第2話「七雄戦国時代」
ゴブリンによって故郷が壊滅させられたあの日から何日か経った。母さんをはじめとしたゴブリンに連れ去られた人たちを助けなければならないのは分かっているが、今日を生きるので精いっぱいだ。村に残ってた食料もゴブリンに奪われ、残っていたものも底を尽き、村付近の魚や小動物も無限に居るわけではない。最低限の暮らしはできるものの、このままでは一向に助けにいけないし、何よりこれから来る冬には耐えられないだろう。山奥にあるこの村は秋のうちは食料が豊富だが冬の間は生物が生きるのには過酷な環境へと変わる。僕たちはこの村を出ることにした。故郷を離れたくないという気持ちはあるが、残っているのはあまりにも静かな家々と大量にできた村人たちの墓だけだ。
最低限の携帯食と小さい斧と弓矢を持ち、今にも擦り切れそうな
小さい頃から山の中で遊んでいたこともあり順調に下山は進む。獲物は途中で何匹も捕まえることが出来たため携帯食を口に運ぶことは少なかった。山の中で遊んでいたとは言え山から出たことはない。チィノ村の住人は村から出ることなく、自分たちが食べる分だけの野菜を育てて生きていた。村から出る者は十年に一度いるかどうからしい。母さんの話だと僕の父さんもその一人だったのだとか。でも僕は父さんと一度も会ったことないしどうでもいいことだ。
山を無事に降り、川沿いに沿ってあるけば人が住む土地に辿り着けるのではないかと思い二、三日ほど歩いた。人が住んでるらしき形跡は未だに見つけられない。山から流れる豊富な栄養を含んだ川だったおかげで釣りをすれば食料に困ることもなかった。しかし冷たい風邪が草履だけの足を容赦なく襲う。晴れる日に日光に当たればまだ耐えられるが本格的に冬が始まる前にどこか辿り着かなければならない。
僕は今まで勘違いをしていた。人間は小さな集落を作り、強き魔物に狙われないように生き延びてゆく生物なのだと思っていた。だがそんな臆病な考えが恥ずかしくなるほどの光景が目の前に広がる。紅の大きな門と中から聞こえる絶えない人々の声、見たこともない服装と嗅いだことない料理の匂い。全てが新しくて大きかった。
門番のおじさんが僕ら二人の存在に気づき中に入れてくれた。僕らからしてみれば当たり前の格好だったのだがおじさんが言うには子供がそんな格好をして可哀想なのだとか。おじさんは綺麗な布の服の上に鉄の鎧と兜を装着している。
僕らは石が敷き詰めらてできた道を歩く。曲がる角全てが直角なのが不思議だった。聞けばこの街は上から見れば四角形がたくさん集まったような道になっているのだとか。通りすがりのおばさんが可哀想だと言いながら笹の葉に包まれたお米を握ったものをくれた。なかなかにおいしい。
おじさんは宿らしき所に案内してくれた。暫くはここにいていいらしい。宿主のお婆さんは細い目でじっと僕ら二人を見つめると何があったのか聞いてきた。僕がゴブリンのことを言っていいものか渋っているとリュートがべらべらと今まであった全てを涙ぐみながらも話してしまった。お婆さんはそうかいとだけ言い僕らに部屋を貸してくれた。縦に4歩も歩けば壁にぶつかってしまうほどの狭い部屋に二人だったが僕らには温かい場所があるだけありがたかった。
翌日から僕らは宿屋で働くことにした。お婆さんは孫が二人できたようなものだから別に働かなくてもいいと言っていたがそういうわけにはいかない。初めての労働で失敗する方が多かったがそれでも少しでも恩を返すため働いた。数日も経つと本当の家族のように思え、リュートはばあちゃんと親しみを込めて呼ぶようになった。なぜかお婆さんは僕らに本名を教えてはくれない。でも名前を知らなくても家族と故郷を失った僕らにとってお婆さんは唯一の心の拠り所であった。リュートは持ち前の愛嬌と元気が好評で、たった数日でこの街の人から愛されるようになった。対して僕は接客というのが得意ではなく、ついつい無愛想になってしまう。いや、接客が向き不向き以前に、心のどこかで不平等さを感じていた。僕たちのチィノ村が明日を生きるため必死になって働いて、毎日強い魔物に怯えながら暮らしていたというのにこの街ではそんな気配を微塵も感じさせない。楽しく過ごすのが当たり前。それが一番いい事なのだろうが、それを簡単に受け入れらるほど僕は楽観的ではいられなかった。働いてゆく中でお婆さんから色々聞いた。この街の名前はソイ。付近の村から野菜を買い取ってそれを売ったり、他の街の工芸品等を売ったりと様々な商業で栄えた街なのだとか。街を歩けばツノウサギの干し肉から綺麗な陶器、魔除のお面など幅広いものが多く売っていたのはそういうことだ。他にも街があるのかと聞いてみるとソイと同等、またそれ以上に栄えてる街がソイを含め七つあるらしい。各街はそれぞれ街の中で一番強い人が王となるのだとか。その王たちは総じて七雄と呼ばれている。ソイの七雄であるインという人は平和主義で、他の街が兵を育てているのにも関わらず自分たちは商売に徹するようにと命じてるらしい。厳しい訓練をしなくてもいいため街人から反対が出る訳もなく、商業に専念したため現在の商業街になったのだとか。しかし、今は七雄の街どうしの戦国の時代らしい。ならば兵は必須ではないのか。
ソイでの暮らしは不自由のないものであったが、僕らはゴブリンに連れ去られた人たちを一刻も早く連れ出したい。しかし、子供二人で出来ることはない。何も出来ぬままこのまま宿屋の従業員として暮らしてゆくのだろうか。そんな不安を抱いていた日々もよくない方向で終わりを迎えた。
他の街が攻めてきたのだ。攻めてきた街の名はシンナ。現時点ではソイと比べてあまり大きくも無かった街だがソイには兵力がなく、さらには商業で蓄えた資材が大量にあると分かるやいなや攻めてきたのだろう。
街には火がつけられ銅剣をかざした男たちが侵入してくる。石が敷きつめられた道には街の人たちの血が塗られてゆく。
「リュート、逃げるぞ!」
「でもどこに!」
「そんなの分からないけど……。」
しのごの言っているうちにシンナの兵たちが宿屋に近づいてくる。
「二人とも、こっちだよ。」
宿屋のお婆さんだ。お婆さんは床の板を外す。するとそこには階段が掘られていた。穴の中からは明かりが見える。
「この穴はソイの人たちが襲われた時に逃げれるようにとイン様が掘るように命じていたのさ。みんなこの中にいるはずだよ。」
「ばあちゃんありがとう。早く隠れよう!」
「リュート、あまり大声を出さないでおくればれてしまうよ。そこには二人だけで入るのさ。」
「なんでさ!」
「二人が入ったあとにその板をまた取り付けてバレないように隠す必要があるだろう。その役を私がやる。」
「そんな。」
「いいのさ、二人の可愛い孫たちと何日間だけでも過ごせただけで私は幸せだったからね。さ、早く二人はおいき。」
「でも……!」
「リュート、いくよ。」
僕はリュートの背中を押し、無理やり地下穴の中に入れさせた。もちろんリュートは抵抗する。
「リュート、お婆さんの思いを踏みにじる気か。お婆さんは僕らに生きろと言ったんだ。なら生きるしかないだろう。」
「コーヴは悲しくないのかよ!」
「悲しい決まっているだろ!家族を失い、その次に会えた恩人もまた失うなんて嫌に決まっている!でも」
僕が言葉を遮ったのは宿屋の外からシンナの兵の声が聞こえてきたからだ。気づかれないよう、力づくでリュートを穴に押し入れ僕も続けて入った。閉めた宿屋の扉を叩く音が聞こえる。時間がない。お婆さんは小さな声で「お母さんを助けてあげてな。」と笑顔で言いながら床の板を元に戻した。暴れるリュートを押さえつけながら明かりのある方へ向かうとそこには街の人たちが数百人ほど座り込んでいた。
泣く人、怯える人、怒る人、どこかをじっと見つめている人、様々な感情が渦巻いていた。
その中で一際豪華な服を着ている爽やかな印象の青年を見つけた。その人を見たのは初めてだったが、彼こそがソイの七雄、インだと察することは容易であった。
インは嘆き悲しむ人々に励ましの声を掛けて回っていた。街の人たちから見れば聖人の如き見えるのだろう。だが僕のような最近やってきた外部の人間から見ればとんだ偽善者だ。インに何かを言いたい。何を言うかを決める前に僕の足はインへと向かっていってしまった。
「あなたがインですか。」
「君は?」
「コーヴと言います。宿屋で働いてました。」
「ああ、リコ婆さんの。最近新しい従業員ができたと聞いたが君のことか。」
お婆さんはリコというのか。しかし、そんなこと今は気にすることではない。
「なぜ、こうなったのですか。」
「何故って言われても、シンナが突然攻めてきたんだ。分かるだろ。今は戦国時代なのだから仕方の無いことなんだ。」
「しかたない?戦国時代ならソイもそれ相応の兵力が必要だったのではありませんか。」
「私は争いが嫌いでね。」
「嫌いかどうかで生き残れるほど甘いのですか、戦国の時代とは」
大きな声を出してしまった。今度はリュートが僕に退くように促すが、絶対にどかない。避難してきた街の人からもひそひそと僕に対する非難の声が聞こえてきた。外の者が何を言ってるのだとかイン様にたてつくなんてなんて失礼なとかそんな感じだ。それでも退かない。
「君、一体何が言いたいんだ。」
そんなこと僕にも分からない。心の拠り所だったお婆さんを失った感情が予期せぬ方向へと進行しているのは確かだ。
「あんたがソイをこんな目にしたんだ。あんたのせいだ。何が七雄だ。何がソイで一番強いだ。街の人たちを助けられてないじゃないか。」
言ってしまった。周りの街の人からは僕に聞こえるように罵倒の言葉がかかった。余所者が何を偉そうに、だと。
「君はまだ子供だから分からないかも知れないが、兵を育てるということも大変なんだよ。」
「しかし、遅かれ早かれこのような事態になることは容易に想像出来るはず。」
「起きてしまったことはしかたがない。」
「いい加減にしろ。仕方がないでお婆さんは帰ってきてくれるのか。」
お婆さん。その言葉でリュートは僕を押さえつけるのを止めた。リュートにも僕が言いたいことが伝わったようだ。
「リコ婆さんのことは、とても悲しいことだ。でもこうした非難用の穴を作ることを命じたのは私だ。そのお陰で助かる人もいるし何より君たちも助かっているではないか。保存食も蓄えてある。」
「ならいつまでこの穴で避難生活を続ける気だ。ろくに食料もない地下でどうやってこの人数が暮らしてゆけるのだ。今日殺されずとも数日後には皆餓死だ。」
「そりゃいつかはシンナ兵も去ってくれるだろう。」
「あなたは馬鹿か。ここはソイではなかシンナの領土の一部になると決まっているだろう。」
やっと事の重大さが分かったのか街の人たちはざわめき始める。ここまで説明しないと分からないものなのかと少し落胆した。
「……。」
インはどうしたものかといった表情で黙りこんでしまった。
「だから僕から提案です。」
「なんだい。」
「戦いましょう。シンナと。」
「どうやって。ソイには兵法を身につけてる人なんて門番くらいだし、武器もなければ、シンナの兵が何人いるかも分からないんだ。いくら将来が不安だからといって無謀なことを言うのはやめてくれ。」
「遅かれ早かれ死ぬことは確かだ。僕はこんな所で死にたくない。やるべき事があるんだ。だから戦う。」
「商業のことしか分からない数百人でか?」
「一日時間をください。僕とリュートでシンナを撃退する方法を考えておきます。」
「えっ。」
突然自分の名がでてきたリュートは驚きの声をあげる。
「……了承はしない。期待もしない。せいぜい勝手に妄想を楽しんでくれ。」
インは僕らに背を向け、穴の奥へ姿を消した。インがいなくなると街の人たちが駆け寄ってきた。戦うなんてどうすればいいの、痛いのは嫌だ、子供がいきがるな、勝手なことを口走るな。大多数が言葉は様々だが否定の意であることは確かだ。
「僕とリュートはやるべき事がある。そのために戦う。それだけです。」
僕はそう言うとリュートを連れて穴の隅へと向かい、座り込んだ。一日時間をくれとは言ってしまったものの、なぜああ口走ってしまったのかは自分でも分からない。体の中から息を吐くように自然に出てきた言葉だったのだ。
僕もリュートも戦闘経験はない。狩りはよくしていたが今回は動物ではなく人だ。どうすればいいのだろう。何か使えることはないか、この街についての僅かな記憶を頼りに何かないか探す。
「とりあえず」
悩んでいても時間の無駄だ。立ち上がって出来そうなことは全て試そう。
「リュート、この避難場所に通ずる入口出口の場所を全て把握しよう。リュートは東側から頼む。」
「わざわざ調べなくても人に聞けばいいんじゃないか?」
「商人が避難経路の把握をしているとは思えない。」
「門番のおっさんは?あの人は街を守るのが仕事なのだから、戦闘時のある程度の台本及び避難経路は把握してるんじゃないのか。」
「そもそもおっさんを見たか」
「いや、見てない」
「門番なのだからシンナ兵たちと闘っているのだろう。もしくはもう死んでしまったか。」
「おっさん……。」
「おっさんがいないのだから自分の足で知るしかない。先程言ったように東側から頼む。」
「分かった。」
リュートが東側に向かうから僕は西側へ向かう。出口を見つけることは容易だった。少し歩けば狭まった道が現れ、そこを進むと行き止まりの場所の天井に板が見えている。出口はかなりの数あるようで、10分も歩けばまたもや狭まった道を発見できる。その後リュートと合流すると東側も同様のようだった。
「……確か、この街は上から見ると定規で線を引いたように綺麗に道が引かれているんだよな。」
「うん。おっさんが言ってたし、オレも街の中を歩けば曲がる角は全て直角だった。」
「これ、使えるな。」
僕の中でこの街の地形を生かした戦術が生まれようとしていた。頭の中の紙袋が膨らむようか感覚だ。肉体的にも精神的にも疲れたが明日までに策を産まなければならない。リュートには先に寝かせ、遅い時間まで構想を練った。
翌朝、インの所へ行き昨晩考えた作戦を話した。
「――なるほど。君、賢いね。」
「ならば実行を」
「だが誰が戦おうとするんだ」
「え」
「昨日も言った通りこの街には戦える兵なんていないし、男達をかき集めても昨日の襲撃で心身共に疲弊しているんだ。反撃をしようとは思わないだろう。」
「い、いい加減にしてくれ。なぜ戦わない。戦わなければ死ぬんだ。」
「君の言うことがこの時代では正しいのだと思う。でもね、肝心な兵の士気がなくては話にならない。」
「ならばこれからどう」
「実は昨日シンナからとある話を持ちかけられた。」
「……話とは」
「ソイをシンナに明け渡す。」
一瞬思考が止まった。降伏ということなのだろうか。なんの抵抗もせずに。
「戦わずに降伏すれば誰も血を流さずに済む。ソイは無くなるけどもこれからシンナとして生きていくんだ。」
「それで、いいのですか。」
「君はおかしな子だな。戦わずにすむんだぞ。これほどいい話はないだろ。」
「貴方には、ソイの街を守ろうとか、そう言った気持ちはないのですか。」
「おいおい。まさか君は和平解決を蹴っ飛ばして戦いたいのかい?」
「そりゃ今から死ぬ人はいなくなるでしょう。でも昨日の襲撃で亡くなった人たちが無念で仕方がないでしょう!」
「リコ婆さんか」
「一個人を特定して言ってはないです。多くの人が」
「ならこれ以上悲しみを背負う人たちを増やす必要はないはずだ。」
僕とインが言い争っているとソイの街人たちがぞろぞろとやってきた。そしてやってくるやいなや僕に対して罵詈雑言を浴びせ始めたではないか。街人たちの言い分はこうだ。部外者が余計なことを言うな。私たちは戦いたくない。別に降伏していいじゃないか。
僕はあまりの疎外感にたじろがずにはいられない。唯一の味方であるはずのリュートの顔を見る。
「コーヴ。オレも戦わなくて済むならそれに越したことはないと思うぞ。」
正論。ど正論だ。リュートに言われなくてもインと話してる中でそんなことは分かっていた。でも、僕な中にある何かがそれを許さなかった。戦え。戦ってもぎ取ってみせろと語りかける何かが。おそらく昨晩考えた戦術ならシンナにも勝てるはずだ。ただ、兵が、いない。
♢
その日の昼頃、ソイという街は消えることになった。
異 世 界 建 国 記 ~「チィノ」〜 狐狸夢中 @kkaktyd2
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