第3話 眺め
落ちていく中、僕は目を閉じていた。押し寄せてくる、痛いくらいの風に二人で身を任せているのが、痛くもあり、心地よくもあった。そして
びよ~んと、僕と彼女は上へと跳ね上がる、そして、何回か収縮を繰り返し、僕の腰を結んだバンジー紐は静止した。真っ逆さまのオレンジ色の街が僕の視界に広がる。
「……え?」
彼女は呆然とそう漏らした。彼女の顔は僕の胸に埋まっていて残念ながら拝むことは望めそうにない。
「どうですか?人生初のバンジージャンプの感想は」
僕は彼女に、できるだけいつも通りの感じでそう言った。
「嘘をつく時にはさ、あんまり普段と違う事しちゃ駄目だよ」
僕の言葉に、彼女は何も答えない。僕は続けた。
「君が一行以上のメール、僕に送ったことないだろ」
だから、なんとなくだろうか。彼女が死ぬことがぼんやりと分かったのだ。そこからの行動は早かった。卓也へと電話をかけ、彼からバンジー用の紐を借り、一緒に病院へと向かった。彼女は案の定もう病室にはいなかった。そして今日の会話に登場した本命の屋上へと走った。長い紐を抱えた男二人が病院を走り回る姿はさぞ滑稽だっただろう。
到着後、ドアを開ける前に僕の腰にロープをセットし、彼には上で待機してもらっていた。後方数メートル先で告白をきかれたのは少し恥ずかしかった。
彼女の事だ、恐らく寝て起きたら失明していてどうせ僕にやれ迷惑かけたくないやら不幸にしたくないやら、自分以外の幸せを見つけて生きていってとか、そういう考えだろう。
なにを馬鹿な、僕は君とならいくらでも不幸になろうが構わないよ。
君と一緒に不幸?最高じゃないか、本望だ。それに君がいない人生になんて価値も未練もない。なんてことを国民的アニメの劇場版の父親が言っていたな。僕もあの父親に全くの同意見だ。
僕と君の世界は共有できなくなるかもしれないけど、傍にいる事くらいはできる。それが君の幸せに繋がるかどうかは疑問だが、僕の最低限できる事くらいはしてあげたい。
なんて長ったらしいかつ臭い言葉は、僕が口に出したところで信憑性を失うだろう。下で走っている車の走行音やら、鳥の鳴き声やら、風の音がこの僕の気持ちをある程度は代弁してくれていることにしよう。そしてなにより、この行動が僕の答えだ。
さあ、彼女の人生初のバンジージャンプの感想でも聞こうか。嫌われている可能性が大いにあるため、ある程度ひどい罵りは覚悟しておこう。
「ふふっ………」
怒鳴られるかと思っていた、しかし彼女は笑っていた。そして
「あはは!あっはっはっはっはっは!ははは!」
彼女は、今までにないくらいの、大きく笑い声を上げた。今までの感情が希薄な彼女とは大違いだ。しばらく彼女の笑い声を聞いていると、いつの間にか
「はは…はははは!はっはっはっはっはっは!」
僕も笑っていた。彼女と一緒に、僕も。彼女と笑えている、なんて幸せなんだ。
甘い香りが、空中から漂ってくる。何の香りだろう。そう考えた時、紙吹雪のように花びらが地上へと浮かび上がって行った。
よく見ると、それは屋上の花壇に植えられていた白いバラの花びらだった。雪のように、僕らの視界を飾り付ける。それを夕日が、優しく照らしていた。
ひとしきりお互いに笑いあって、彼女は僕の胸から顔をあげた。
「いい眺め」
彼女の表情は顔の位置が僕より下で拝めないけど、なんとなく笑っているような気がした。
おしまい
二人で笑おう ろくなみの @rokunami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます