第6章 うらぎりもの

第26話 バ先から鬼デンが来ているんだが

 ポポロには、少しだけ後ろめたく思っていることがあった。


 今までの逃避行で、自分は何の役にも立てていないという負い目である。


 魔法はマーリン、武勇はテト。アーサーは……自分の命を顧みずに魔王を倒そうとした勇気。メトリスだって、マーリンの魔法の力をよく支えている。


 政府高官の娘である自分だけが、ろくに戦うことができていない。むしろ、自分を救出するためにアーサーたちを危険に晒してしまった。アーサーに至っては、感覚共有の魔法で自分が受けた拷問の痛みの一部を味わっていたらしい。


 こんなことがあっていいわけがない。だからといって、なにか他人と比較して秀でたことがあるとは思えない。


 強いて言うならば、より格の高い家と娘を結婚させるためにだろうか、魔糸を使った「蚊帳」の構築をよく鍛錬させられた。だがそれは、魔法労働従事者のマーリンの洗練された魔法とは違い、夜の情事を気取られないようにする言わば防音機構のようなものだった。ただちに役に立つとは思えない。


 悩んでいたら、不意にアーサー(負傷しているためマーリンにおぶわれることを望んだがにべもなく断られたためテトに背負われている)がびく、と体をひくつかせた気配がした。テトの腰につけた木製の何かがカタコトと音を立てたのだ。


「なによ」


 マーリンが苛立ちを滲ませた声をかける。テトさえ、立ち止まってアーサーの怪我の様子を確認したりはしない。


 はっきり言って、自業自得なのだ。マーリンの気を引くために、傷が痛むふりをすることがよくあったから。


 だが、アーサーを背負うテトの横を歩いているメトリスが、何やら足を止めた気配がした。


「マーリン、ちょっと待って」


 ポポロの前を歩くマーリンが、振り向くことなく立ち止まった。ポポロは後ろを歩くテトとメトリスの方に振り返り、メトリスに目配せをする。


「マーリン、まだ怒ってんの? まぁ確かにアーサーはポンコツだけど……」


 もう少しオブラートに包んであげてほしい。


「ポンコツだけど、マーリンにとってはいなくては困るんでしょうに」


 マーリンは背を向けたままで、むしろ怒りは増幅されたように思えたが、雷のように閃いては消えた。


「それはともかくとして、アーサー、どこかから呼び出されてるみたいだよ」


「呼び出されてるって、どこから」


「わからないけど、アーサーが持ってる携帯型デンワ機がさっきからずっと震えてるみたい」


 デンワ機とはヒューマンが開発した機械メカの類いで、固有の振動を持つ鉱石をいくつか組み合わせて振動による波の組み合わせに意味を持たせ、遠隔地からも意思疎通ができる優れものである。しかし、鉱石を多数保有する必要があり魔法より大掛かり、かつ維持費も必要だ。送受信できるシグナルもそれほど多くない。


 王の住まいや高級貴族、よほどの高級取りの魔法労働従事者でない限り一家に一台は持つことなど夢のまた、夢。アーサーにデンワん掛けてくる相手は片手で数えるほどしかない。


「あいつまた借金こさえて取り立てられてんの」


 すぐ近くにいるのにあいつ呼ばわりなのかよ……と情けない声がしたが、無視する。


「それはないんじゃないかな。アーサーが借金をこさえる相手はデンワなんてまどろっこしい真似はしない。いつものように鉱山にでも送り込んで金を返すまで逃がさない」


「それもそうか」


「たしかにー、アーサーさんならすぐに捕まってぶち込まれそうですー」


 アーサーはテトの背中に顔を埋めたまま、もはや何も言わなくなった。勇者の威厳はどこに。元から存在はしないが。


「だとしたら、斡旋所?」


 アーサーにバイトを斡旋してくれるあの施設は、経済的に苦しい勇者にも払える現実的な手数料、バイト先の契約不履行への対応などで絶大な信頼があり、それなりに儲かっているはずだ。恐らくはデンワの設備もあるのだろう。


「そうなの? アーサー?」


 マーリンの問いかけに、アーサーはこくり、と頷いた。その様子は赤ちゃんのようで、ポポロはほっこりと笑みをこぼしてしまう。


「ポポロそいつに入れ込んではダメ」


 誰よりも入れ込んでいるのは誰だよ、とポポロは思った。

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勇者は金欠がお好き 春瀬由衣 @haruse_tanuki

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