1章 その三 再会、父よ?

「いらっしゃいませ」

 笑顔でフロントの接客係が出迎えた。

「すいません、十一階の十五号室に平野平という男が宿泊していませんか?」

「……平野平正行様でしょうか?」

「はい」

「本城様から伺っております。では、こちらをどうぞ」

 フロントは一枚のカードを出した。

 どうやら、電子キーらしい。

 昼間故か、エントランスには数人の客がいるだけで普段着の正行もさほど目立っていない。

 エスカレーターで目的の部屋に向かう。

 多分、そこには本城たちが待ち構えているかもしれない。

 おそらく、顔を合わせた瞬間に戦闘になるかもしれない。

 むろん、ホテルである。

 映画の様に拳銃を使ったものではなく、徒手空拳の戦いになるだろう。

 本城たちは、子供だった正行に武術や勉強の基礎を教えてくれた先輩格に当たる。

 気が重いものがある。

 しかし、なぜ、父を逮捕したかを確かめたい。

 ベルの音が鳴り、目的の階についた。

 緊張をほぐすように小さくため息を吐くと箱を出る。

 出来るだけ、気配と足音を消し、部屋へ向かう。

 目的の部屋の前につき受付からもらったカードキーをドア前にかざす。

 ガシャ。

 ドアの施錠が外れる音がした。

 壁に背を付けながらゆっくり中に入る。

 窓辺で何か作業をしている父の背中を見つけた。

 逮捕されたときと同じ服装だ。

 今すぐにでも駆け寄りたかったが、それを抑えすり足で前に進む。

 と、何かが目に刺さった。

 光だ。

 チカチカする。

 足元から数メートル先に長さ数センチのプラスチックに部品が落ちていた。

 警戒しながら拾う。

 これが光を反射しているようだ。

 どこかで見た。

 しかも、最近。

 すると、パズルのように謎だった部分がだいぶ溶けた。

 少なくとも、現状に関しては理解した。

 それから、喜びよりも怒りが勝った。

「おぉやぁじぃ‼」

 もう、気配や足音は気にしない。

 ズンズン進んで秋水の肩を持つ。

「待ちなさい‼ 正行さん‼」

 突然、追っていた男が止めに入る。

「邪魔しないでください、甲田さん‼」

「あれ? バレていました? シークレットブーツはいていたのに?」

 サングラスと帽子を取ると見知った兄弟子の顔になった。

「何? どうしたの?」

 外野の騒ぎを知ってか知らずか、作業の手を止め秋水は頭だけを向けた。

「あー! それ、なくした最後の部品‼」

「は?」

 正行と甲田の動きが停まる。

「いやぁ、失くしたと思っていたんだけどな……」

 秋水は再会の感動にひたるでもなく、嬉しそうに正行から奪うように部品を取ると別の部品に組み立て机の上に置いてあったプラスチックのガンダムに装備させた。

 世間一般に知られているガンダムとはだいぶ形状などが異なる。

「ようやく、ヴァイスシナンジュ秋水スペシャルバージョン完成!!」

「おお……」

 思わず、完成度の高さに正行も甲田も怒りなどを忘れて感嘆の声を上げる。

「これもガンダムなんだ……」

「そうだよ、ユニコーンガンダムに出てくる宿敵機の改良機、ヴァイスシナンジュ……ああ、この機体自体はビルドファイターズっていうアニメの……」

 秋水は嬉々として説明をしている。

 一通り説明が終わると秋水は言った。

「……何で、正行がいるの?」

 思わず、肩から力が抜ける。

「親父が逮捕されたから心配して探しに来たんだよ‼ 俺……心配したんだ」

「それは悪かった……どうだ、久々に一緒に飯を食うか?」

「………」

「甲田も一緒だ」

 正行は渋ったような顔をしつつ、一つ注文した。

「近くに美味いラーメン屋さん知っているから、そこで大盛のセットありいい?」

「いいよ」


 そのラーメン屋は少しさびれた裏路地にひっそりとあった。

 行列こそできていないが、中は近くのサラリーマンなどが八割ほど席を埋めていた。

 幸い、テーブル席が空いたのでそこに座る。

「ご注文は?」

 若い調理用白衣を着た男が注文を取りに来た。

「醤油ラーメン」

 これは甲田。

「チャーハンセットの大盛り」

 これは正行。

「味噌ラーメンにチャーシューに煮卵、ノリ、メンマの大盛りで」

 伝票に言われた品物を手早く書くと調理場へ復唱して別の客のところへ向かった。

 かつて、テレビが置いてあったであろう手作りの棚には今、ラジオが置かれ昼のニュースを流している。

 たぶん、地デジ化のときにテレビを買え替えなかったのだろう。

 ラジオのニュースが客たちの話し声に交じりながら流れている。

「で、何で親父が、あのホテルにいたの?」

「うーん、ちょっと訳があってね……」

 ちらっと秋水は隣の甲田を見た。

 一瞬だけ甲田は秋水と目を合わせた。

「でも、正式な逮捕とかじゃないから安心して。石動君にもそう伝えて」

「わかった……でも、訳って何さ?」

「話すと長くなるし……少し面倒な話ではあるんだ」

「面倒?」

「そう」

 そこへお盆を持って店員がやってきた。

「はい、味噌ラーメントッピングに、チャーハンセット大盛り、醤油ラーメンです!」

 無造作に置いて店員は去って行った。

 ひとまず、食事に集中する。

 食べ終えたときには大盛りのチャーハンも飯粒一つ残さず正行たちは完食した。


 食事を終えホテルに戻ると甲田のそばにいた男、本城が待っていた。

「はい、交代の時間だ」

 本城は顔近くに手を掲げた。

 そこに甲田がパンっと叩いた。

「じゃあ、後のこと本城に任せます」

 そういって甲田はそそくさと去って行った。

「……親父、監視されているの?」」

「監視……というか、ボディガード?」

 息子の問いに父親は歯切れの悪い言葉で返した。

 物事を言い切る男には珍しい迷いだ。

「は、ボディガード?」

 正行たちは表沙汰にできないトラブルや厄介事を引き受けることがある。

 その中には、有名人や著名人の護衛というのもある。

 しかし、護衛を『受ける』ことは一度もなかった。

 特に自分より強い秋水が何故、このような状況に置かれているか首をひねる。

 秋水は少し考えて、こんなことを聞いてきた。

「正行。お前、琥武陵くぶりょうって名前知っているか?」

「こぶりょう? ……知らない」

 その言葉に秋水は安堵と皮肉をたたえた複雑な表情になった。

「今、FBIなどが極秘裏に追っている暗殺者です。日本の……星ノ宮に潜伏しているという噂がありましてね、我々警察も彼らからの依頼を受けて、そのアドバイザーに師匠を呼んだというわけです。ただ、どこで見張っているかわからないのであえて、『逮捕』しちゃいましたけどね……」

 本城が続けた。

「でも、俺に一言言ってくれればいいのに……それに何で星ノ宮にいるのさ?」

 正行が質問する。

「正行さんを信頼してないわけではありませんが情報が何処からか漏れるのが心配でしてね。それに、琥武陵が狙っているのが……来月、星ノ宮で行われる植樹祭に皇族方がいらっしゃるから……」

「テロ集団が裏にいると?」

「可能性の段階だけど……甲田と本城は警察と連絡を取っているのさ」

 秋水が口をはさむ。

「つまり、親父を逮捕したわけではなく、アドバイザーとして呼んだということですか?」

「はい」

 本城の言葉に思わず、正行は胸を撫で下ろした。

「じゃあ、何も心配しなくてよかったんだ」

「そうだよ。まあ、一週間前に打診されたから、ついでにテストにしたんだが、お前さんも何とかこの場所を突き止めた」

 父の言葉に正行は少し誇らしげに笑顔になった。

「まあ、早く帰って石動君にでも報告して普通に過ごせ。俺は……そうだなぁ、旅行にでも行ったと思ってな」

「うん……じゃあ親父、本城さんたちに迷惑をかけるんじゃないぜ」

 そう言いながら正行はカードキーを置いて出て行った。

 それを見守りながら本城は小さく言った。

「本当にいいんですか? 本当のことを話さないで……」

「しょうがないだろ? 今回は、爺さんのことが関わっているからな……未熟な正行を巻き込むのは……気が引ける」

 秋水は目を合わさずに言う。

「爺さんからの因縁だ……」

「こちら……警察、公安当局としても実際皇族方がいらっしゃるから出来るだけ表沙汰にしたくないので全面協力しますがあまり無茶しないでください」

「分かっている……そういや、石動君はどこに旅行に行ったんだ?」

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