白拍子の彼女

阿房饅頭

白拍子の彼女

3尺近い太刀を 抜刀。

瞬間の切っ先は綺麗な弧を描き、戻る。

素早く鞘に納刀。

狐のお面に白い白拍子然とした白い巫女のような服装は、少女の黒髪と相まって、モノクロの奇跡ともいえる。

しかし、そこには煌めく日の光が立ち込めて、白というよりも陽光が降り注いで全く違う印象を与える。

俺は何でこんなところにいるのだろうか。

何故?

この場所には陽光と彼女と竹林と白拍子の彼女のいる開けた土地しかない。

こんな場所を俺は知らない。いや、正確にはどこかで見たことがあるのだが、その場所にはいつ立ち入ったのか、記憶が曖昧過ぎて記憶がない。

白拍子の彼女は黒い肩までの髪を汗で濡らしながら、抜刀と納刀をひたすら続けていた。


カチンという刀と鍔が重なる音が聞こえては消え、聞こえては消える。


俺は彼女の姿を見つめる。


抜刀。

弧を描く動きは鋭く、竹を揺らす。

納刀。

弧を描く動きは滑らかに、素早く風を切る。

抜刀。

弧を描く動きは激しくも見えるが、清らかな清流のような動きだ。

納刀。


永遠ともいえるその長い長いやり取りを呆けたように見つめ、その夢のような白拍子の彼女の姿を見つめる。

年は13歳くらい。あんな幼い彼女が太刀を振るうなんて、何故だろうか。

彼女が納刀を終えると、白拍子の袖からハンカチを取り出して、汗をぬぐう。

そこで俺の方を振り向いた。


「どうして、私をずっと見ているんですか」

「何故だろうな。やることがなかったからか」

俺は肩をすくめて、おどけた声を出す。しかし、彼女はどこか不満そうに口を尖らせる。


「私の抜刀に見惚れていたのではないのですか」


さて、どうだろうか。俺にはわからない。

俺からいえることは一言だ。



「綺麗だったのかもしれないが、なんだか寂しくてな。あんなに綺麗な太刀筋なのにそれを誰にも見せることはできないなんて」

現代の世の中では彼女のような刀を持つことは許可制だ。でなければ銃刀法違反になってしまう。

けれども、彼女のその一生懸命な姿は気高く美しい。だが、見惚れるということは俺には無かった。

ただ、寂しげな孤刀を振るう彼女の姿は物悲しい。


「では、何故私から目を離さなかったのでしょうか」

「そうだな、似ている。そう、君が誰かに似ていたんだ」

思い出せない誰かに似ている。

黒い髪に彼女のような硬い顔ではなく、いつもヒマワリのように笑う。そう、この陽光のような彼女を。

白拍子の彼女は自分の額に左手を添えて、何かを言いたそうだった。


「呆れているのか」

「そうです。ここがどういうところで、私が何に見えるか。そんなことも知らずにここにいるのですか」

「そうだ。ここはどこだ?」

「あの世とこの世の間です。いわば、三途の川のようなところですよ」

「そうか」

割と簡単に出た納得の言葉。

変わって白拍子の彼女の方が頭痛を起こしそうなくらいに自らの額を押さえた。


「そうかって、なんて暢気な。あなたは死ぬかもしれないのですよ。それを簡単に受け止めるなんて」

不思議と俺は受け止めることができた。

何故だろう。ああ、そうだ。


「俺には幼馴染がいてな、丁度君の頃くらいに死んだんだ。川で溺れて。それを俺は救ってやることができなかった。だから、それをずっと未練に思っていたからかもしれない」

「馬鹿な。死者はもう此の先から帰ってこない。そんなことをずっと考えるだなんて、あなたはどれだけ後ろ向きなんですか」

わかってはいるけれども、数年前に失った彼女のことを思うと俺の中にたまった澱のようなものがあふれ出して、吹き出す。

湧き出てくる何かを止めることはできず、18歳のそこまで、大仲国広を苦しめてきた。

だからだ。

俺はここにやってきて、思ったのだ。


「なあ、君に俺を斬ることは可能か?」

その太刀は飾り物ではないことはわかる。そして、何故か、彼女の存在が何かが分かってくる。


「死神さんよ。あんたならできるだろ。俺の幼馴染の晴菜によく似た顔の死神さんなら」

何故か、腹の中に落ちたその確信は、悲しいほどに彼女の持った納刀された太刀と鞘に同じようにかみ合ったように思えた。

彼女は臍を嚙む。


「それが私の本来の役目だから」

「だったらやってくれ。俺はもう十分苦しんだ。だから、君のような子に切られて死ぬなら本望だ」

「あなたは死にたがりなの?」

「そうだ。生ける屍。大仲国広。晴菜がこの世を去ってからずっと思ってきた。だから」

「だからって、死んで何になる! 晴菜が喜ぶと思うの?」

「思いはしない。けど、それしか俺には方法がなかった。ずっと思い続けて、思い続けて、気づけば、この竹林の近くの崖で俺は倒れているはずだ。そこは彼女が死んだ川の近くの河原だ」


そうだ、ここは晴菜と遊んでいた竹林。彼女はそこの近くの崖から足を滑らして川に転落。そのまま帰らぬ人となった。

自分はそうはなっていないらしく、崖から落ちて河原の砂利の上で倒れているだけだ。

だからここで俺は彼女に斬ってもらうことですべての苦しみから解放される。


「それでいいの?」

「俺は過去に縛られた亡霊だ。亡霊は亡霊らしく死ねばいい」

「なら、死んで」


抜刀。

抜き取った刀は俺の銅を真っ二つにして、俺の意識は消える。



***


目が覚めた。

そこは病棟の上のベットだった。


「晴菜?」

そこには晴菜によく似た女の子がいた。

彼女よりも成長はしているが、俺よりも年下の16歳。

彼女の名は令菜。


「馬鹿ッ。死んだお姉ちゃんと間違わないでよ」

令菜は俺に抱き着き泣いた。

ワンワンと鳴いて、俺は何も言葉を発することができなかった。やっとつぶやいたのは一言。


「俺は」

死にそこねたんだな。

言葉に出さず。ただ、俺は現実を見る。

頭に巻きつけられた包帯と貫頭衣が助かったことを示していた。


「お姉ちゃんと同じようなことにならないで。そんなことをしたら、私本当に許さないんだから!」


彼女は泣く。

そして、ふと病棟の外を見るとそこには白拍子がいて、あかんべーと舌を出していた。


ほんと、素直じゃないんだな。晴菜は。

あの白拍子はいたずらっぽく笑みを浮かべて、

抜刀。

納刀。

を一回繰り返して、礼をして消えた。


 空を見るととても晴れていることに今頃、俺は気づいた。







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