お姫様と入院患者

 学園祭当日。いつまでたっても雨宮は学校に姿を現さなかった。


 担任から怪我で緊急入院したらしいと知らされたあたしは、取るものも取り合えず学校を飛び出し、引き返して病院と病室を聞き出し、もう一度走り出した。


 吹っ切れたような顔してたけど、ひょっとして、バレエ続けられないのを悲観して――


 悪い方にばかり想像が転がる。


 受付カウンターでひと悶着起こし、ようやく病室に辿り着く。


 


「あら? 百地さん……まさかその格好で来たの?」


 最後の直し前のお姫様ドレス姿のあたしに、雨宮は呆れたような顔を見せやがった。


 なんだこいつ? ピンピンしてるじゃないの!


「うるさいな! 下々のものは王族に道を開ければいいの!」


 息を切らせながらも、役割通りのセリフで返す。


 薬を呷ったり手首を切ったりではなかったようだ。勝手に妄想をふくらませて、何も聞かなかったあたしも悪いんだろうけど。


 パジャマ姿の雨宮の左足は、ギプスで固められ吊られている。


 不意の目まいに襲われ、アパートの階段を踏み外してしまったのだという。


 よっぽど疲れが溜まっていたのか。骨折はしたものの、ぐっすり眠れてむしろ体調はいいのだとか。


「お見舞いに来てくれたのはうれしいけど、劇のほうはすっぽかすつもり?」


「お前がいうなよ! でも、ほんとによかった~」


 へなへなと床に座り込んだあたしに、雨宮はどこかよそよそしい態度を見せる。もじもじと体を動かし、毛布をずらそうとしている姿から、つま先を隠そうとしているのだと気付いた。


 バレエの練習によるものだろう。毛布からのぞく、雨宮の足の指の関節はタコやまめだらけで、割れている爪もあった。


「あの、あのね。バレエ教室の件は本当にもういいのよ。新体操部で充分練習できるし、なんだったら本格的に新体操の方に乗り換えても――」


「雨宮の練習のたまものだろ? 恥じることないじゃん!」


 いつだかあたしに言ってくれたことのお返しだ。


 照れ隠しなのか、なおもごにょごにょとごたくを並べる雨宮の足を手に取り、そっとつま先に口づけた。


「――ッ!! 汚いから! やめなさい!!」


 枕もとの目覚まし時計やリモコン、お見舞いの果物が手あたり次第飛んでくる。


 ひどい。


「でも……ありがとう、直」


 ふいに下の名前で呼ばれ、思わず赤面。


「……“すなお”じゃ男みたいだ。どうせならナオって呼んでほしい……」


「あら。素直じゃないのね、ナオは」


 くすくすと楽しそうに笑う雨宮。


 ――いや、雨宮じゃおかしいか。


「前から思ってたんだけど、“あまみやみお”って語呂が悪いな。みゃもでいいか?」


「その呼び方はダメ。許さない」


「……わかった。みお」


 調子に乗って、なにかトラウマスイッチでも押してしまったのか。


 不意に低く平坦な口調で呟くみおに気圧され、あだな呼びは一時断念する。


 その代わり、今度来るときは、じっくりペディキュアを塗ってやろう。


 嬉しさを隠しきれていない、みおのにやけ顔を見ながら、あたしは次のお見舞いの計画を立て始めた。



                              END

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ゆびさきとつまさき 藤村灯 @fujimura

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