記憶の欠片
15.知らない感覚
「あれ……?」
騒がしい音で目が覚め、リビングに行くとゴリ以外の人間がいた。
しかも金髪碧眼の美女だ。
おまけにリビングにはたくさんのモニターと機材が置かれ、作戦本部の様相を呈している。
「何事ですか?」
見知らぬ人物を前に思わず敬語になる。
俺の問いにガムをくちゃくちゃやっていた美女が黙ったままガムを膨らませた。
「誰ですか?」
美女を指差してゴリに問うと「寝坊した罰ね」とニヤリと笑った。
「彼女から名前を聞き出せるまでご飯抜きよ」
そう言ってウインクされた。
時計を見るとまだ朝の七時だった。
寝たのは三時か四時だったから睡眠時間も三、四時間だ。
それで寝坊と言われても、と反論したかったが我慢した。
言ったところでそれが通用する相手じゃない。
改めてハリウッド女優のような金髪美女を見る。
黒のシャツに黒いジーンズと普通の恰好だが、それがセクシーに見える。
そんな迫力ある美女が無口無表情でモニターの前でスマホを弄っている。
なんだか声すら掛けづらい雰囲気だ。
名前を聞き出せるとはとても思えなかったし、それ以前に日本語が通じるかどうかも怪しい。
「さ、顔洗ってシャキッとして。今日から監視のお仕事よ」
ゴリがパンッと手を叩いて急かす。
確かに今日から監視をしろと言われていた。
でも何の説明もない。
そりゃ昨晩いろいろと紙芝居までされたけど、それ以上の説明もないし、恋バナだかなんだか知らないけど嘘と真実をごちゃ混ぜにされた話をされて余計混乱しただけだ。
ゴリ、頼りにならない。
顔を洗いながらそう結論が出たところで、抗議をしようとリビングに戻ると、床に銃が散乱していた。
その光景に言葉を失う。
突っ立っていると美女が銃を手にモニターを指差した。
監視しろ、ということか。
「その銃は何なんですか? 監視するだけじゃないのか?」
問うと美女は銃口を俺に向けて再度モニターを見るよう促した。
「ハルたん、動きがあればユキちゃんに連絡するけど、ユキちゃんが動けない時はこっちが動かなきゃ。でしょ?」
「じゃ、じゃあ……俺も銃を持って戦うのか?」
「ハルたんはここでお留守番よぉ。ハルたんが一応銃が撃てることは知ってるけどぉ、その程度じゃすぐ殺されちゃうもの。彼女はプロだから何かあれば彼女が動くわ」
確かに何かのプロっぽいオーラは出ているけれども。
「……あの、彼女は日本語通じるんですか?」
「日本語どころか主要な言語は全て通じるわよ。ただとっても人見知りが激しいから喋ってくれるかどうかはハルたん次第ね」
この見た目で人見知りが激しいと言われましても。
それにどんな話題を振ればいいのか……
無難に天気の話か?
無視されるのがオチだ。
武器の話?
答える前に撃たれそうで怖い。
美人ですね、とか褒めてみる?
いやいや、それより主要な言語が全て通じるってどんだけ頭いいんだよ?
しかも銃を扱えるプロってスパイとかそういう系の人?
そんなの映画の中だけだと思ってたけど現実にも本当に存在するんだ?
「物珍しいのは分かるけどぉ、彼女に質問しないならモニター見てくれるぅ? そろそろヤスが出所するはずよ。誰と接触するか、それを逐一報告してね。ヤスの素顔が分かれば一番いいのだけどぉ。ラオヤーや熊谷さんの動きにも注意が必要よ。見逃さないでよぉ?」
はいはい、と返事し、床の上に直接置かれたモニターの前に胡坐をかいて座る。
モニターは全部で五台あり、独自に取り付けたものの他、防犯カメラや交通カメラの映像をハッキングしたものもあった。
そのうち刑務所前が映し出されたモニターに注視する。
が、モニターを見ながらも隣の美女が気になって仕方なかった。
ハリウッド女優のような見た目でガムをくちゃくちゃする音と銃を組み立てる音がどうにも違和感しかなくて、これもまたゴリ達のお芝居の一環なのではと思ってしまう。
ただの一般市民にこんな大掛かりなドッキリを仕掛ける理由はない。
ただの信者でもないとゴリは言っていた。
俺は一体何者なのか、一体どんな記憶を失っているのか気になった。
そんなことを考えているとふと銃が浮かぶ。
組み立てる順番、細部に至るまでその形状が頭に浮かんだ。
銃を自分で組み立てたことはない。
銃を撃ったことはあるが支給されたものをそのまま使うだけだ。
知ってる銃は警察で支給された物だけ。
銃の名前も実は憶えていない。
でも頭に浮かんだ銃は俺の知ってる銃じゃない。
ゲームか何かで見たのか?
いや、違う。
その銃の特徴も知っている。
握った感覚も知っている。
撃った時の衝撃も。
「あと八発」
ふと耳の奥でそう声がし、反射的に振り返った。
隣の美女の手元を見ると頭に浮かんだのと同じ銃が握られており、ちょうど組み立て終わったところだった。
「今、何か言いました?」
あの声はゴリの声じゃない。
美女の声か?
そう思って聞いてみた。
美女は相変わらず無表情にガムをくちゃくちゃやって答えない。
でも美女の声ではない気がした。
どこか聞き覚えのある声だと感じたからだ。
「どうしたの、ハルたん? 何か動きがあった?」
スマホを弄っていたゴリが怪訝そうに問う。
「……いや、俺の勘違いみたいです」
そう言ってモニターに向き直ろうとした瞬間、美女が俺の頭に銃を突きつけた。
銃口が軽く額に当たった刹那、その感触に反射的に体が動く。
美女が反応するよりも速く銃を奪って銃口を彼女に向けていた。
胡坐をかいていたのに片膝を立てて正確に彼女の眉間を狙っている。
俺の咄嗟の動作に銃口を向けられた彼女よりも俺の方が驚いていた。
「ハルたん……?」
ゴリも目をぱちくりさせ、口を半開きにして驚いている。
「その銃はお前が使え」
初めて聞いた美女の声はその顔同様綺麗な声だった。
その顔に似合わず、外国訛りの全くない流暢な日本語と男っぽいぞんざいな物言いだったけれど。
「ユキにはレイと呼ばれてる。数字の零とゴーストという意味だ」
名前も教えてくれた。
「あら、レイちゃんが喋ったぁ。じゃ、約束通り朝ご飯用意するわねぇ」
あんなに驚いた顔をした割にゴリはそう言ってさっさとキッチンへと移動した。
残された俺は大混乱に陥っていた。
自分の動きには勿論、美女の呼び名についてだ。
名前が分ったのは良かったけど、レイ……さん? と呼ぶのは違和感がある。
ゴリのようにレイちゃんと呼ぶのはもっと違和感がある。
かといってレイと呼び捨てにするのも初対面でどうかと思う。
どう呼んだらいいのか。
ちら、と彼女を見ると別の銃を分解していた。
さっきの行動は俺を試したのか?
殺すつもりはなさそうだったし、ゴリも止めに入ったりはしなかった。
それにしても銃口を突き付けられた時の感覚は物凄く嫌なものだった。
多分、猫が毛を逆撫でされるような感覚よりももっと気分の悪いものだ。
一瞬だったけれど耐え難いもので、そこから逃れようと体が勝手に動いた。
確かにゴリが言っていたように俺はただの一般市民じゃない。
俺も傭兵や殺し屋だったのか?
人を……殺したことがあるのか?
それにあの幻聴は誰の声だったんだ?
耳の奥にはっきりと残る声になぜか胸と喉の奥が苦しくなった。
俺は一体何者なんだ?
Vice Versa 紬 蒼 @notitle_sou
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