14.『熊』を探して
「だぁかぁらぁ! ハルたんの為にぃ、皆がお芝居してるのぉ~」
紙芝居そっちのけで缶ビール片手にゴリはべろんべろんになっていた。
酔うと笑い上戸になるタイプのようだ。
おまけに見た目に反して缶ビール三本でこの酩酊状態。
さらには訊けば何でも答えてくれる。
で、かれこれ三時間。
日付も変わろうかという時間になり、その間に聞き出せた情報は。
ユキさんは生まれた時から施設で親の顔を知らずに育ったそうだ。
で、何かしらの特殊な才能があって、悪い奴に利用され、ハッキングの技術を習得。
悪いことをいろいろしていたが、そんな中、似たような境遇の同い年の少年に恋をし、それで女装癖になったそうだ。
その少年は悪い奴らのせいでユキさんを庇って死亡。
以来、ユキさんの心の中にはその少年が……
という本当か嘘か分からない少女漫画のような話だけだった。
いろんな脱線話もあったが、要約するとこんな感じだ。
そしてそれはまだ続いていた。
「でね、その復讐を誓ってぇ、ユキちゃんは悪い奴を捕まえるべく殺し屋になったのぉ。あたしはユキちゃんに護身術を教えてぇ、ユキちゃんからはハッキングを教わったんだけどぉ、ユキちゃんの殺し屋としての先生はっ、なんとっ、店長なのよぉ」
そこはなんとなく察しはついた。
やはり店長は元殺し屋だったんだ。
銃を扱うお仕事ってそれかい。
「しかもぉ、店長はユキちゃんのこと愛してるのっ。あたしもね、ユキちゃんのこと大好きなのっ。だってぇ、あたしが先にユキちゃんと会ったのよぉ? あたしがこの街にユキちゃんを入れたの。ユキちゃんの居場所を作ったのはあたしよぉ? 店長よりあたしの方が先なのにぃ」
今度は泣き上戸か。
「でもねっ、ユキちゃんは誰のことも愛さない。ユキちゃんの中にはずぅっと初恋の人がいるからね。やっぱり死んだ人にはどうやっても勝てないわぁ……って思ってたんだけどぉ」
そこでゴリのとろんとした目がキッと俺を見据えた。
「なぁんでかハルたんには優しいのよねぇ、ユキちゃん」
「えっ?」
「こんな見た目もパッとしない、鈍臭い奴のどこがイイのかしらぁ?」
ユキさんが俺のことを? ホントに?
「……なぁんてね」
「は?」
ぐいっとビールを飲み干して、ゴリはぷはっと幸せそうな顔をした。
それから俺の鼻をちょん、と人差し指で指してニヤッと笑った。
「やっぱりハルたんは騙されやすいわねぇ」
その顔はすっかり素面に戻っている。
え? なに? もしかして、これも演技?
「せっかく恋バナしてあげてるのに全然ノリ悪いしぃ、缶ビールで酔う訳ないじゃない」
「は?」
「悪いけどここからは本当に気合入れて貰わないといけないから、ちょっとふざけちゃった」
また「てへっ」と笑うゴリに俺は若干怒りも感じ始めていた。
自分だけ何も知らないという苛立ちもある。
何も話してもらえないという疎外感もある。
だから俺が怒るのはお門違いだと分かってはいる。
でも俺が怒るのは間違いじゃないとも思う。
「……俺はあんたらの玩具じゃないっ」
机をバンッと拳で叩いてキッと睨みつける。
が、そんな俺を見てゴリは心底可笑しそうに笑った。
「誰も玩具なんて思ってねぇよ」
ひとしきり笑ってゴリは真顔で低い声でそう言った。
口調もいつものオネェじゃない。
「あたしらは本当にハナちゃんとあんたを守ろうと動いてんの。敵の正体も全容は掴めてないけどぉ、初めから知ってたわ。さっき話した恋バナも一部は本当。あたしらは全員墨守に恨みがあんの。ハナちゃんの存在で多少の軌道修正が必要になったけどね、こちとら十年以上かかってやっと奴らに手が届きそうなんだぁ。あんたはあたしらの計画の一部。でも重要な一端なのよぉ」
「俺が? ただの信者なんだろ? 警察でもなんでもない一般人だろ?」
「……あんたはただの一般人じゃない」
「じゃあ……何だよ?」
「それはぁ……まだ言えない」
「まただんまりかよっ。肝心なことは何一つ教えてくれないで何が重要だっ」
「時が来たらユキちゃんがちゃんと全部話してくれるわよぉ」
「ユキさんが話してくれるとは思えない」
「いいえ。必ず話すわ。とても大事な話でとてもデリケートな話だから。人と話すのが苦手なの、ユキちゃん。だから言葉を必死で選んでるんだと思うわ」
「苦手そうには見えなかったけど?」
「昔は誰とも口を利かない子だったらしいし、あたしと初めて会った時も全然話してくれなかったもの。復讐っていう目的が明確になってからね、人と話せるようになったのは」
「復讐?」
「言ったでしょ。あたし達は全員、墨守に恨みがあるって。ユキちゃんが一番だと思うけれど」
「……何が……あったんですか?」
「それもいつか話してくれると思うわ」
「じゃあ、あなたは何があったんですか?」
俺の問いにゴリは些か戸惑った様子を見せたが、軽く溜息を吐いた。
「……あたしはね、弟を殺された。兄弟揃って悪い仲間に入っててね、悪いことしてたんだから自業自得なんだけど……家族同然だった仲間もその時一緒に殺された。あいつらはね、悪いことをする為にあたし達を利用してた。それに全く気づいてなかったのだけど、利用するだけしていらなくなったら殺して終わり。それが奴らの手口。あたしは運良くその時入院しててね。あたしも殺されるところだったんだけど、運良くあたしはユキちゃんに助けられてこの街に来たの。だからユキちゃんはあたしの命の恩人。かっこよかったわぁ、あの時のユキちゃん。一瞬で恋に落ちちゃったもの」
「……悪い仲間って?」
「平たく言うと強盗団ってとこかしら? 詐欺師とつるんだこともあるし、マフィアの手伝いもしたことある。でも一度も捕まったことないのが自慢ね。誇れることじゃないけど」
傭兵とか自衛隊とか軍隊系だと思っていた。
ちょっと意外ではあったけど、やっぱり普通じゃなかった。
「あたしのは話したけど、他の人のは詮索しないのがマナーかもぉ。こういうのって結構デリケートだからねぇ。あんまり思い出したくないって人もいると思うしぃ」
確かに大切な人を亡くしたなんていう辛い経験は気軽に人に話すことじゃない。
ゴリも明るく振る舞ってるけど、たくさん辛い経験をしてきたんだと思うと尊敬する。
思い出したくないことを訊いてしまったんだ、と今更反省した。
「やぁだ。そんな顔させる為に話したんじゃないわよぉ。あたしはね、ここでいろんな人に救われて今は本当に幸せよ。これから先も笑って生きられるように今こうして戦ってるの。だからハルたんもちょっとだけ協力的になってくれると嬉しいんだけどぉ?」
ゴリは笑いながら缶ビールを二つ手に取った。
つまりまだ飲め、ということだ。
同時にプシュッと缶を開け、コツンと缶を当てて乾杯する。
ぷはっとやったところでゴリがまた意地悪な目をした。
「ところで、もう一つ告白がありまぁす。ハルたんの先輩がヤスかもぉって話はしたよね? で、その為にハルたんを潜入捜査員にしたって話も」
「は、はい。でも違うんですよね?」
「今はまだハルたんは潜入捜査員よ。でね、その為に熊谷さんに手引きしてもらったって言ったじゃない? あたし達は熊谷さんも敵だと思ってるの」
「え? でも熊谷さんは警察庁の次長ですよ?」
「そう。表の顔はね。ハルたんの先輩がすんなり潜り込めたのは熊谷さんが手引きした可能性が高いの」
「え? でも俺の時も熊谷さんが手引きしたならこっちの動きもバレてるってことですよね?」
「そうね。今はユキちゃんに操られてるっぽく振る舞ってるけど、全部あいつの掌の上って訳」
「ちょっと待って。じゃ、俺達は今すごい危機的状況なんじゃ……?」
「そうね」
「そうねって……そんな悠長にしてていいんですかっ」
「だってぇ、これも計画のうちぃ。熊谷さんち、監視カメラあったでしょ? あれはあたしがつけたのぉ。熊谷さんがつけたのもあるけどぉ、そこに紛れ込ませてあるんだぁ。それに熊谷さんのは全部ハッキング済み。細工も簡単楽々よぉ」
じゃあなんであんなにユキさんはカメラを気にしてたんだ?
それをゴリに問うとさらに意地悪く笑った。
「ハルたんに緊張感を持たせたかったからじゃなぁい? 一応敵に会いに行くわけだから臨戦態勢だったハズよぉ?」
そういえばエレベーター内で銃の弾数を確認していた。
結局出番はなかった訳だが、あれはいざという時の為だったのか。
「明日からの見張りは熊谷さんもよ。いろんな人の動きを監視するんだから気合入れてね」
んふっ、と笑うゴリがすごく大人でかっこよく見えた。
きっと相当酔ってたせいだ。
少しだけいろんなことを知った安堵感とアルコールのせいで俺はいつのまにか夢の中へ落ちていった。
ユキさんの初恋の相手を想像しながら。
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