ウサじやましタマらせがわ

伏潮朱遺

第1話 鮒も船で溺る

     1


 前々から怪しいとは思ってたんだよ。でもいざ二人がくっついてみると俺だけ置いてかれたっつーか。

 ぶっちゃけくやしいわけだ。あのへちょいテンモンにだって彼女いるってのに。

 で、放課後はヤサオとクララちゃんくっついてオメデトウパーティだぜ?

 やってらんないよな。万年おめでたの我が陸部。

 あーもーくやしいからぜってー行ってやらねー。とっとと二人で幸せにでも何でもなれってんだーっ。

「とか何とか言ってなかったっけ。大声で」クラスメイトその1が言う。

「うるせえ」外出外泊届けの申請ポスト見て気が変わった。

 あれをぜんぶ整理する気力は俺には残ってない。だったらまだ、部室に顔出したほうが。

 俺の所属する陸部は敏腕マネージャりふもんの陰謀で、こうゆうお祭り騒ぎが大好きだ。

 こいつらもこいつらで。帰宅部なんだか駄弁り部なんだか、いっつも校舎締め出しぎりぎりまで残ってる。一人はゲーム両手に。一人はマンガ片手に。女子ばりに菓子袋広げて。

「そうやってサボってるとさ」クラスメイトその2が言う。

「サボりじゃねえや。だいたい」

 図ったようにケータイが鳴る。

 もうやだ。発信元は確かめるまでもなく。

「ほらほら言わんこっちゃない」クラスメイトその3が言う。

「強制送還?」クラスメイトその1が言う。

「ちげーよ。緊急呼び出し」委員長から。

「違わないじゃん」クラスメイトその2が言う。

 まったく暢気どもは。俺がどんだけ傷ついてるか知りもしないで。

 クララちゃんが好きだったわけじゃない。

 ヤサオに彼女ができたのがくやしい。テンモンにもヤサオにも先越された。

 陸部三年で彼女いねえの俺だけじゃん。

 生徒会棟。走ればすぐ。

 入り口で左折、一番奥。

 この程度の距離で悲鳴はあげない。陸部で鍛えた俺の肺や心臓は。

 でも、いちお、急いだってことを見せるためにわざと。ぜいはあ。

「わ、悪い。忘れてたわけじゃないんだ。ただ、陸部の奴らに」

 見やしねえ。委員長は、黙々と手元の紙切れを分類。

 リアクションが薄すぎる。

 せめてあっそ、くらいは言ってくれてもいいんじゃなかろうか。俺の渾身の演技に対して。

 環境委員長が「そっち」と、眼を遣った先に。

 紙の大山脈。

 さっき俺がスルーしようとした外出外泊届け。

「が、がんばりまーす」

 無言。

 唾呑み込む音すら出しづらい。紙がテーブルとこすれる音も、ボールペンが紙に衝突する音も。

「あ、あのさ」

「手を動かして」委員長が言う。

 会話終結。

 そんなきっぱりと。

「これ終わったら」

「あっち」委員長の眼線の先。

 紙の大河川。

「げ、なんでこんな」

「説明が必要?」委員長が言う。

 俺がサボってたから。それに尽きる。

 フツーお叱りとかくどくど嫌味をぶつけられるんだろうけど、委員長はそんなことしない。さっきの呼び出しだって鳴ったのはほんのスリーコール。俺が電話に出る前に切る。用件はわかってるからだ。

 ほんとに怒ってないのかな。あきれてるだけなのかもしれない。サボり癖は治らない。いちいち注意したところで無駄な労力。

 お腹が鳴った。もうこんな時間かあ。

 夕暮れ。

 委員長が無言で戸締りを確認する。

 腹の虫の泣き声にツッコミが欲しかった。期待するだけ無駄か。

「明日寝坊しないでね」委員長が言う。

「え」

「やっぱり忘れてる」

 びびった。バレてんのかと思った。

 こんなこと知れたら副委員長どころか退学停学のレベルでヤバイ。

「で、なんだっけ」

「8時に上」2階の生徒会室。「遅刻しないでね」

 それだけ言うと、委員長はすたすたと帰ってしまった。どうせ途中まで帰り道同じなんだから、一緒に。

 て、無理か。

 話題がもたない。ずっと無言てことも大いにあり得る。

 言われて思い出したけど、臨時の生徒会があるんだった。

 完璧忘れてた。そっちもそれなりにだいじだけど。

 おっとこっちも、いけね。早めに飯食って出掛けないと。

 今日は週一の楽しみ。寮長の特権をフルに使って夜間外出。

 断じて無断ではない。寮長に断って許可が出れば出掛けられるんだから、つまりは俺の許可さえあれば俺は自由に。生徒会役員やっててホントよかった。

 学食にヤな奴を見つけたので可能な限り遠くに席を取る。

 おんなじクラスの百雲モクモ

 それを目敏く見つけてわざわざ近寄ってくる。相当に意地が悪い。

「木曜はうきうきしてるよな」百雲が言う。

「ほかに空いてるだろ」席は。

「あ、そ。バラしても」

「やってみろよ。こっちだってお前の」

「そっくりそのまんま返すよ。俺は後ろめたいことなんかしてないし」

「とーさつストーカ野郎が」

 百雲は新聞委員長という名目を利用して、校内で写真を撮りまくってる。校舎内に留まらず、部活やら寮やら。所構わずシャッタを切りまくる。

 モラルと常識の範囲内で、と総務委員長にこないだ注意されたばっかだろうに。

「大丈夫。俺が興味あるのは」百雲が言う。

「その本人から説教受けてただろうが」

「違う違う。あれは私以外を撮らないで、てゆうお願いだよ。素直にそういえばいいのにね。なんとも奥ゆかしい」

 飯が不味くなる。席を移動しようとトレイを持ったら。

「見てほしいもんがあんだけど」百雲が言う。愛用のデジカメをいじくりながら。

「共犯者にしようったって」

「毎日顔合わせてるお前なら気づくかな、と思ってさ」

 無視無視。

「女史の」百雲が言う。

 委員長?

「はあ? 興味範囲外だっつって」あんな地味なメガネ。

「そうなんだけど、たまたま撮れちゃって。ほら、そよちゃんとこと合同体育だろ。なんかたまたまフレームに」

 水泳の。

「うわ、犯罪以外の何もんでもねえな」

「アイドルオタクに言われたくないね」百雲が言う。

「おいてめ、もう一遍」

「とりあえず見てよ。感想なり何なりは見てからでも」

「け、お断りだね。忙しいんだ俺は」

「似てると思わない?」百雲が言う。身を乗り出しつつ。

「誰が」

「女史が」

「だから誰に」

「まあ、見てよ」百雲がデジカメをテーブルにのせる。

 こいつまた買い替えやがって。まさか予算からちょろまかしてんじゃ。

「ちゃんと自前だよ。仕事しないどっかの寮長よりはましだと思うけどな」

「で、どれだって?」

「これこれ」百雲が指差す。「この、麗しいそよちゃんの隅にちょこーっと映ってる地味で地味な」

「わかんねえよ。拡大できねえの?」

「よく見ろよ。ほら、お前の知ってる誰かに」

 委員長は三つ編みをほどいてた。珍しい。つーか見たことなかった。

 けっこう髪長い。メガネもしてない。水泳だから外したんだろうけど。ぱっと見、誰かわからなかった。

 失礼。誰かわからないくらい。

「見蕩れてないで記憶辿れよ。時間ないとか言ってなかったか」百雲が言う。

「回りくどい」

「胸がでかいだけのアタマ悪そうなモデルがさ」

「んだと、てめもう一遍」

「女史じゃない?」

「は?」

「よーく見ろよ。どっちもよーく知ってるお前が見てどう思う? 俺は案外もしかすると、て思うけど」

「は、お前寝言も休み休み」

「まーいいや。これお前んとこ送っとくからまた返事寄越して。時間ねえんだろ?」

 時計。ヤベえ。ご飯流し込んで走る。

 間に合うか。最前列は諦めるしかないか。

 ったく、百雲の野郎が余計なこと言わなきゃ余裕で。いや、ひわりゅんへの愛があればなんだ坂こんな坂。

 委員長がひわりゅん?

 まっさかあ。


     2


 まっさかあ、ぽい。

 鶸佐毛ヒワサゲがひわりゅん?

 いやいや、訂正するならまだ早い。そう言ってくれむしろ。

 なんでそうなる? 

 だってひわりゅんがこんなフツーの高校行ってるわけないし、況してや俺と同じ高校で、俺と同じ委員会で。

 委員長?

 ないない。それはない。悪い冗談だ。

 きっと俺がサボってばっかいた罰でからかってやれ、なに?騙されてたのばっかじゃねえ、てゆう趣旨のイベントなんだ。そうだ。そうに決まって。

 そうゆってくれ。首振ってよ。

 ねえ!

「冗談は嫌い」委員長は至極真面目な顔で言う。

「嘘だろ?」

 ショックなんだかうれしいんだかあり得ないんだかバカにされてんだか。いろんなのがごっちゃになって。

 寝坊した。

 八時なんかとっくに過ぎてる。ケータイの着信は、百雲から三回。それだけ。

 それだけ? 委員長は?

 寝坊した理由がわかったのかも。そっか、だから着信が。

 鳴った。びっくりしてケータイ落とす。

 なにやってんだよ、俺。てゆうかもうお昼回ってるし。ヤサオの奴もなんで起こしてくれねえんだ。ルームメイトだろ。

 そんなヤサオから電話がきた。

「そんなひどい奴だったとは思わなかった」失望したよ。

「勝手に部屋入るなって言われてるしさ」ヤサオが言う。

「それとこれとは」ひわりゅんのポスターを見せたくないだけで。

 誰かに見せると減りそうだし。

「りふもんがうまいこと誤魔化しといてくれたらしいから、あとでお礼言っとけよ」

 りふもんさすが女神。陸部マネージャはいつでも敏腕。

「休んでいいか」もういろいろ面倒くさい。

「俺が決めることじゃないよ」ヤサオが言う。「あ、委員長サマが心配してたみたい。わざわざ三組のぞいてったってさ。よかったじゃん」

「なにがだよ」

「欲しいんだろ?彼女」

「いらねえよ!」切った。

 ったく調子こきやがって。彼女できたくいらいで浮かれてんじゃねえぞ。

 こっちは、それどころじゃねえってのに。

 担任に連絡したら、ほーそーかい、で済んだ。誤魔化すまでもなかったんじゃ。

 ベッドに倒れ込む。

 湿っぽいな。いまから干しても意味ないかな。

 委員長はなんであんな時間に。

 ちょっと大事な用事でとか、嘘ついてくれたってよかったのに。

 どこ行ってたの。

 たぶん同じとこ。

 へえ、奇遇だね。

 何かの冗談だと思った。適当に話を合わせてこの場はお互い見なかったことに、て流れにもってくんだと思ってたから。

「委員長もひわりゅん好きなんだ」

「ええ」委員長が言う。

「全然知らなかった。ゆってくれればよかったのに、同じファンとして」

「ファンじゃない」

「ごめん。俺なんかよりずっと」深くて長いコアな。

「違う。私が」

 ひわりゅん。

 まっさかあ。笑うしかなかった。

 笑ったさ。なにせ委員長の初めての冗談だもんさ。空笑いに疲れてふと、冗談も言うんだ、とか振ってみたのがとどめだった。

 ぐさりと。致命傷につき蘇生不可能。

 やっぱ俺をからかってるんだ。

 そうだよ。そうじゃなきゃ。委員長も丸くなったんだな、て喜ばなきゃ。

 そうゆうことなんだ。

 て、納得しようったって余計ぐるぐるするだけで。しまった。こうゆうときに限って体育。唯一俺が活躍できる科目なのに。

 陸上か水泳かの選択科目。そんなの陸上に決まってる。

 でも野郎どもはこぞって水泳なんか。このエロ田助兵衛め。

 委員長も水泳だっけか。どうせまた百雲が盗撮してんだろうな。教えてやろうかな。

 どうやって。ケータイ。授業中だし。

 メール。アドレス知ってるけどなんつって。

 あー。どうしよ。

 夕方までそうやってうだうだしてた。

 メールが来た。総務委員長から。

 百雲に見せたら泣いて悔しがるだろうな。大丈夫ですか、なんて。

 総務委員長はたしかに可愛いと俺も思う。臙脂のフレームの奥に凛々しい瞳。綺麗な黒髪。責任感もあって仕事もきちんとこなす。

 でも如何せん真面目すぎる。委員長とは違う意味で。委員長は百戦錬磨な真面目っぷりだけど、総務委員長はうぶが故の真面目さ。だから話し掛けてみると案外気さくだったりする。ぜんぶ百雲の穿った勝手な分析だけど。

 美しすぎて高嶺の花なんだよなあ。百雲もさっさと玉砕すればいい。ざまあみろ、て笑い飛ばしてやれるのに。

 高嶺の花だってのをイイコトに誰も手を出さないから。百雲以外の奴がさっさと掻っ攫ってくれればいい。押しに弱そうだし。

 だけど、俺の好みじゃない。

 俺はひわりゅん一筋だから。ひわりゅん以上にセクシィでキュートな女の子なんかいない。

 返信。大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。

 総務委員長から、すぐ返ってきた。元気ならよかったです。また明日。

 優しいなあ。その心遣いにころっと来ちゃうよ。来ないけど。

 朝も昼も食い損ねた。部活もサボってるからヤサオ誘うのは気が引ける。

 一人で行くか。食堂。こんな半端な時間じゃそうそう人もいないだろう。と、

 思ったのに。

 て、なんでお前が。

「案外顔色いいじゃん」百雲の野郎はカレーを食ってた。

 俺もカレーにしようと思ってたのに。おんなじの食べるのはヤなのでかつ丼にした。

「部活は?」盗撮部、もとい写真部。

「引退だよ。お前んとこは馴れ合いで延び延びだろうけどさ」

「そうそう。さっきな、いいもの」大丈夫ですかメールを見せびらかしてやろっと。

「それよりどう? お前の意見」

「話聞けよ。総務委員長から」

「メールだろ? んなことどっちでもいいよ。そよちゃん律儀だから、出席に穴があったから気になっただけさ。事務的な連絡となんら変わらないね」

「は、負け惜しみ」

 百雲がおもむろにケータイを取り出して。受信ボックス。

「な? 珍しくも何ともないの」ずらっと。

 総務委員長から。

「ぜんぶ盗撮やめてくださいメールじゃねえか」

「毎日送ってくれるんだよ。羨ましいだろ?」百雲は得意そうに言うが。

 お前の頭のおめでたさが羨ましいよ。

 総務委員長が迷惑してるのは大いにわかった。玉砕は無理だわ。最初から相手にされてない。お気の毒さま。

「本人に聞きゃいいんじゃ」それが早いし正攻法。

「俺が?女史に?」百雲が鼻で嗤った。「いやだね。どうでもいいんだ、女史が裏でモデルやってようが。ただお前からかえると思って。ないない。面白いくらい引っ掛かってくれてあんがと。んじゃ」

「は? おい、ちょっと」

「三つ編みほどいてメガネ外せば溜息出るほど美人、なんていつの時代だよ。いまどきないって。天然記念物もんだよ」

「てめ、騙し」騙された?

 て、こと?

「画像改竄は俺のライフワークだっての」百雲が嫌味に笑いながら席を立った。

 そのくそいまいましい笑い声を掻き消す。首を振る。

 かつ丼の味を一向に思い出せない。うまかったのかまずかったのかも。

 二人がかりで寄ってたかって俺を騙してたんだろう。それはないか。百雲は委員長のこと嫌ってるし、委員長もまた然り。

 でもそれにしたって、同じタイミングで同じドッキリやらなくても。

 あーあ。疲れた。寝よ。

 と思ったけど全然眠くない。昼まで眠ってれば無理ない。隣の部屋でぐうぐう寝こけてるヤサオの顔に落書きしたところで、クララちゃんが可哀相なだけだ。

 なんで俺が気ィ遣ってんだよ。

 百雲が送って寄越した写真でも眺めよう。

 拡大。

 拡大拡大。

 やっぱ似てる。ひわりゅんだ。

 プールサイドに水着のひわりゅんが。なんつー鼻血ショット。

 やべ。無駄に眼が冴えて。

 ぴりぴり。ケータイが鳴る。こんな時間に誰だよ。テンモンか?

 違った。

 どうすべ。出るか。出ないといけないのか。

 スリーコール。

 切れない。

 出て欲しいのだ。相手は。

「もしもし?」

 紛うことなき、

 ひわりゅんからだった。


    3


 えっと心臓の準備が。じゃなくて脳が大混乱を。

「トミーさんですか?」ひわりゅんのきゅんきゅんボイスが。

 俺の鼓膜を一直線に突き破る。

「よよよ、よく知ってますね」緊張のあまり声が裏返った。

「書いてあったよ。ラジオネーム」

 これ、番組内のコーナ? ひわりゅんがランダムに選んだメールの中から電話をかけるってゆう、あの。

「『突撃ひわりゅんお邪魔ですか?』」

「うん、それ。ありがと。タイトルコールばっちし」

「え、俺当たったの?」

「危なかったよ。あとワンコール遅かったら次の人になっちゃってた。早速質問です。これに答えられたらひわりゅん特製ボールペンあげちゃうよ」

 すげえ。いつもブースの外か電波越しに聞いてたあれに、俺が参加できてる。ひわりゅんと話してる。

「問題です。ひわりゅんの本名はなんでしょー」

 は?

「シンキングタイムすたーと。十秒だよ。さあさあ、考えて。君なら答えられるはずだよ。ほらほら、もう時間がない。はい、終わりー。答えてみて」

「からかってますか」

「冗談は嫌いだよ。トミーさん、お答えは?」

 なにこれ。

 なにを試されてる?

 アイドルがこんな公共の電波で本名公開するわけないじゃん。

 知らないよ。どんだけコアでも知り得ないよ。完全に週刊誌ネタだよ。パパラッチ・百雲じゃねえんだし。

「えっと、テレフォンを」

「番組間違えてるね? それに電話はいま使ってるよ。私と話してる。切っちゃったら答える権利がなくなるよ。いいの?」

「ふざけんな。ひわりゅんのラジオは毎週木曜夜八時から公開生放送だろうが。今日は金曜。それに録音はしない。風邪引こうが、体調崩そうが、何があっても決行だ。始まってから一遍も欠かさず聴いてた俺を嘗めんな」

「そっか。長く聞いてくれてるんだね。ありがと。でもね、来週はちょっと事情があって録音になっちゃったんだ。だから今日」

「事情って?」

「うーんとね、大人の事情」

「やめんの?」

「さっきの答え。聞くよ」

「ひわりゅんはひわりゅんだ。珠瀬川タマセガワひわ。それが本名」

 盛大なファンファーレを期待した。当たった場合にそれが鳴り響く。でも、待てども待てどもそんな音は聞こえるわけもなく。

 ぶちっと、唐突に切れた。

 冗談は嫌い。委員長もひわりゅんもゆってた。

 どうゆう意味だろう。

 わかんない。わかんねえ。

 わかるわけ。

 明日どうしよう。と、思ったけど土曜だ。

 部活じゃん。

 あ、引退したんだった。なんかぐだぐだ。


     4


 ヤサオに勉強教えてもらおうと頭下げに行ったらクララちゃんとデートだそうで。うっわ、これだから頭いいカップルは余裕で。

 やっかみだ。りふもんもテンモンとらぶらぶ勉強会らしいし。セリーヌはなんか取っ付きづらいし。

 あれ?俺って陸部の外に友だちいない?

 生徒会があるじゃん。そっちで誰か。

 まず百雲は絶対ご免だ。あいつが息してるだけで腹立つ。ドッキリの恨みだって消えてない。総務委員長なんかむちゃくちゃ頭良さそうだけど、誘い方がわかんねえ。声掛けてる最中に百雲に後ろからぶっすり刺されそうで。

 放送のトッキーなんか俺とどっこいどっこいだし、図書の大嶋ちゃんなんか怪しい実験に忙しそうだし、文化のジロウはくそ丁寧すぎて調子狂うし、保健の冬杜フユモリは問題外。人語話せるかどうかすらわかんねえ。

 碌なのいねえな生徒会。

 女の子勢はどうだろ。

 書記の紅多クレタなんか話しかけやすそうだけど、総務委員長と仲良いからなあ。あ、文化の現岡ウツオカと三人で勉強会とかしてそう。あり得る。それを百雲が堂々と盗撮して。

 図書の冴樹サエキさんは俺の苦手なお嬢様タイプだし、放送の吉比キビも俺と同様のにおいがするし、新聞の在津アリツに至っては百雲を放任してるところから言って人間的に駄目だ。

 とすると、一人しかいねえじゃん。

 生徒会長。

 見るからに優秀っぽいオーラでてるし、学年トップ譲ったことないらしいし。鉄壁無表情なとこがちょっとばかし苦手なんだけど、背に腹は変えられない。諺が意味不明だけど、

 いざ。

 生徒会室へ。

 留守だった。代わりに副会長がソファでぐーすか居眠り。まだ午前なんだがね。

 揺すって起こす。

「あれ?かんきょー副いいんちょーじゃないすか」副会長は眼をこする。

「会長どこかわかっかな」ここは全人類の希望・生徒会長様に縋るしかない。

「寮にはいなかったですね。図書館じゃ」

「行ってみるよ」

「勉強ですか? やめたほうが」

「なんでだ」

「わかんないですよ、たぶん」

 ほんとだった。

 どっか別の世界の別の言語を使って別の世界の常識を説明されてるみたいで。実際そうだと思う。会長は俺たちと住んでる世界が違う。

 それだけはすごくよく理解できた。

「ごめん。こっからは自分でやってみるわ」

「そうですか? わからないところあったらまた遠慮なく」会長が言う。

 いや、全力で遠慮したい。これなら先生に聞いたほうがまだ。日ごろのサボりを指摘されるのが嫌だから行かないけど。

 つーかどうしよ。クラスの連中に勉強会しねえ?なんて言える馴れ馴れしいキャラじゃねえし。かといって自分一人でできないし。

 誰か教えてくんねえかな。優しく。

 ひとり。

 思い当たったけど、なんとなくいま会いたくない。

 声がする。第一グラウンド。

 いいなあ、部活。俺も思いっきり走りたいなあ。

 マネジはりふもんから誰に引き継いだんだっけ。ストップウォッチ持って立ってる。あれは、レベッカかな。手を振ろうと思ってやめる。

 なんで?

 レベッカの隣に委員長が。

 やべ。眼合った。

「待って」委員長が言う。

 待たない。

「なんで逃げるの?」

 そういやなんで逃げてんだ。会いたくないから。

 振り返る。

 本気出さなくたって俺の脚ならすぐ撒けるんだけど、必死に走ってくる委員長見ちゃったら。足を止めざるを。

 すげえ息上がってる。

 髪振り乱して。肩が上に下に。

「ごめん」

 委員長は声が出ないみたいだった。全力疾走すりゃまあ。

「ごめん。逃げるつもりは」

 ケータイを確認したけど着信はなかった。委員長はレベッカに居場所を聞いてたんだろうか。陸部の新マネージャに。

 俺、もうとっくに引退してんのにね。

「用があったら電話でもメールでもしてよ」

「出てくれないと思った」委員長が言う。

「だって委員長、俺が出る前に切るじゃん」

「昨日は」

 う。

「出てくれたのに」

 やっぱりその話題が。

 そうだよね。その話題が優先。その話題しかないといっても過言じゃない。

 おんなじ委員会の長と副だけど、今日は会議はない。

 生徒会さえなかったら俺と委員長は。

「ついてきて」委員長が言う。

「え」

 腕をつかまれた。ぐいぐい引っ張られて生徒会棟の前。

 中入って左折。

 一番奥の部屋。

 委員長はドアに背を付ける。俺が逃げないように?

 え、ちょっと、なに?

「ヤバイよ。まずいって委員長それはさすがに」

「なにが」委員長が言う。

「え、だって。こうゆうことってその、場所と同意を」

「黙って」

「はい」

 委員長は三つ編みをほどく。両手で一気に。

 緩やかにくせのついた長い髪。

 そう、ひわりゅんもこのくらいの長さ。

 メガネを外す。けっこうでかい眼だった。

 ひわりゅんもぱっちりくりっと大きな眼がチャームポイントで。

「昨日のクイズ。こっちの都合で切れちゃった場合はもう一度回答権あるから」

 と、言われましても。

「答えて」委員長が言う。俺を真っ直ぐ見て。

「ごめん。もっかい、質問言ってもらっていい?」

「ひわりゅんの本名はなんでしょー」

珠瀬川タマセガワひわ」即答した。

「聞こえなかった。もう一回」

「珠瀬川ひわ」何度も言わせんな。

「走りすぎて耳が聞こえづらいみたい。ごめん。もう一回」

「ひわりゅんはひわりゅんだって、ゆってるだろ。もうなんだってゆうんだよ。全然わかんねえよ。知るわけねえだろ。どうだっていいよ本名なんて。ひわりゅんが誰だろうが俺は死ぬまでひわりゅんのファンだし死んでもひわりゅんが好きだし。彼女なんか要らない。俺にはひわりゅんが」

「ばか」

 ああそうだよ、俺はバカだよ。ひわりゅんバカの大ばかだよ。

「え、いま」

 委員長が、俺のこと。

 怒った?

「ばかじゃない? 私がどんな思いで正体バラしたと思ってるの? 秘密にしときたかった。卒業したらあなたのことだって忘れるし、本格的に活動始めるから。忘れちゃうじゃない。死ぬまでファンなんてあり得ない。絶対厭きて、どうでもよくなる日が来る。死んでも好きとか、ばかじゃない? 胸がでかいだけのアタマ悪そうなモデルなんかに入れ込んでないで彼女くらい」作りなさい!

 怒られた。初めて委員長に。

 鶸佐毛たませに怒られた。

「なんか言ってよ」委員長が言う。

「なんか」

「ばか」

「委員長は」

「なに?」

「ひわりゅん?」

「そうだって言ってるでしょ」

「ほんとに?」

「ほんと」

「ほんとのほんとに? 嘘ついてるとか騙してるとか」

「冗談は嫌い。言ったはずよ」

 え、

 まじで。

「ひわりゅん??」

「あんまり大きな声出さないで。誰にも言ってないんだから」

 え、

 じゃあ。

「俺しか?」知らないってこと??

「秘密だから。言わないで。言ったらファンクラブ脱退させてやるから」

 アタマぐるぐるしてきた。あれ、おかしいな。

 わけわかんない。

 委員長がひわりゅんで、鶸佐毛もひわりゅんで。ひわりゅんは委員長で。委員長は鶸佐毛で。鶸佐毛は。

 あれ?

 さっき生徒会長に教えてもらった数学のほうがわかりやすかった気がする。

 ちょっと待て。つまりはそうゆう。え?

 彼女くらい。

 ないわ。

 それはない。ないね。


     5


 体育はマラソンだった。やけにヤサオが活き活きしてると思ったら。なるほど、さすがはマラソンドーパ。出るもんが違う。

 水泳を選択した奴でも怪我とか病気じゃない場合、休んだら陸上になる。女子なんか半分以上走ってた。まあ、女子は女子特有の事情があるから仕方ない。

 コースの途中にて挙動不審なパパラッチを発見。直ちに連行されたし。

「痛い。痛いって」百雲が腕を振り払う。

「サボってると補習で追加じゃねえっけか」

「チクった?」

「いまんとこ」

「持つべきものはサボり仲間だね」百雲がにやりと笑う。

「一緒にすんな。俺は体育はサボんねえ」

 プールは地面より3メートル以上高い位置にある。ってのに百雲は強引に盗撮を試みる。なんのために3メートルも高い位置に造ったと思ってる。お前みたいなのを遠ざけるためだよ。犯罪から。

「見ろよ。そよちゃんの生足。すっごいのなんのって」百雲が興奮して言う。

「やっぱ通報するわ」

「待て待てまあ待て。冷静になれって」

「お前こそ頭冷やすために泳いでこいよ。水泳だろ」

「それが、そよちゃんにいやーな顔されてね。泣く泣く」

「わかった。119かけるから放水してもらえ」

 委員長も水泳だった、確か。

 だからどうってわけでもない。そういえば水泳だったなあ、て程度の。感想。

「そろそろ行くぞ」マラソンに戻る、という意味。

「どうぞお先。元陸部と同じペースでなんか走れないし」

「ここにお前置いてくのもな」犯罪行為を見逃したみたいで。

「あとでデータ送るから」

「いらねえよ」

 放課後に会議があった。生徒総会が近いからいろいろ忙しい。文化祭に向けての準備委員会もそろそろ始動かな。

 みんないつ勉強してんだろ。九割以上が進学希望のはずなんだけど。

「ねえ」委員長が話しかけてきた。

 やばいやばい。他の事考えてた。

「なんだっけ。活動記録?」

「それはこっちでやっとく。私がやったほうが早いし。木曜なんだけど」

「あ、駄目だ。ひわりゅんの」

 て、委員長がひわりゅんなんじゃん。

「うん、ラジオだね」

「来る?」委員長が言う。

「誰に聞いてんのさ。俺は会員番号一桁だよ?」

「終わったらどうするの?」

「出待ち」

 なにその眼。

 当然だよね。お見送りまでがイベントさ。

「ふうん、待っててくれるんだ」委員長が言う。

「入待ちもするよ」

「それは要らないんじゃない?」

「なんで? お出迎えとお見送りは」

「そうじゃなくて」

 なにその顔。

「バラしてないって、ほんとだよ信じて」

「開始が八時だから一時間前には着きたい」委員長が言う。

「だろうね。変身しないといけないもんね」

 なにその不満そうな。

「ばか」委員長が言う。

「ばかバカゆうなよ。なんだよ、なにが」

「一緒に行こうって言ってるの」

「駄目だよ」

「どうして?」

「反則だから。俺だけ不公平じゃん」

「いいじゃん。反則でも不公平でも」

 なにその俺だけ特別みたいな。

 あれ? 俺たち。

「そうゆう関係だっけ?」

「ばか!」委員長は部屋を出て行ってしまった。

 あれ、俺。

 なんかまずいこと言った?

 委員長は結局帰ってこなかった。居残り時間ぎりぎりまで待ってた俺も俺だけど。

 会長にも急かされてるから帰ろっかな。

「遅くまでお疲れ様です」会長が戸締り確認に来る。

「あ、いや、まあね」

 ほんとは違うけど。

「ではこの辺で」会長が言う。

「ばいばい」

「あ、こないだの」

 ぎく。勉強のことかな。

「もういいや。教えてくれる人見つかったし」

「それならよかった。説明がわかりにくいって友だちに言われまして」会長が言う。

「副? あ、まさか」

 会長と仲がいい(という噂の)我が陸部期待の新世代エースのことが思い浮かんだ。

「違いますよ。先輩のとこのスプリンタとはそんな関係じゃありません」

「そうなの? 仲良さそうに見えたけどな」

「それを言うなら鶸佐毛先輩と」

「お、いけね。ごめん。今日は急いでるから」

「木曜じゃないですよ」

「そーだっけ?」会長にはとっくにバレてるなぁ、こりゃ。

 いいタイミングで電話。

 スリーコール。切れない。

「機嫌直った?」委員長から。「私も大学行く」

「え、なに、急に」

「明日勉強会だから」

「ひとりで?」

「ひとりのわけないでしょ。数学教えてあげるって言ってるの」

「よかった」

「なにそれ」

「ちょうどいまさ」

 お願いしようと思ってたとこ。

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