1章 その二 謎の映画館へようこそ

 翌日。

 正行はいつも通りに起き、朝の鍛錬をしてから冷蔵庫から数種類の材料と冷凍にしてあった残りご飯で炒飯を作った。

 今日は大学の授業はない。

 正行は予定を考えながらテレビを見た。

 幸いなのか、父が犯人とされる事件はNHKでも扱っていなかった。

 片づけをして、今日は本棚をチェックして日記か何かないか調べようと思った矢先だった。

 正行のスマートフォンが鳴った。

『あ、正行さん?』

 その声は、間違えない、父を逮捕した本城新之助、その人の声である。

「本城……さん?」

 父親を逮捕した刑事からの電話に正行はいささか緊張する。

『突然のことで驚いたでしょ?』

「は……はい」

 相手がどう出るか怖かった。

 これが今の正行の偽らざる心境である。

 正行は【駆け引き】を知らない。

 そのことは石動からも父・秋水からも度々注意されていたことだ。

 どこまで譲歩し、何処まで力を行使すればいいのか?

 特に相手の表情が分からない電話ではなおさらである。

『師匠を返してほしいですか?』

 師匠とは秋水のことである。

 春平の死を機に、秋水は道場とその弟子を受け継いだのだ。

 ちなみに、一番弟子は弟子たちと闘い、優勝した石動肇である。

「返してほしいです」

 言葉に意思を込める。

『だったら、賭けをしようか? 賭けに勝ったら師匠に会わせてあげます』

「賭け……ですか?」

『そう、賭けです』

 正行は迷った。

 これはYesと答えるべきかNoと答えるべきか?

 しかし、口はすぐに動いた。

「賭けに乗ります」

『いい返事ですね……とりあえず、頑張ってください』

「へ?」

『結構体力を使いますから……』

 そういって電話からある店が紹介された。


 一時間後。

 正行は街中のコーヒーショップにいた。

 本城から指定されたのだ。

 とりあえず、バイクで向かいコーヒーを少しずつ飲んでいた。

 すると、ハンチング帽を深めにかぶった男が入ってきた。

 踝までをコートで包みマスクとサングラスをしている。

 何より秋水のような大男なのだ。

 周囲は威圧感と異物感で道を開ける。

 店員もいささか戸惑い気味だ。

 男は何も知らないのか正行の隣に座った。

 正行は男を問い詰めたい気持ちを出来るだけ抑えようと、しかし、わずかな不自然さも見逃さないように注意を払っていた。

 と、男のスマートフォンが鳴った。

 男がスマートフォンを取り出し、電話に出た。

 中東の言葉のようだ。

――中東人なのか?

 正行は知っている単語があるか耳に集中した。

「……クエスチョンシネマズ………」

『謎の映画館?』

 正行は市内の映画館を思い出す。

『謎の映画館』などという映画は今はやってないし、そんな映画館も知らない。

 だが、男は数回会話をして電話を切り外に出た。

 コーヒーを一気に飲んだ正行も外に出たがタクシーで逃げられた。


 正行はとりあえず『謎の映画館』を探しに街に出た。

 駅前の映画館などに問い合わせ、スマートフォンで検索をかけてみたがヒントになりそうなものはない。

『石動さんに、また、頼るしかないな……』

 心の中で溜息を吐いた時、目の前にちょうど町内掲示板があった。

 無造作に張られた各種のポスターには『火の用心』から『星座観察会』などの文字が躍る。

 その中に正行は目を見開いた。

 隅っこに目立たないように張られたポスターには『○○月△△日 謎の映画館にて映画を上映いたします』。

 天啓だと思った。

 今日がその日だからだ。

 正行は駆け出した。

 その映画館は裏路地の奥まった場所にあった。

 古ぼけた麻雀荘にも見えたが辛うじて看板に『謎の映画館』と読める文字があった。

 中に入る。

「いらっしゃいませ」

 声がかかった。

 外装に似合わず若い女性がカウンター越しに座っていた。

「何の映画をご覧になりますか?」

 古ぼけた建物内で、彼女だけが光り輝いているようにさえ見えた。

「え……えっと……あー……」

 改めて聞かれると自分が無計画に入ったことを悔いた。

 周りのポスターを見る。

 どれも昭和の匂いのする年代物のポスターだ。

 写真ではない。

 全て実写に模した絵である。

壁には『眠狂四郎』『ジェーン』などなどマニアなら喜びそうなポスターがずらりっとそろっている。

しかし、正行は映画マニアではない。

 戸惑う正行に女性は何か気が付いた。

「あら、もしかして、平野平正行様ですか?」

「は……はい」

「これは失礼しました。支配人を呼びますので映画をご覧ください。以前、秋水様から正行様へ一回分のチケット代をいただいております」

「はあ?」

 正行はしかたなしに上映室の中に入った。

 客は正行以外に数人しかいない。

 座ると、最近のシネマコンプレックスのようなふわふわ座り心地ではなく、固い。

 ブザーが鳴り上映が開始された。

 最初は、父親のことなど考えて白けた目で見ていたがだんだん映画にのめりこんでいった。

 エンドロールが流れるころには涙が止まらなかった。

 いい映画だった。

 暗闇から電気の光が柔らかく差し、正行は再び現実世界へ戻ってきた。

 客たちが去っていく。

「映画はいかがでしたか? お客様、いえ、平野平正行様」

 気が付くと横に一人の男が立っていた。

 慌てて涙を袖で拭く。

「初めまして、私はこの映画館の支配人、小門正彦こかど まさひこといいます」

 名刺を差し出す。

 今どき珍しいタキシードに身を包んだ、温和そうな男。

 顔から年齢はわからない。

 二十歳ではないにしても、五十代と言えばそう見えるし三十代と言えば納得する。

「先ほど受付をしていたのは娘の小門美香こかど みかです……どうですか? 支配人室まできませんか?」

 名刺を受け取りながら正行は頷いた。

「はい」


 そこはタイムスリップしたような古い骨董市のような部屋であった。

 その中で執務机にある真新しいノートパソコンだけが異彩を放っている。

「仕事上必要なのですが、私的には無粋であまり好まないのです……」

 支配人室は映画館の屋根裏部屋にあった。

 応接間もそこにあり、正行はソファーに座った。

 小門の娘、美香が持ってきたコーヒーをすすりながら正行は小門の言葉を軽めに聞き流し周囲を見回した。

 きれいに掃除をされているが、黒電話や壊れたフィルム式の映写機などのものからどんな生物か想像もつかない骨格標本まで様々なものが部屋にはあった。

 パソコン作業を終えた小門はテーブルをはさんで前のソファーに座った。

「改めて、自己紹介をさせてください……私は小門正彦。この『謎の映画館』の支配人をしています……」

「あの……」

 正行は手を上げた。

「その『謎の映画館』というのは、何処が不思議なのでしょうか?少し変わった単館オールドシネマの映画館の様にしか見えませんが……」

 正行の正直な言葉に小門はにっこりと笑った。

「一般の方ならば規定通りの千八百円をいただきます。しかし、正行さんのような方からにはお金をいただきません。ただ、私の出す謎々に答えていただければ、その難易度によって知りたい情報をお教えします」

 意外な要求に正行は面食らった。

「正行さんは最初ですから特別サービスとして、簡単な問題から出題しましょう」

 そういうと、小門はこんな謎々を出した。


【ある男がいた。その男は、あるものが大嫌いだった。男はそれを剣で何百回も刺し、それから逃げるために走り砂漠の真ん中まで来たが、それはまだついてきた。そして男はついに死んでしまった】


「問題は、それとは何か? そして、それを消す方法を答えてください」

「ノーヒントですか?」

 不安そうに正行が聞く。

「いいえ、逆にどんどん聞いてください。不思議だと思った部分などに関して私は何度でも正直に答えますよ」

 青年は考え始めた。

 最初に浮かんだのは化け物の姿をしていた。

「そいつは大きな熊のようなバケモノですか?」

「いいえ」

 小門が首を振る。

 正行は再び考えた。

「そいつはどれぐらいの大きさをしているんですか?」

「大きさはまちまちですよ」

「まちまち……ということは複数と……どれぐらいいるんです?」

「数多くいますよ」

「もしかして、ウィルスですか?」

 すると、小門が口に手を当て笑った。

「そうだとしたら、顕微鏡はいらないでしょ?」

 正行は黙った。

 壁に掛けた時計が鳴る。

「コーヒーは冷めたみたいですね。新しいのを淹れてきましょう」

 小門が立ち上がり、正行のカップを手に取ろうとした。

 慌てて正行はカップの中のコーヒーを飲み干す。

 小門がカップとともに出て行った。

 正行は思案した。

『大きさがまちまちで数多くいる……あの口調だといて当たり前みたいだったな……』

 その時、正行にある答えが浮かんだ。

 それから、正行は窓のブラインドを下げソファーに座った。

「おまたせしました」

「あ、ありがとうございます」

 薄暗くなった部屋を見て小門の口角があがった。

「答えが分かったようですね」

「ええ。答えは『影』。影ならいくら攻撃しても、いくら速く走ろうと付いていきますからね」

「あなたのお父様は『でも、光の速さだと……』などと納得していなかったようですがね……」

 小門は懐かしいように言った。

「正解です。では、欲しい情報をお教えしましょう。この先にサンノルカの駐車場に行ってみなさい。そこに、あなたのお父さんの居場所が分かるはずです」

「ありがとうございます!!」

 正行は立ち上がり頭を下げた。

「また、今度はお父さんといらっしゃってください」

「はい‼」


 サンノルカは地元では有名なシティホテルである。

 値段も比較的安いため、遠方からの旅行客やサラリーマンなどが利用している。

 正行は、バイクを近くの駐輪場に止め、ホテルの駐車場に入った。

 止めてある車などをくまなく調べるが男の手掛かりはない。

 しかし、駐車場の所々に奇妙な矢印があることに気が付いた。

 それは注意深く見ないと分からないが、車の往来でだいぶ薄くはなっている、矢印がある。

 正行は、その矢印通りに進んでみた。

【1115】

 サンノルカの部屋数は五百であり、明らかなオーバーな数字である。

 と、二桁目と三桁目の間に小さな点を見つけた。

 これもかすれて小さいが確かにある。

【11.15】

 正行は急いでホテルへと向かった。

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