第2話 百敷の形而上六路
第2章 モモしきのケイじじょうりクロ
1
薄く氷の張った岩場を抜けて、洞窟。ひんやりどころではない。鼻の穴に違和感。水分が凍ったらしい。
真っ暗だ。でも記憶で見える。
左右に二つずつ。奥に大きいのが一つ。いつもなら気になる有機物のにおいがしない。冬だからだろう。天然冷蔵庫。いや、冷凍室か。寒い。
格子の間に白いもの。眼はまだ慣れないので幻覚かもしれない。
キサ。
「早く出してよ。なんでヨシツネなんかに助けられなきゃいけないんだろう。こっちから願い下げなんだ。帰れ。久しぶりだね、元気してた?」
「まあぼちぼち」
「早く出せってゆってるだろう。僕のゆうことが聞けないのか。あんなに可愛がってやったのに。恩を仇で返すなんて。会いたかったよ。会いたかった。すごく。待ってた。はやく出せえええええええええええ」
鉄柵ががたがた揺れる。壊せばいいのに。そうすれば責任転嫁できる。勝手に逃げ出したんだ、こっちの非じゃない。耳鳴り。
鍵を見せる。腕。それより速く。
投げる。うしろ。
だいぶ遅れて、音。
「なんてことするんだ。行け。ほら、探して来い。なにやってるんだ。莫迦か。これだからヨシツネなんかに。一生出られないの? 困ったな。檀那さまはニセモノだったんだ。だからバイバイしたのにね。またニセモノがやってくる。君だよ、ヨシツネ。なんで帰ってきたんだよ。お別れだってゆってたじゃないか」
眼は慣れてない。でも記憶で見えてしまう。キサが摑んでいる。その塊が。
人体の一部。
あのときと同じ。それは見ていないが、聞いた。キサの最後の客。
切り落として。
浴場で倒れていた。
赤なのか黒なのかわからない液体にまみれて。
排水口。血の気の引いた蒼。
ソノトキシンデイバヨカッタノニ。
キサが自分で言っていた。
「切ったんやろ」
「返せってこと。無理だよ。だってもう。はやく拾ってこいよ。なにしてる。ぼさっとするな。そうやってまた僕に歯向かう。黙ってないでなにかゆえ。何が目的で、どうして僕に近づいたのか。好き? 冗談じゃない。僕はヨシツネなんか。ひとくち」
たべ
ちゃった
「遅いよ。遅かった。いつも手遅れ。僕が本当に困ってるときはいつもいない。どこをほっつき歩いてたんだ。僕のことが嫌いになったんだろ。いいよそれで。いい加減に拾ってこいよおおおおおおおおおおおおおお」
「のうても生きられるさかいに。せやけど、いらんとこも壊しおって。戻らへんよ。よかったな。替え玉往ななったよ。俺が」
檀那さま。
やけに響く。キサじゃない。うしろ。
光る。受け取る。
「ポケットの穴、ひとつ多いのと違いますやろか」ダサが言う。
鍵。
「時報聞きたい思いませんでした? いまならロハで」ダサが言う。
尾けられてたのは知っていた。それほど長居できないことも。
鉄柵ががたがた揺れる。
「どないしましょか」ダサが言う。
開放。
閉鎖。
「もうちょい人の道に配慮できへんの?」
「そんなんありますか? 部屋自体にロックしいはるか、本人にロックしいはるかどっちかしかあらへん思いますけど」
凍える洞窟で独房。
暖房効く棺で拘束。
「空いとる?あっち」
「そらあきませんわ。ランデヴそっちですもん」ダサが言う。
「せやったら別に」
「別ぅもなんもねぇ。手一杯ですのよ。たんまたっま俺がおったから、ここに連れてこれましたけれど、もし、俺があっちやらそっちに出張っとったら」
「ほお、そらええわ。いまここに、お前がいてる」
鉄柵ががたがた揺れる。白い手。記憶で見て。
触るのはやめておく。
「なんだよその眼は。僕が閉じ込められてるのがそんなに面白いか。ヨシツネ、怨んでやる。怨んでるんだ。僕を置いて行っちゃったこと。淋しかったんだよ。僕がどんな思いでまいにちまいにち毎日。だしてよおおお」
「すまんけど、これから用事あるさかいに。帰ってきたら作ってくれへん? 実は朝っからなあんも食ってへんの。キサの料理食べたいな」
返事はなかった。眼が慣れていないからだ。
きっと頷いてくれた。
ダサは檀那様の命令にのみ絶対なので悪いようにはしないだろう。これ以上悪くなるものもないか。
あんなにひどくなっているとは思わなかった。ひどくなったからゲボがお亡くなりになったのだろう。葬式は、もしかしてヨシツネが開くのか。
木綿豆腐は故障していた。おかげで延々と坂を登らされる羽目に。寒い。身体は温まっているはずなのに。寒い。寒い。厭なにおいに近づいているからかもしれない。
雪。
もっと積もればいいのに。ちまちま降ってないでどかんと。
家具屋敷。その名前は健在だった。入り口の扉。
ヒトだったものが張りついている。ドアマット。
ヒトだったものが大の字で伏せている。シャンデリア。
ヒトだったものが吊るされている。階段の手すり。
ヒトだったものが。
気分が悪くなってきた。あまりまじまじと見るものではない。家具なんか、使うときすら見ない。使わないときにも見ない。
外が騒がしい。よかった。たった一歩でも先に着いたなら詫びを入れなくて済む。何時に待ち合わせなのかも知らない。着いた時刻が待ち合わせ時間。そういえば、一瞬で時間の概念をなくしてしまうどこかの低反発はどうしたのだろう。
嫌味のひとつでも言ってくるものだと。おかしい。人事異動? それにしたって、低反発は誰よりも人事権を握ってるんじゃ。
黒尽くめが膝をつける。床に、地面に、地上に。家具はそのまま家具のまま。
さて、檀那さまはどうすべきか。
「お退きなさい」通訳が言う。
わざわざ通訳せずとも。あまりいい機嫌ではなさそうだ。
北京。
道を開けて頭を下げる。最敬礼よりだいぶ甘い角度。
「上げてよろしい」通訳が二歩引いて、踵。
チャイナドレスとアオザイとサリーを大鍋でぐつぐつ煮込んだ成れの果て、みたいな格好をした髪の長い。緩い。低反発が浮かんだ。
似てる。
似てない。そのどちらでもない。
なんだこの。
いやな。
「ここはとても面白い。しかし私は興味が失せた。ヨシツネ、返事を聞く。私なしでやっていけるのか。私のいない場所で」
「意味わからへんけど」
口の利き方に、まで言ったところで通訳が睨まれる。お前は私の言ったことだけ繰り返せばいい。そのためにお前はここにいる。それができないならいなくなってもらっても構わない。代わりなどいくらでも。たぶん、そんなとこだろう。
「芳しくない。ヨシツネがいなくなった。それは想像に難くない。そう理解していた。だが、他の理由が思いついた。もしもヨシツネが不在というただそれだけの原因なら、ヨシツネに匹敵する雛を探せばいい。生み出せばいい。なぜそれができないのか。カグヤにはその力がない。キナイにもその力はない」
「俺にはあるゆうこと?」
「どう思う」
「どうもこうも。ブランクありすぎてわからへんな」
眼が合わせられない。口を開くだけでこんなに疲労するのだろうか。寒い。ことなんかすっかり飛んでいた。思い出してもすでにどうでもいい。
寒い。
「なにがそないに気に入らへんの?」
「気に入らない、とは?」
「まだいけるよ。崩れてへんし朽ちてへん。俺なら」
家具屋敷の主が出てこない。エントランスで立ち話してるんだこっちは。ここは寒いですから奥で温かい飲み物でも、みたいな展開に持っていかないのか。低反発。留守にする理由がない。会いたいはず。断られた。遠ざけられた。
なぜ。
「なんやいてへんみたいやけど」
通訳が頭を下げる。ふたり。階段を上がって、二階。
低反発の部屋。
開けろ、という眼。こうゆうことは下々の者の役目なのだ。鍵はかかってなかった。ことがかなりおかしい。不在。むしろ留守のほうが施錠する。
わかった。留守じゃない。低反発はずっとここに。
開けないのか、という眼。
「ホンマは日本語喋れるのと違う?」
「あれの仕事が減る」北京が言う。
「さっきクビやのなんやのって脅してへんかったかな」
「気に入っている。たまの口答え」
ドアノブ。回そうか。回したくない。
「見ないと信じられない」北京が言う。
「さよかあ。俺、聴覚優位やさかいに」
ドアノブ。回す。下々の者がやるべきなのに。
線香のにおいがした。
低反発に。
よく似た枕がベッドに。
置いて。
横たわって。
動いてない。一分くらい見てたけど。一分じゃなかったかもしれない。一秒とか十一分とか。さすが低反発。時間の概念を一瞬でなくせる。
「カグヤはカグヤだ」北京が言う。
意味がわからなかったから無視する。
「いつっから滞納しとるの?」
部屋を出て階段を下りる間、北京は何も喋らなかった。
通訳が頭を上げる。ずっとその姿勢で待っていたのだろう。黒尽くめは相変わらず膝をついてじっとしている。
通訳から報された年貢の額を聞いてアタマが痛くなる。寒い。ことも思い出す。
「そんなんいくらなんでも」
「やってみるだけやってみろ。駄目ならそのときはそのとき」通訳が言う。
「せやった。期限は」
「機嫌次第」通訳が言う。
すぐにダサに連絡して客の優先順位を挙げてもらう。ざっと概算したが目処が立ちそうにない。機嫌次第、ということは機嫌を損ねたらそこで終了。それがいつのなのかわかっていれば心の準備ができるのに。間に合わなかったら、どうなるのだろう。
ヨシツネは助かるかもしれないが、確実にその他雑多は。
「キサは」
なんとかしなければ。死なせてあげることも、殺してあげることもできない。したくない。苦しいだろうがつらいだろうが生きていてもらいたい。
「薬が効かれへんのよ」ダサが言う。「お医者なん、顛末話しただけで真っ蒼なっとったわ。もう限界と思んますけどな」
ダサでも白旗。どうすればいいのだろう。
わからない。
「言の葉が届くとこにいてはりませんえ。いっそびょーいん建てましょか。アタマの」
治るだろうか。治らない。治らないから、傍にいてもらうほかない。
手っ取り早くカネを稼ぐ方法。
ただそれだけのことだ。アザにならなかったのは優しさだろう。
2
自由登校なので、は理由にならない。追い返すこともできる。こんなことをしている場合じゃないだろういまはもっと大事なことが、とか。面倒だから言わないが。
「滑り止めが受かったので」気真面目なメガネが言う。
それも理由にならない。本命が受からなければ何の意味もない。
客が来たので仕方ない。二階に通すことにする。従業員以外は入れたくないのだが。
ソファに文庫本が出しっ放しだった。俺のじゃない。忘れ物。イコール処分してもいいという。
「二限がテストなんだ」
わかりやすい威圧感を与えるためにアラームをセットする。ケータイをテーブルの上。残り時間がどのくらいあるのかはわからない。計算してない。音が鳴ったら終了すればいい。台詞の途中だろうが、絶頂の佳境だろうが。
「いなくなったって」気真面目なメガネが言う。
「らしいな」
「どうして」
「質問の相手を間違ってる」
「ケータイがつながらなくて」
そりゃそうだ。せっかく買ってやったのに。見事に置いてった。家もそのまま。
「来る場所も違う」
「いなかったんです」気真面目なメガネが言う。
「居留守じゃないのか。第一寝てるだろ。こんな時間じゃ」
「僕らはあれですけどあの人は」
二年。なるほど。サボってる。それが気にかかったわけか。違う学校のくせに。なんで知ってるんだ。
でこほくろ。そういえば同じクラス。中学からずっと同じ。どんな魔法だ。
「なにがあったんですか」気真面目なメガネが言う。
「関係ない」
「僕だって関係ない。まったくもって迷惑なんです。いまが一番大事なときなのにわけのわからないことに巻き込まれて。いい加減にしてください」
怒る相手が、と忠告する前に写真を見せられた。たぶん、生真面目なメガネの持ち物ではない。寡黙なでっかいのが持ってた。
ぜんぶで五枚。一緒に風呂に入ろうが一緒のベッドで眠ろうが、あと一押しのごり押しがないとお眼にかかれないような構図。誰が撮影した云々より、どうしてこれを所持しているのか、が気になった。寡黙なでっかいのが渡した。何のために。
「仕舞っていいですね」
そそくさと封筒に入れられる。視界に入れているのが苦痛なのだろう。
「あと二つあるんですけど、いいですよね、見せなくても」
喋らないちっさいののイヤフォン。音声データ。
でこほくろのケータイ。動画。
写真から簡単に類推できる。
「代理で来ました」気真面目なメガネが言う。
「本人を連れてこい」
「だからいま、代理で来たと言ったでしょうが。なんで僕が選ばれたのかわかりますか。絶対わからないだろうから言います」
「俺が嫌いなだけだろ」
違う。生真面目なメガネが低い声で怒鳴る。
ちょっと吃驚した。外からはわからないだろうが。
「どうしてヨシツネさんがいなくなったのか。僕らはそれだけが知りたいんです。でもそれを知るにはあなたに聞かないといけない。僕なら、あなたにケガを負わせずに平和的に聞きだすことが出来ると、そう判断したんです」
「殴りたいなら殴ればいいだろ。もういいか」
「自惚れないで下さい」気真面目なメガネが言う。
アラームを解除する。手を止める。
「自惚れるな? 誰が」
「彼は本気です。今頃追いついてるかもしれませんよ」
主語はおそらく、寡黙なでっかいの。
だからそれがなんだ。
「だからそれがなんだ」
「優しさがわからないんですか。いまあなたに会ったら半殺しじゃ済まない。気づいたときにはきっと手遅れになってる。だからそれを避けるために」
「お前が来る必要はないだろ。忙しい受験生なんだから」
何かが派手に転んだ。椅子。
生真面目なメガネが蹴った。
「戻しとけよ」
「待ってくださ」
客がまだいたので裏口から出る。走って逃げるまでもない。
いた。
「半殺しじゃ済まないんじゃなかったのか」
寡黙なでっかいのがいた。
今頃追いついて。やはりはったりだった。だろうと思う。いくら超常的な力があるとはいえ不可能だ。俺だって知らないんだから。現在位置。
「退いてくれないか。急いでる」
「我慢できてるうちに言え。どこやった」
その当の捜索対象を殴った奴がよく言う。
「そんなの俺が知りたい」
「じゃあなんでいなくなった」
「さあな」
「追い出しやがったのか」
どこをどうしたらそうゆう運びになるのだ。これだから素行の悪い不良は。
「さっさと答えろ」
埒が明かない。もっともらしい嘘をついたところで見抜かれる。嘘が下手だと指摘されたことがある。完璧に顔に出るらしい。
「実家の不幸だ」
嘘は言ってない。その通り。合っている。正解正当。だから顔にも出ていない。
深く追求される前に走った。逃げたわけじゃない。間に合わないのだ。
雪が滑る。
3
どうして俺のところには何もなかったんだろう。受験生だから配慮してくれた。と素直に考えられないところが用心深いところというか疑心暗鬼というか。
俺だけ本気じゃないから。蚊帳の外。こっちの意志なんか完全に無視して強引に巻き込んでおいて、こうゆうときだけ仲間外れ。
でも、そんな俺の眼から見てもさほど本気じゃなさそうな人のところにも送られてきてる。どうゆうことなのか。選別に漏れた。なんだかそんなんばっかりだ、俺の人生は。
中学受験も失敗して、高校受験も失敗。そして大学受験。あの人の置き土産が遅くとも今週中に解決しなければたぶん、あんまり考えたくないけど或いは。涙も出ない。慣れた。このまま就職試験も同じ運命を辿るんだろうな、と悲観視。
実家の不幸。とはこれ如何に。
「嘘ついてると思う?」
「いや」グンケイ君が言う。
同感だ。社長は嘘が下手すぎるから。
「実家ってどこだろう。関西方面だよね」
わかる? て意味で発言したんだけど。
グンケイ君は首を捻る。
「学校大丈夫なんだっけ」
自分でも無意味な会話だと思った。だから相槌もなかった。
本気。
なんだろうから学校くらい。義務教育じゃないんだし。グンケイ君ならどうでもいい、て言うはず。むしろ義務教育時代をまともに学校に通ってない彼が高校に行こうと思ったのは。
ヨシツネさんに勧められたから。高校くらい行かへんとな、て。
「悪かった」グンケイ君が言う。
「いいよ別に。報せてくれてよかったと思ってるし」
俺だけ知らなかった。
ヨシツネさんがいなくなったこと。
「用事が不幸だけなら戻って来るんだと思うけど」誰のなんだろう。
祖父、祖母、父、母、兄弟姉妹。親戚。
あの人のことを何も知らない。勿論含まれてない人もいる。
社長。だから訊きにいったのに。勉強時間を削ってまで。
て、それはもういいんだけど。
「ここで張る?」
「行く」グンケイ君が言う。
「どこに?」
社長の大学かな?
「ガッコ」グンケイ君が言う。
「え」
睨まれはしなかったけど、心外だったのだろうか。
だって、なんで学校?
「サボるな、て」グンケイ君が言う。
「でもそれどころじゃ」
本気。
もう二度と戻ってこないかもしれない。
「あ、ちょっと」
行ってしまった。付いてこさせないためについた嘘。とは思いたくない。でも別についていく必要はない。二人の問題だ。やっぱり部外者で。
ツグからメール。どうだった?
わからなかったよ、と。実家の不幸、らしい。
家に着いても返信がなかった。珍しい。五分以上滞らせることなんかないのに。なんか気づいたのだろうか。教えてくれればいいのに。
4
二度と会えないから何もゆわずにいなくなった。
大遅刻で怒られた。態度が悪い。反省の色が見えない。と二重三重に怒られた。それでもサボらなかったんだから、自分的には三角だろう。
本当は同じところに行きたかった。頭が悪いから。そこには入れなかった。入る入らないの前に駄目だとゆわれた。お前にそこは向いてない。行くだけムダだ。何しに行くつもりだ。まともに教科書も開いたことのないお前が。ならどこに行けばいいのだ。と、勧められて入ったここは、ちっとも面白くない。
頭は俺とどっこいどっこいだけど、中身がどっこいどっこいじゃない。これならあいつらのほうがずっと面白い。頭は悪いけど、単に頭が悪いだけだ。大したことない。
友だちはムリに作らなくていい。でも、ケンカはするな。そうゆわれてる。
ゆわれてるんだけど。
退学になったら悲しむだろうから。手は出さない。勉強はつまらないけど、やってみると案外面白くなくもなかった。面白くなくない。
ないんだけど。
今日はいつにも増してうっとうしい。一発くらい。いや、ダメだ。そうゆう約束。
いなくなったのに。守る必要あるだろうか。
守ってたのは嫌われないため。好かれるため。それを報告することはできない。ここにいないのだ。あの家にもあの店にも。出向いたところで。
本当に、うざい。
威嚇。それでもまだ突っかかってくる。
一発くらい。一発なら。一発で黙らせられるのに。こんな奴ら。
ダメだ。すっかり殺る気がなくなってる。前はこのくらいなんでもなかった。ムカついたらぶちのめした。イラっときたら息の根止めた。
無抵抗なのをいいことに言い訳もしないから。俺が先に手を出したことにされていた。
自宅謹慎。ちょうどいい。休みたいと思ってたところだ。
本気で。
本気だと、ゆったこともあった。
「気持ちはうれしいんやけど、すまへんね。俺、好きな奴いてるさかいに」
誰なのかききたくない。
たぶん、きっと。
「ちなみにアホ社長やあらへんよ」
てっきり。
「なんやのその顔。違うて。なんであんなん。こっちから願い下げやわ」
「じゃあ」
「ケイちゃんの知らん人。だあれも知らへんよ、安心しい」
知らないから安心しろ。よくわからない。
「なあ、もし俺がええよ、ゆうてたら、何しよ思うた?」
そんなの決まってる。
「ちゅーならええよ」
からかわれてるんだろうと思ったけど。別にどうってことないって顔で。
「いいです」
「ホンマに? 後悔しても知らんえ」
してもらっても、そこから先がないんなら。よけい苦しいだけだ。
あのときお願いすればよかったんだろうか。後悔してるんだろうか。まさか突然会えなくなるなんて思ってなかった。ずっとあの店にいるもんだと。学校終わって行くと絶対に会えるもんだと。
写真は返してもらった。いらないと思う。捨てるべきなんだろうが、どこに捨てればいいのかわからない。なんとなくポケットに入ったまま。五枚。一枚は別にしてある。だから全部で六枚。証拠として持ってってもらうということは、社長に見られるってことで。
その一枚は誰にも見せたくなかった。ヨシツネさんにも見せたくない。写ってるのは間違いなく本人。だけど、送られる前とだいぶ変わってる。
謝りたかったのに。そのつもりで出向いて。殴った。腹が立ったんじゃない。それ以上何もゆってほしくなかった。やめてほしい、の代わりに手が出てしまった。治ってない。すぐに手が出る。謝るチャンスはそこで消えた。だから、帰るしかなかった。
耐えきれなくて、我慢の限界超えて。押し倒したこともあった。
「別にええよ」
抵抗すればいい。嫌だってゆってくれればやめた。
まるで、相手にされてない。それだけははっきりわかった。
「俺じゃダメなんすか」
「駄目やのうたら楽なんやけどね」
におい。近い。
「誰なんすか」
好きな人。
「ゆうたらケイちゃんどないする? 殺しにいくのと違う?」
そのつもりだった。
「ゆわれへんね。秘密」
「なんで、ここにいるんすか」
「そないなことどうでもええやん。やりたないの?」
このまま突っ走ったら。壊してしまう。
「心配せんといて。俺、平気やから」
できるわけない。
できない。嫌われたくない。
嫌われるのがいちばん怖い。
だからこの写真を見せて謝ったところで、なにも。嫌われる。わざわざ嫌われにいったのに。のこのこと。もう嫌われるしかない。嫌われても文句ゆえない。
ことをした。
写真に飛んだ。汚した。けがした。
ケガしてなければいい。手加減したかどうかおぼえてない。
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