箱舟の外
春風月葉
箱舟の外
ガタンゴトンと長い車体を揺らしながら電車が走る。
車内の人々は皆、携帯の画面を見たり、ノートパソコンのキーボードを弾いたり、あるいは浅い眠りについたりしている。
ガタンゴトン、電車の音だけがよく聞こえる。
静かな空間だ。
キーボードを弾く音でさえこの空間ではうるさい方だろう。
私も静かに視線を読みかけの小説に戻そうと思った時、隣から大きな声が聞こえた。
「うわぁ、すごいね母さん。のっぽな建物がこんなにたくさん並んでるよ。あっちは木が前ならえしているや。」
そう母親に話しかける少年を見る私はきっと訝しんだような嫌な表情をしていたと思う。
そんな私のことなど気にもせず、少年はまた窓に張り付く。
私がまた視線を本に戻ろうとすると、車内の多くの大人はその少年の方を見ていた。
少年の母親はぺこぺこと周りに頭を下げている。
「でも、なんでだろうね。」と、不意に少年が言った。
「こんなに外はきらきらしてるのにみんなは誰も外を見てなんかいないんだよ。」
すると何を思ったのか、私の前に座っていた中年のスーツを着た男性が膝に置いていたパソコンを閉じて重そうなお腹を揺らし後ろにある窓の方を向いた。
「そうか、何年も通り、知った景色だと思っていたが、この景色は初めて見たな。昔はあんなに背の高い建物は一つもなかったのに変わったんだな。どうして、毎日通る場所が変わったことにさえ私は気づけなかったのだろうねぇ。」彼はお腹を触りながら言った。
するとドアの前に座っていた制服姿の女の子も左の手にあった携帯をポケットにしまい外を見た。
「へぇ、ここ、こんな場所だったんだ。」それだけ言うと彼女はポケットの携帯を取り出し、鞄にしまった。
「あ、虹だ。」と少年の声が車内に響く。
どれ、と男性が立ち上がりこちらへ向かって歩き出す。
本当だと女の子も顔を窓に寄せる。
車内の人達もざわざわとこちら側に寄り始める。
このままだと電車が横に転がってしまいそうだと思いながら私も後ろを振り向いてた。
「綺麗だ。」と声が溢れる。
そこには初めての景色があった。
箱舟の外 春風月葉 @HarukazeTsukiha
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