麗人
安良巻祐介
窓を見ている。
蒼白な女の顔が、その中にある。
少し顎を上げ、虚空の一点を向いて、塑像のように動かない。
顔の周りに、花が咲き群れている。白い花が。
血の色の抜けた真っ青な頬、今にも何事かを呟きそうな形のまま凍りついた赤い唇。艶やかな黒髪は、花の白を侵すように燃え広がる。
美しい時間は、絶対的な孤独の中でのみ生きることができると、誰かが言った。
まさにその言葉の通り、あの窓は、もはや何者からも永遠に隔てられている。
私は、届かぬとわかっている両の手を、窓へ向かって、ゆっくりと差し伸ばす。
伸ばした私の腕に沿って、虫の羽音に似た震えが、潮の満ち引くように響いている。それはやがてむなしく壁を這いあがり、窓へ達さぬうちに拡散し消えていく。
惑わされはしない。私にはわかる。視覚だけが飛翔を許される、あの窓までの無限の距離が。
女は、永遠に窓を去る事はないだろう。
両瞼を閉じ、私を、世界を、その眸から追い出したままで、もの言わぬ花のみを友として、時間のない額縁の中に生き続けるだろう。
それでよい。
私は醜く息づく胸中で歌う。決して届かない、
――ふと、窓の中、動くはずのない女の顔が、笑ったような気がした。
曇天の下、彼は黒い服に身を包み、何も知らぬ父と共に、母の出棺を見送った。
悲しみはない。葬場で煙となるそれはもはや、時と共に腐りゆく映し身に過ぎず、可哀そうな母の姿は彼の胸の中で、鉛色の夜の去らぬその花筐の中で、あの誰にも手の届かない窓に生き続けるのだから。
麗人 安良巻祐介 @aramaki88
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