♙【ポーン】~困った兄貴~
この街には予言者が実在している。
その存在を知るものは少なく、その居場所を知るものはさらに少ない。
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ここで注意して欲しいのは『予言者』という言葉だ。
一般的には『預言』という字があてはめられ、これには神の言葉を預かる、という意味合いがある。
つまり神とコンタクトを取れる特別な存在のことだ。
まぁ歴史を紐解けばこういう存在を幾人か見つけることが出るだろう。
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だがオレがこれから話すのは『予言者』の話だ。
『予言』『予知』つまり未来を言い当てることが出来る者の話だ。
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そんな人間が本当に実在するのか、って?
ああ、実在している。
少なくともココ、チェスボードシティではそんなに不思議な事じゃないはずだ。
だが異能者ぞろいのこの街の中でも、かなり特殊な能力なのは確かだ。
その予言者は美人の双子姉妹で【エマ】と【サラ】という。
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ということで、改めて話を巻きなおそう。
そもそも、オレがこの厄介な事件に足を突っ込むことになったのは、困った兄貴のせいだ。
まぁ世の中にはいろんな兄貴のタイプがいると思うが、オレの兄貴は大人しくて真面目で慎重派だ。
こんな街に住んでるのにいつもスーツを着ているという、ちょっとズレててかなりキザな堅物でもある。
だがオレにとってはたった一人の血を分けた兄弟であり、いつでも頼りになる男だった。
この兄貴、名を『レント』という。
ちなみにオレの名は『ハント』。
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その兄貴がある日、女の子を連れてオレの前に現れた。
兄貴のトレードマークのスリーピースは血だらけ。
連れてる女の子の服にも盛大に血がついていた。
その女の子は見た感じ十代の前半というところ。
オレから見ると、まだ幼いという年齢だ。
「レント……兄貴いったい……」
まぁ驚いたオレの口から漏れ出したのはそんな言葉。
「よぉ、ハント。ちょっとトラブルに巻き込まれてな」
少し息を切らせながらレントが答えた。
オレがチラリと女の子を見ると、その子はレントの背中にそっと隠れた。
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「……いや、おまえのコトじゃない。誰、その女の子?」
「え? そこか?」
「オレはおまえの傷よりも、女の子を連れてる方にびっくりだよ」
オレがそう言うと、兄貴は引きつった笑いを浮かべた。
「この娘は、市長の娘だ。ちょっとワケあって誘拐してきた」
おいおいおい、なにやってんだ?
というのが、まぁ率直な感想。
オレはもちろん驚いていた。
兄貴の仕出かした事件の大きさに。
それがもたらす影響の大きさに。
とにかく盛大に嫌な予感しかしない。
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「市長の……娘? 誘拐? おまえ何やってんだよ……」
「こうするよりほかに方法がなかったんだ」
兄貴はあっさりとそう言っただけ。
理由の全てを語ったと言わんばかりに。
だが、ここはまぁ兄弟。
オレはそれだけで納得できた。
まぁ兄貴のすることはいつでも信頼できたから。
それよりも、オレを頼ってきたことで、なんだか嬉しいような、誇らしいような気持ちにすらなった。
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「まぁいいや、理由はあとで聞かせてくれ。傷の手当が先だ、二人ともな」
オレはとにかく部屋の中に二人を通した。
「悪いがあまり時間がないんだ。すぐにこの街から逃げないと、この娘は殺されてしまう」
「分かった。それでも手当てが先だ。なに、すぐに済む」
と、オレたちが会話している間、その少女、つまり市長の娘はやっぱり兄貴の背中に隠れていた。
まぁ怯えさせたままというのもかわいそうだ。
それに誤解は解いておきたい。
「そこ、落ち着くよな。オレもよくそうやって兄貴の背中に隠れてたから」
オレがそう言うと少女はちょっと微笑んだ。
「まぁ心配しなくても大丈夫。こう見えても医療技師だからさ」
ちょっと疑わしそうな視線を返されたが、慣れている。
オレはいわゆる医師のキャラクターっぽくないから。
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それはともかく、そっからはオレの出番。
巨大なカプセル状のオペ室に女の子を一人放り込んで、さっさと扉を閉める。
あとは各種モニターからの情報を取り込んで、さっさと治療の指示を出す。
短い悲鳴が聞こえたのは、いきなり300あまりのアームに取り囲まれたせい。
長い悲鳴が聞こえたのは、いきなり服をはぎ取られたせい。
大人しくなったのは治療が始まったせい。
まぁそんところだろう。だいたいみんな同じ反応を示すのだ。
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そうそう、この部屋のことも少し説明しておこう。
球体状になったこの部屋には、ありとあらゆるケガと病気を治すテクノロジーが詰めてある。
人体をくまなく観測する各種センサー、膨大な治療データを収めたプログラム、実際に施術するのは300あまりのアーム。
この部屋に入るだけで、不死以外の施術を施すことが可能なのだ。
で、オレはこの部屋のマスターであり、この機械を操る技師なのだ。
医師というよりは技師。
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この娘、結局五分ほどで部屋から出てきた。
ちなみに黒のドレスに着替えている。
このドレスはオレが見立てたものだ。その色は暗闇で目立たないようにするため、そのデザインは目の保養のため。
うん、なかなかに似合っている。
ちなみに娘のけがは大したことなかった。
擦過傷と打撲が五か所、いずれも軽症だった。
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「さて、次は兄貴の番」
「いや、オレの方は大丈夫だ。それより【予言者】に会いたい。おまえ、居場所を知ってたよな?」
「ああ、知ってる。でもなんだってまた? そんなに状況がやばいのか?」
「かなり、な。とにかく彼女をこの街から無事に逃がしたいんだ」
「で、やっぱり理由は教えてくれないと?」
「まぁな。これ以上は深入りしない方がおまえのためなんだよ」
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オレはゆっくりと息を吐きだす。
ま、兄貴の頑固さは昔から変わらない。
このまま聞いてもどうせ進展はない。
それに……
オレはちらりと腕に嵌めた端末に目をやる。
侵入アラームがチカチカと明滅を繰り返している。
どうやら追っ手が迫っているらしい。
警戒・防犯・撃退用の各種装置が猛烈な勢いで壊されている。
時間はもって五分という所か。
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「わかったよ。これもってけ、指示通りに進めば会えるはずだ」
オレはピピっと端末を操作し、それごと兄貴に放った。
「悪いな、迷惑をかける」
レントはそれを手首に嵌めながらそう言った。
「いいって、オレたち兄弟じゃねぇか」
「おまえもしばらく、身を隠してくれ。ここにも追っ手が来るかもしれない」
(もう、来てるよ)
でもオレはそれを口に出さない。
兄弟ってのは、言わなくても分かることはたくさんあるのだ。
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「さ、行けよレント。オレのことは大丈夫、しばらくなりを潜めてる」
「悪いな、ハント。片付いたらまた連絡する」
「ああ、次は酒でも飲みながら話そうぜ」
「そうだな。おまえともずいぶん飲んでないしな」
兄貴は一つうなずき、少女の手を取った。
と、少女が不意に振り返り、
「ありがとう、ハントさん」
と、少しはにかんだ可愛い笑顔を浮かべた。
それは子供らしくて、無邪気で、とかにく可愛らしかった。
なんだよ、すごくいい娘じゃないか。
オレはそう思った。
オレには家族と呼べるものは兄貴しかいない。
でもきっと、娘がいたらこういう感じなのかな、と思った。
この娘のためなら命を懸けるのも悪くない。
たぶん兄貴もそう思ったのだろう。
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それからレントと少女は裏口から出て行った。
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そしてきっかり一分後。
こちらの予想よりも早く、部屋の扉が蹴破られた。
扉の向こうに現れたのはまたもや少女だった。
とはいえ、こちらはかなり年上だ。
それでもたぶん十代の後半。オレにはそれぐらいしか分からない。
それともう一つ分かるのは、彼女が殺し屋だという事。
彼女の両手にはごつい拳銃が握られており、その銃口はピタリと俺に向けられていた。
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「あー、本日の受付は終わってるんだけどね。それにウチは紹介状が必要だし、予約も必要なんだよね」
その少女はオレの話を聞いてないようで、鋭い眼光でサッと部屋中に視線を巡らせた。
「一足違いだったかな? ねぇ、どこに行ったかすぐに答えて。あたし、待つのキライだからサ」
その少女はとてもきれいな顔立ちをしていた。
可愛さと美しさが同居する不思議な雰囲気。
これは年頃のせいなのかもしれない。
そのせいか彼女が両手で拳銃を構えるさまは。なんだかすごく絵になっている。
死神の少女、なんだか映画のワンシーンでも見ているようだ。
ただ残念なことに、どういうわけだか、さっきから彼女に一匹の蠅がまとわりついていた。それだけが残念な構図だった。
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「あー、キミが何をいってるのか……」
そこまで言いかけた時、いきなり爆発音が響き、オレは弾丸の勢いそのままに部屋の壁に弾き飛ばされた。
なんて短気な殺し屋だ。
イキナリ撃つかよ?
聞きたいことがあるんじゃないのかよ?
ゆっくりと血の気が引いて、意識が混濁する。
その殺し屋の少女はずんずんと歩いてきて、今度は肩のあたりに銃口をピタリと当てた。
「少女を連れた男が来たでしょ? どこ行ったか教えて」
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まったくレントのやつ、エライ奴に追われてるな……
兄貴は昔からお人よしだったからな。
きっとあの娘のことも、放っておけなかったんだろうな。
ゆっくりと意識が黒く塗りつぶされていく。
瞼が重く、目の前の殺し屋の姿も霞んでゆく
オレは黒いドレス姿のあの少女のことを思い浮かべる。
あの優しい笑顔と、綺麗な瞳。
あの娘……オレは少女の名前を聞いていないことを思い出した。
「名前だけでも聞いときゃよかったな……」
「アタシ? あたしの名前はガーランド! まだ駆け出しの殺し屋なの」
霞んだ意識の向こうから殺し屋の声が聞こえる。
「……いや……おまえの……名前は……聞いてないよ……」
それっきりオレの意識は消えた。
~困った兄貴 終わり~
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