会長に用があるんじゃない。そよちゃんが想いを寄せるにっくきライバルとして用があるわけだから。
踊り場で立ち止まる。
上から会長が見てた。
「珍しいですね。どうしたんですか」会長が言う。
「ちょっと時間いい?」
「どうぞ」
その余裕がムカつく。二年のくせに。副もそうだけど、ほかの役員は全員三年なのにね。人気投票制だかなんだか知らないけど君たちだいぶ目立ちすぎ。
「なんで見てたの?」
「あ、すみません」会長が言う。「あの階段、壁伝いでしょう。だから音がここまで響くんです。誰か上がってくるとすぐわかるというわけで」
「副の足音でも総務委員長の足音でもないから見てた、と」
「予想だにしない人で内心吃驚してるんですよ、これでも。もしかしてカメラの件ですか」
「一ヶ月ぽっちで解決すると思ってる?」ソファに座った。
会長も座る。向かいに。「それは僕の都合じゃなくて先輩の心持次第かと」
「やめないよ」
「そうですか。それは残念です」
「あんま残念そうに見えないね」
「次の手を実行したくないんです」
「ちなみにどうするつもり? 退学?」
「接近禁止にしようかと」
「なにそれ、ストーカじゃん」
「それに準ずるものがあるのだとご申告があったものですから」
一瞬兎耳山の顔がよぎったけど、違う。
本人からだ。
ついさっき。そよちゃんが微笑ってたときの。
「具体的にどうやるのさ」
「新聞委員長を辞めていただきます」会長が言う。
「任期あと半年もないってのに?」
「はい。副委員長に委員長を兼任していただきます」
「ずいぶんしぶきを買ってるんだね。そんな仕事できるっけ」
「先輩よりはずっと」
「で、話通ってる?」
「これからです。先輩が退席したら呼びます」
なにもかもが完璧。完璧すぎて気持ち悪い。
悪いのは俺で、困ってるのがそよちゃん、てゆう図式が見事にできてる。
「一ヶ月猶予期間もらえて、その間に俺が新しいカメラ買ってまったくおんなじこと繰り返したらクビになるってことね」
「ご理解が早くて助かります」
会長は俺と眼が合ってから一度も表情が変わってない。人形やら仮面やらそうゆう類じゃないのかね。ただ淡々と感情もなく事実だけを告げる。
機械とどう違う?
こんなのに、そよちゃんは騙されてるんだ。かわいそうに。
俺がいま、助けてあげるからね。
「ご用件は以上ですか?」会長が言う。
「もう一個。総務委員長のことどう思う?」
「質問の意図がわかりかねますが」
「なんかトクベツな感情持ってたりする?」
「いいえ、特には」
「そ。ならいいや」
「言伝を頼まれたんですか?」
「いんや、聞かなかったことにして。なにせ秘密だから」
踊り場で呼び止められる。
上から会長が見てる。
「ついでに僕のも、聞かなかったことにしてほしいんですが」会長が言う。
「なあに?」
「僕は色恋沙汰にさほど興味がありません」
「志向の話?」
「先輩は発言の裏を読むのがお上手ですね」
「俺なんかに教えていいの?」
「この学校で知ってるのは僕以外に二人しかいません。副と陸部期待のスプリンタ。二人が僕との約束を破るはずがありません」
なるほど。広まったら俺のせいだと。震源地が俺しかいないとそうゆうことか。
まったく、煮ても焼いても食えない。
「カメラ。大事に保管しといてね。お気に入りなんだから」
「重々承知しました」会長が言う。
さあて、そよちゃんの失恋は決まったわけだが。
俺の失恋はどうだろう。本命に思いが届かないと知ったら揺れるだろうか。揺れないな。そよちゃんはそうゆう女の子じゃない。
だから好きなんだよね。
喋りたい。トミヤマならべらべら言い触らさないだろうから。俺以外にまともな友だちいないから言いふらす相手もいないってのがほんとのところだけどさ。
「え、まじで?」兎耳山が言う。
「本人に聞いたんだからマジだろうね」
「知らなかった」
「そりゃ知らないよ。秘密にしとくのがふつーっしょ」
「てことは、てことで?へ?」
「考えてから話せよ」
「好きな奴いんのかな」兎耳山が言う。
「なにどきどきしてんだよ」
「勝手に心臓の音聞くな」
「聞こえねえよ。どきどきしてたのかよ」
「するだろ、ふつー」
「いや、お前だけだと思うよ」
「だって俺、そうゆう人知らねえしさ」
「大して変わんねえよ。好きんなるってことはおんなじなわけだしね」
「誰が好きなんだろ」
「お前まさか、生徒会で、とか考えてないだろうな」
「身近なとこなら副かな」
「あいつどー見ても違うだろ?他所に彼女いますって感じだし」
「じゃあ誰だよ」
「誰でもいいだろ。いまそんなことどうでもいいんだから」
「何の話だっけ?」
「お前と女史。ぶっちゃけどうなの?」
「どうって、どうもこうも。どうだろ?」
「俺に聞くなよ。お前が知ってんだろうが」
兎耳山はうーむ、と眉をひそめる。こいつ自分に起きてることすらよくわかってないような奴だから。
「悪かった。聞いた俺が馬鹿だったよ」
「なあ、やっぱバカかな俺」兎耳山が言う。
「馬鹿だね馬鹿馬鹿大うましか」
「うましか?」
「馬鹿だな。バカって漢字で書いてみろよ」
「あ、なーる」
バカだ。
心配しなくていい。馬鹿だよお前は間違いなく。
「委員長がね、俺のことバカって言うんだ。だから」
「まあそうなんだろうね」
のろけか。こないだちゃっかり勉強会してたらしいし。二人っきりで。
やっぱうまいこといってんじゃ。
「お前からじゃなさそうだけど」告白。
届きもしない偶像一筋の奴が。いや、届かないことに気づいて手近なところで満たそうと。
違うか。
兎耳山はそうゆう感じじゃないわ。
「だからそうゆうんじゃないんだって」兎耳山が言う。
「じゃ、どうゆんだよ」
「んー」
「できてんのかできてないのか」
「たぶん、できてはない。たぶんだけど、うん」
「はっきりしないな。つまりはお前はそんな本気でもないけど告られてまあいっかって感じでなんとなく付き合ってみたとかそんなとこ?」
「ちょい違うかな」
「違うとこを説明してほしいもんだね」
「秘密ってことで」
まさか。
「あ、駄目だぞ。言うなよ。言ったら俺大変なことに」兎耳山が言う。
「ふーん。てきとーに改竄した俺の着眼点もあながち」
「頼む。ほんとやめて。な?」
「どーしよっかなぁ」
それがマジならこれは。
強請れる?鶸佐毛を?
俺になんの得が。
3
どうやら本格的に本気の本当らしい。あの鶸佐毛がのこのこやってきた。
あの鶸佐毛がだよ? 俺を小バカにして冷めた眼で睨み続けてきたあの。
うっわ、立場逆転だね。
あらかじめ放送委員長のトッキーに許可取り済み。あいつ莫迦だからころっと騙されてほいっと鍵貸してくれた。副のめいれんちゃんに察されてなきゃいいけど、どうだろ。女の子の勘て鋭いし。
放送室。
ヴォリューム。えっと、これかな。
「話があるならそんなところからこそこそ」鶸佐毛が言う。
「堂々じゃん。名前も書いたしどんな意図かもわかってる。時間になったらちゃんと解放するしさ」
「あなたが約束を守るとは思えない」
向こうからこっちの表情は見えない。
でもこっちから向こうの動作は丸見え。ブースだけ照明点いてるから。
「兎耳山だって破ったよ」
「誘導尋問でしょう?」鶸佐毛が言う。
「誘導されて尋問になっちゃうくらい正直なんだろうけどさ。まずは質問。兎耳山のどこがいいわけ?」
「答える必要があるとも思えない」
「あ、そ。そっちからはわかんないだろうけどね、こっちには面白いボタンがあるんだ。あら不思議、これをぽちっと押すだけで俺と女史の会話が学校中に響き渡る。公開生放送って仕掛け。どう?慣れっこでしょ。なにせ毎週」
「その前に放送委員長が飛んでくるわ」
「さあてね、トッキーの奴、今日はライブだとか言ってたから。大音量で俺らのことなんか聞こえないかもよ」
「押したいなら押せば? 今の状況、誰が見ても誰が聞いてもあなたのほうが悪い」
マジで押すか。クソ生意気な。
「はい、人気絶頂のひわりゅんさんにしつもーん。平々凡々の大馬鹿野郎兎耳山なんかのどこがよかったんですかあ?」
無視。
「答えろよ」
「ファンの顔と名前くらい憶えるわ」鶸佐毛が言う。
「へえ、うざいくらいコアなマニアだから。ふうん、でもさ、兎耳山はどうとも思ってないみたいだよ? 押しに負けてなんとなーくそんな感じになってる気がしてるだけで。気づけよ。お前、一方的に想いぶつけてできてるってゆう幻想に酔ってるだけのかわいそーな」
なに笑ってんだ?
「あなた、自分こと言ってる」鶸佐毛が言う。
女じゃなきゃ殴ってた。
このガラス窓の向こうにさえいなかったら。眼の前に立ってたら。二度とアイドルなんか名乗れないように顔ぼっこぼこにしてやるとこだった。しねえけど。
「私に友だちがいないと思ってこんな愚かなこと思いついたんだろうけど、お生憎、
なんだよ、その手の。
ヴォイスレコーダ。
しぶきが持ってるのと同じ。
違う。
それはしぶきがインタヴュするときに使ってる生徒会備品の。
あいつめ。どこにいる?どこで聞いてる?
邪魔しやがって。
邪魔しかしねえ。
「坤皇子さんと話がしたいの。時間も来たようだし」鶸佐毛が言う。
「勝手にしろ」鍵を開ける。
すれ違いざまにその髪切り落としてやりたかった。
地味地味な三つ編みで素性を隠してるつもりか。バレバレだ。制服も大き目のサイズ着やがって。わざと。
わかるんだよ。巨乳で有名なそよちゃんより胸でかいことくらい。
放送室のドアの脇。廊下の壁に寄りかかって。
副のしぶきがいた。俺にケータイを向けて。
シャッタ。
「次号の一面決まり」しぶきが言う。
「記事書けってか」
「そうね。役割チェンジ?」
不毛だ。特集する気なんかないくせに。
皮肉。吊るし上げ。お詫びと訂正と謝罪。
どれもする気ない。
「スキャンダルじゃん」しぶきが言う。
「しねえっての」胸糞悪い。
「お利口さん」
「知ってたか」
「伏線はあったね。顔に出やすいし」
「そんな仲良かったか」
「当たり障りない程度。特集組むとなくなるの早いもんね」
「誰の話してんだ?」
「そよごさんじゃないね」しぶきが言う。
「鶸佐毛でもないな」俺が言う。
鉄壁無表情生徒会長か。
あんなのどっちでもいい。ミーハな女子どもの幻想ぶっ壊すと俺が怨まれそうだから。
「委員長めんどくさい」しぶきが言う。
「お前が取り上げたんだろうが」
「反省してもらえばそれでよかったのよ。更衣室に隠しカメラやられないように先手打っただけ」
「あー、やりかねなかったかも」
「でしょ? 頭冷やして。そんでぶっちゃけ」
トミーくんとたませさんはデキてるのかどうか。
新聞副委員長の鑑だよ、お前は。
「知るかよ。お前のほうが野次馬根性丸出しだろ」
「だってえ」しぶきが言う。
「聞いてみりゃいいじゃんか。友だちなんだから」
「そっくり返品」
「あいつになに訊いたってわかりゃしねえって」
「でも友だちでしょ?」
「知らないこともある」
まんざらでもないとは思うが、兎耳山は鶸佐毛のアイドルのほうの姿に魂持ってかれてるわけだから。正体とか元の姿がまさかおんなじ委員会のしかも委員長だったなんつーラブコメみたいな状況に浮かれるような強かさも持ってないだろうし。
「たませさんは相当勇気振り絞ったと思うけどな」しぶきが言う。
「なんでバラした?」
「そだね。トミーくん鈍いからね」
「言わなくたってよかったろ。そもそもべた惚れなんだから」
「憧れのまんまがいやだったんじゃない? 難しいわ乙女は」
「お前だったら言うか」
「トミーくんみたいなのタイプじゃないもんね」
「そんなこと聞いてないだろ。お前が鶸佐毛の立場だったら」
「もくもんみたいなのだったら言わないよ」
「どうゆう意味だよ。口軽いってか」
「気づいてくれそう。いちいち言わなくても」
「どーだか。俺も胸がでかいだけの頭悪そうなモデルなんざ好かないし」
一週間後にカメラを返してもらえた。会長とそよちゃん立会いでデータをぜんぶ消して。バックアップ諸共。
返却が予定よりだいぶ早くなったのはしぶきの手回しだろうけど、あと三週間我慢してデータ残してもらったほうがよかった。悔しいから言わないが。
「謝らなくていいわ」鶸佐毛が言う。
「そうゆうお達しなんだっての。いいから黙って」
逃げられた。
三日以内に鶸佐毛に放送室のあれやこれを謝罪しないとそよちゃんに一生口利いてもらえないらしい。
それは絶対嫌だ。
追い駆けると逃げるから待ち伏せ。それでも逃げる。
兎耳山から頼んでもらえばどうだろう。
滅茶苦茶面倒くさそうな顔をされた。それでも形振り構ってられない。
「そんなん好きか。うぜえよむしろ」兎耳山が言う。
「なあ、このとーり」
「拝まれても。お前やってたことが悪かったわけだし」
「お前だってあのアイドルのことずっと見てたいと思うだろ?おなじだよ。どう違う?」
「同列にされてもなあ。ひわりゅんは神聖な存在だから。触れちゃいけないんだよ。壊れるもん」
壊れねえよ。中の人が鶸佐毛なら特に。
「わかった。お前がもうちょい優しくしてやればいいんだ」
「優しく?委員長に? なんで?」兎耳山が言う。
「だからあんなつんけんしてんだよ。ほら、土日暇だろ。仲良く勉強会でもしとけよ。こないだだって」
「勉強なんかできなかったよ」
ひわりゅんモードだったから。
「なんでそこでよっしゃもらった!て思えないんだ。アイドルに直々に勉強教えてもらえるのなんて世界でお前だけじゃ」
「だからね、そう思ったらアタマ真っ白になっちゃって。シャーペン滑るし、ノートも汗でぐちゃぐちゃだし。ラジオ生放送だってあんな緊張しないと思うよ」
「情けねーな」
「俺もそう思う」
今日は期日最終日。三日目。
ちょうど会議があったから、終わった後それとなく鶸佐毛のデスクにメモを置いた。もしこれで来てくれなかったらそんときは。
そよちゃん諦める。
できないよ。絶対届かない一方的だとしても。
のこのこ来てくれた鶸佐毛が言う。「あなたの友だちどうにかして」
「無理」
そいつはお前らの問題。
4
俺の問題はこっち。
受験生に夏休みはない。それでも夏休み気分味わうくらいなら罰は当たらないと思う。受験対策特別講座に感謝。
毎日そよちゃんに会える。
「ここがわかんないんだけど」
「先生に訊いたほうが」そよちゃんが言う。
「いまの聞いてちんぷんかんぷんなら個別で聞き行ってもおんなじじゃない?」
ごめんなさい、と小さく頭下げて行ってしまった。
ホントそよちゃんは可愛いなあ。薄っすら滲んだ汗でうなじに髪の毛が張り付いてる。色っぽい。
「鼻の下伸ばしてないで私に訊いたら?」鶸佐毛が言う。
「いえ、結構」
テキストまとめて退散しようとしたら、鶸佐毛に足引っ掛けられた。俺が兎耳山だったら派手に顔からこけてたところだ。なんつー危険な。
「俺に乗り換えても無駄だよ。女史は俺の好みからかけ離れてるからね」
「教えてあげるから交換条件」鶸佐毛が言う。
「自分で訊いてください。知らないよ、勘弁して」
「あなたの連れでしょ?」
最近兎耳山がまともに顔を合わせてくれないらしい。ラジオの公開生放送には変わらず足を運んでるようだけど、学校では白々しくなったそうで。
ちょっと考えりゃわかるだろ。
鈍いんだよおふたりさん。
「ねえ、私何か悪いこと」鶸佐毛が言う。
「してるとしたら存在そのものだね」
「意味わかんない」
「そのうちわかるって」
やっと兎耳山にも呑み込めたんだろう。愛しのアイドルが隣にいるってゆうあり得ないかつおいしすぎる状況を。
そんで、当の兎耳山。
食物連鎖ピラミッドから行くとかなり下の方。びくびく怯えながら周囲を確認しつつ。鶸佐毛の姿を視界の隅っこにでも捉えたもんなら脱兎のごとくダッシュ。
端から見てる分には前となんら変わらない。サボったのがバレて叱責を恐れる副委員長。だから周りの奴は気づいちゃいない。
それでいいんじゃない?お前らは。
俺はそうもいかない。いまんとこ目立ったライバルはいないっぽいけど、憧れの存在がいつ意中の人になるとも限らない。
そよちゃんの想いが届かないんだから、俺の想いだって届かない。いやーな図式。
でもやっぱ兎耳山たちよりかはマシだろ。幾分かだけどさ。
「信じらんない。熱?そんなのふっ飛ばして来なさい」鶸佐毛が電話口で兎耳山に怒鳴る。
知恵熱でも免疫システムとしての発熱でもないと思うよ。
わかんないかな。
わかんないだろうね。
「いい? 絶対来て。初回から聴いてるんでしょ? 電波拾って聴いたら承知しないから」
知らないほうがよかったんじゃない?
なまじ偶像のほうが清らかで美しいんだよ。ナマは生々しい。
やましいね。
たまってるからだ。
ウサじやましタマらせがわ 伏潮朱遺 @fushiwo41
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