異 世 界 建 国 記 ~「チィノ」〜

狐狸夢中

第1話「最弱の種族:人間」

この世界には歴史はない。

いや、もしかしたら僕たち人間以外の種族は既に重ねられた歴史があるのかもしれない。でも僕は何も知らない。この小さい村で生まれて、特に何も成さないまま、他種族に食べられないように隠れながら生きてゆくのだ。


♢


「おーい、コーヴ!釣れたかー?」


遠くから幼馴染がバカでかい声を出しながら歩いてくる。ついさっき釣りを始めたのだから釣れているわけがないのに。


「まだだよ。さっき始めたばかりだろ。」

「今日はいっぱい釣らなきゃな!なんってって、今日はチィノ村が更なる発進を遂げる歴史的な日になるのだからな!」

「歴史的ね。」

「なんだよ、コーヴは楽しみじゃないのか?俺たち人間と日々獲物を奪い合っていたゴブリンと休戦して、交流していくんだぞ?」

「大したことじゃないだろ。弱いもの同士は助け合う。当然だ。」

「なんだよー。コーヴは俺と同い年なのに大人みたいなこと言うなー。もっと夢を持とうぜ。」

「リュートももう15歳だろ。現実を冷静に見れるぐらいにはなっておけよ。そもそもゴブリンなんか信じられるのか?」

「大丈夫だって長老は言ってたぞ。」

「ふん……。」


ゴブリンは嫌いだ。緑色で臭くて鼻がでかくて腹は出ているくせに手脚は細くて気持ち悪い。何よりツノウサギみたいな弱い獲物を狙う時は姑息な罠を使う。それが大嫌いだ。


「ゴブリンと仲良くできたら素敵だよなー。」

「まぁ、この山に囲まれている地に住む種族同士、互いに助け合うのは必要だろうな。」

「な、な。他の村の人たちはゴブリンと仲良くしてないのかな。」

「チィノ村だけだろう。ゴブリンの誘いを快く受けるなんて。」

「あ、引いてるぞ!竿!」

「でかいな。オニゴイか?」

「釣り上げたら暴れる前に俺が棍棒で仕留めるから。」

「いくぞ。それっ。」

「おぉ!でっかくて立派なオニゴイだ!」

「速くぶっ叩け!」

「おう!」


リュートが振り下ろす棍棒は鈍い音を鳴らしオニゴイの動きを静かにした。何度見てもこいつのバカ力は面白い。今持ってる棍棒だって人の腕程の太さの枝を素手でちぎって、先端に、これまた素手で適度な大きさに引き剥がした岩石をくっ付けた代物だ。


「オニゴイは泥抜きしないと行けないからな!早く村に戻ろう!」

「そうだな。こんなにでっかいやつならこの一匹だけでも村の人たちは喜ぶだろう。」

「違うぞ。この料理はゴブリンたちに振る舞うんだ。」

「……そうだったな。」


♢


村へつくと村は精一杯のお迎え体制であった。灯りは全てつけ、拙いながらも門や家に装飾をして少しでも見栄えが良いようにしていた。ボロボロの木の柱と藁の屋根が数十個建っているだけの村だがこれで多少はましになったかな。


「おー!綺麗だなー!」

「なかなか頑張ってるな。」


「おかえりー。リュートにコーヴも無事でよかったよ。魔除けの御守りのおかげだね。」

「あ、母さん!見てよこれ!」

「あら、大きなオニゴイ。急いで料理に取り掛からなくちゃ。そろそろゴブリンさんたちがこの村にやってくるから急がなくちゃ。」

「母さん!俺たち何か手伝うことない?」

「そうだねぇ。あ、そうだ、小屋に行って縄を用意して貰えるかい?出来れば長いのがいいね。装飾に必要だって村の人たちが言ってたからね。」

「分かった!行こうぜコーヴ!」

「ああ。」


小屋の中は夕暮れの今には真っ暗だ。松明に明かりを付けないと。それにしても相変わらず埃と蜘蛛の巣まみれで汚い場所だ。


「あ、しまった。松明に火を付ける道具がない。僕が家から持ってくる。」


そう言えばまだ僕の母さんにただいまを言ってなかったな。コビァはちゃんと母さんの面倒を見てくれていただろうか。薬はちゃんと飲んだだろうか。ゴブリンとの交流で、母さんの病気は治ったりするのだろうか。


「ただいま。」

「あ、お兄ちゃんおかえりー。」


コビァが僕を目にするやいなや駆け足で突っ込んでくる。今日も相変わらず元気だ。


「おかえり。」


母さんはにっこりと笑顔で返してくれた。今日は些か顔色がいい気がするが布団からは出られそうにはない。


「兄ちゃん、今日だね!ゴブリンが来るんでしょー?ぼく、お友達できるかなー?」

「できるさ。コビァはいい子だからな。ちゃんと母さんの面倒見てくれたか?」

「うんー!今日ね、母さんも元気でね!歌を歌ってくれたんだよ!」

「歌?」

「まだコーヴには聴かせてなかったかしら。こんな歌なんだけど。」


母さんは少し咳き込んだあと、綺麗な歌声で歌ってくれた。


「あの鳥は 幾つもの空 風に抱かれ 雲を泳ぎ 母待つ故郷へ帰るのさ 惜しむことなく 此処を先途と 寂れた羽根はとっくに捨てた新しき我が身は 明日のため 」


「どういう歌なの?」

「この歌詞の意味がコーヴにもいつか分かる日が来るわ。」

「母待つ故郷って。鳥って親の元に帰るの?」

「いい、コーヴ?お母さんというのは、例え遠く離れた地にいても、死んでしまってもずっと子供のことを見守っているの。途中から母親でなくなるということなんて絶対にありえないの。」

「ふーん。あ、そうだ。僕、松脂と火種を貰いに来たんだ。」

「あら、どこか出かけるの?」

「いや、リュートのお母さんに小屋の中から縄を持ってくるように言われて。」

「なるべく早く帰ってくるのよ。」

「大丈夫。すぐ終わるよ。」


家を出ると村中の人たちが外に出ていてお祭りのような賑わいをしていた。装飾もある程度終わっていてゴブリンたちの来訪を今か今かと待ち望んでいるようだ。

小屋へと着くとリュートが嬉々とした表情で村の中を小さな子供たち共に走り回っていた。

「おいリュート何をしてんだ。」

「コーヴが帰ってくるまで暇だったからさ、リウちゃん達と遊んでたんだ。それより凄いだろ。この村がこんなに元気なの見たことないよ!」

「はいはい。それより早く縄探すぞ。」

「そうだな。じゃーな、リウちゃん達ー!あまりはしゃぎすぎるなよー!」

「一番はしゃいでたのはリュートじゃないか。」


松明で灯りを付けて小屋の中を物色すると案外早くに見つけることができた。ここは農具等が乱雑に置かれているからついでに整理もした。ゴブリンたちの交流でこんな農具よりももっと発達した道具を手に入れることができたらいいな。

僕とリュートが小屋を出ると村では歓声があがっていた。

「おお!?ついにゴブリンたちが来たのか?」

「みたいだな。見ろ、門の方にゴブリンが見える。」

「ホントだ!たくさんいるな。それになんか手に持ってる。」

「手に持ってる?リュートお前目がいいな。何持ってるんだ?」

「うーん、棍棒っぽいかな。」

「棍棒……?」


♢


「人間の皆さん、初めまして。この度我らゴブリン族を招待してくださり、誠にありがとうございます。私はゴブリン族のリーダー、ソソと申す者でございます。」

「どうもどうもソソさん。わしがこのチィノ村の村長のチィヌです。ここの村人は皆、あなた方ゴブリンを心から歓迎しております。我ら人間とゴブリンが手を組むことによって獲物争いは消え、お互いに協力することで更なる発展を遂げること間違いないでしょう。」

「ええ。大事ですよね。協力。」

「それにしてもゴブリンさんたちはいつもそのような武装を?」

「この棍棒に見えるものは我々がお祝いごとをする時に使用するものなんですよ。」

「そうでしたか。では、どうぞ中へ。おーい、皆ー!ゴブリンさんたちが来たぞー!」

「…………。」

「わー。」

「本物だー。」

「友達になれるかなー。」


♢


「うわー、たくさんのゴブリンたちが村に入ってきたぞ。」

リュートがゴブリンたちに向かって走ってゆくのをなぜか僕は引き止めた。

「どうしたんだよ。頼まれてたものは終わっただろ?」

「待て。いくらなんでも多すぎたないかゴブリンたち。」

「?」

「それに何か棍棒のようなものを手に持っている。」

「歓迎会も兼ねてるのだからたくさん来るだろ。それにあの棍棒も何かに使うんじゃないか。なぁ、離してくれよ。俺も行きたいだよ。」

「なんか、嫌な雰囲気だ。めでたい事のはずなのに人間とゴブリンとの温度差はなんだ。なぜ、ゴブリンたちはあんなに落ち着いている。」

「なんだそれ。緊張してるだけだろ。あ、リウちゃんが1番乗りで抱きついたぞ!」


リウがゴブリンのリーダーらしき者に抱きつくと同時に全てのゴブリンが村の中に入ると、それは起きた。


「その汚らわしい手で……」

「どうしたの?ゴブリンさん?」

「抱きつくな!!!」

リウの頭に振り下ろされる棍棒。骨が砕く音が、ゴブリンの怒声と共に響き渡る。その後、静寂は一瞬だった。しかし、とても長い長い一瞬だ。誰も動けなかった。誰も声をあげなかった。時が再び動いたのは、リウの頭から流れ出る血が近くにいたリウの母親にまで流れ着いた時だった。

「きゃああああああああああ!」

リウの母親の叫び声と共に地獄が始まった。逃げ惑う村人。棍棒を振り回しながら追いかけるゴブリンたち。

「ど、どういうことですかソソさん!」

「はっ。我々ゴブリンがこんな汚らしい人間たちと手を組む訳がないだろう。」

「騙したのですか!?」

「獲物の取り合いを無くしたい?残念だったな。既に俺たちの獲物はお前らなんだよっ!」

「そ、そん」

背後から棍棒でぶたれ倒れる長老。

「さぁ、行けっお前たちっ!金品、家畜、食料は根こそぎ奪え!売れそうな女と奴隷に使えそうな男は捕まえとけっ!それ以外は皆殺しだ!」

ゴブリンたちは背後から飛びかかり、髪の毛を引っ張って動きを止め、その隙に他のゴブリンがみぞ落ちや顔面など急所を殴打していった。その度に血を吐き、涙を流し、家族の名を叫ぶ村人たち。


「なんだよ、なんだよこれ……!」

リュートも完全に硬直していた。楽しい雰囲気から一変、突如地獄へ変わったのだから無理はない。かく言う僕も震えでどうにかなってしまいそうだった。

「た、助けなきゃ……。」

激しく息を切らしながら手作りの棍棒を手に一歩を踏み出そうとするリュート。幼馴染の無謀なる行動を止めようとやっと体が動いてくれた。

「バカっ!あんな大勢のゴブリン相手に棍棒一つで勝てるわけないだろう!」

「なりゃ、どうすんだっ!このままじゃ皆殺されちまうぞ!」

「だからって無駄死にする気かっ!」

「でも、でもっ!」

涙が溢れて止まらないリュート。それを見て僕からも涙が流れた。涙を拭い、辺りを見渡す。

「くそっ。ゴブリンがこっちに来てる。まだ気づかれないうちに小屋に隠れるぞ。今夜は満月で多少は明るいが、それでもあの暗い小屋なら大丈夫なはずだ。」

「うぅ…うっ。」

「いつまでも泣くなっ。生きるぞ!」

リュートの袖を引っ張って小屋の中に入って、中から簡単な施錠をした。小屋の中の普段は農具が入っている木の箱に2人で入って、上から藁を被ることで、箱を開けられても見つからないように姿を隠した。

どれほどたったか分からない。無音な空間はより鮮明に自分の鼓動を感じさせた。心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど大きく、激しく鼓動が続く。両手を組み祈りながら時が過ぎるのを待った。早くこの村から出てってくれ。誰か一人でも生き残ってくれ。祈ってるうちに大事なことに気がついた。母さん!母さんは逃げられる筈もない。大丈夫だろうか。コビァが安全な場所に一緒に隠れているだろうか。母さんとコビァ、けは、母さんとコビァだけはと何度も何度も心の中で祈った。そうしているうちに、ゴブリンたちの声が徐々に小屋に近づいてるのが聞こえた。

「おい、この小屋見たか?」

「いや見てない。開けてみるか?何か入ってるかもしれねぇ。」

「うん?開かねぇ。鍵とか持ってこなきゃいけねぇのか?」

「はぁ?そんな必要ねぇだろ。ぶち壊しちまえばよぉ!」

棍棒で小屋の扉を殴りつける音が聞こえる。音の様子から察するに壊されるのは時間の問題だろう。僕もリュートも一切の物音を立てないように唇を噛み締め、ぎゅっと体を強ばらせた。木の扉が破壊されてゆく音が死へのカウントダウンのように聞こえた。

「おし、開いた。なんかあるか。」

「見たところ農具しかねぇな。それにしても汚ぇ。」

「けっ。ちゃんと小屋の整理ぐらいしろってんだ。ん?なんかそっちの方だけ整ってないか?」

それは僕とリュートが縄を用意する際に整理したものだと瞬時に理解した。そしてその後に起こりうる事態も。

「ここだけなんか綺麗だな。もしかして隠れてんのか?」

「ちょっと探してみるか。」

その時の僕はどんな顔をしていただろう。汗は水溜まりができるほどに流れ、心臓は内から叩きつけるように激しく動く。両手で組み必死に祈ることしか出来なかった。

「……なんか、あそこキラキラしてんな。」

ゴブリンのその言葉はなんの事かさっぱり分からなかった。だが、木の箱に近づくゴブリンの足跡で理解した。その煌めきは汗だ。二人の大量の汗が木の箱から少量漏れだし、それが満月の光を反射して目立ってしまったのだ。

「なんかくせぇな。」

ゴブリンが木の箱の蓋に手をかける。汗の臭いも勘づかれている。僕は今日が満月なのを心の底から恨んだ。

「よっ。」

生きた心地がしなかった。ゴブリンが木の箱の蓋を開けると僕とリュートも死を覚悟をした。藁で多少は身を隠しているとは言え見つからないわけが無い。何でこうなってしまうんだ。何でゴブリンに殺されなくちゃいけないんだ。何で今日が満月なんだ。



前言撤回、今日が満月でよかった。



「ウォォォォォォォォン」

細くも逞しき遠吠えが満月の夜空に響いた。

「ちっ。ワーウルフか!しかも近ぇな!」

小屋に向かって一人のゴブリンが走ってくる足跡。

「おいお前ら、そこで何をしている。大変だ。ワーウルフたちが襲って来やがった。」

「なんだと?」

「俺たちは運が悪い。まさかワーウルフがこの村を襲う予定だった日に被っちまうとは。」

「で、状況はどうなってる。」

「確認できたのは三匹だが仲間がかなりの数やられた。」

「俺たちも急ぐか。」

ゴブリンたちは木の箱の蓋を投げ捨て小屋から出て行った。

「助かった……のか……?」

リュートの一言でどっと力が抜けた。ぎりぎりの所で首の皮一枚繋がった。

「ワーウルフ……?」

「そんなことよりここから出ようぜ。また戻ってきたら確実に見つかっちまう。」

「待てリュート。外はゴブリンたちとワーウルフたちが争ってる状況だ。今出ていってもまた危険にさらすだけだ。」

「でも、母さんのとこに行かないと。」

リュートの言葉ではっとした。そうだ、母さん。母さんとコビァはどうなった。今すぐ家に戻って確かめなくては。でも、ここから動けない。危険がどうこうではなく、体が恐怖と疲れで動いてくれないのだ。


「急げ、やつが追ってきてるぞ!」

「くそが!強すぎる、殆どやられちまったぞ!」

「おい待ってくれよ!」

再びゴブリンたちがやって来た。リュートと僕は箱の蓋を取り敢えず元に戻しておき、再び隠れる。声の様子から見てさっきの三人がワーウルフに追われてるようだ。

「後ろだ!」

「ぎゃああああああああああ!!!」

「くそ、離れやがれ犬ころ!」

「いくら殴っても離しやしねぇぞ!なんつー咬合力だ!」

「がああああああ……。」

「おい、しっかりしろ!」

「ふん。雑魚めが。」

「なんだとおらぁ!」


ワーウルフとゴブリンが戦っている。恐らく冷静で透き通った声がワーウルフの声だろう。しばらく喧騒の声が聞こえていたが、それはすぐに止んだ。おそらく勝ったのはワーウルフだ。洗ってない犬の濃い匂いがする。


「おい、そこに隠れているだろ。人間。」

安堵したのも束の間、すぐさま見つかってしまった。木の箱を開けてすらいないのに。かつてない緊張が二人を襲う。

「俺は鼻が利くんだ。子供だな?それに二人。その汗の量から察するにゴブリンたちから隠れていたんだろう。」

木の箱の中の状態も見抜かれてしまった。

「安心しろ。俺はゴブリンたちを食ったから腹は減っていない。お前たちを食う気は無い。」

その言葉で、リュートが木の箱から出ようとするが、引き留める。

「おい、ワーウルフなんかの言葉を信じるのか。」

「でも、もう見つかってるんだぜ。」

リュートは僕の制止を振り切り木の箱を開け、外に出た。

「なんだ?思ったよりでかいじゃないか。おい、もう一人も出てこい。」

ワーウルフに言われたため僕も渋々箱から出た。ワーウルフの姿は特に上半身の筋肉が発達した仁王立ちした狼でズボンを履いてるがそれ以外は何も身につけていない。鋭く長い爪からはゴブリンのものであろう血が滴り落ちている。

「おいおい。お前らいい歳した人間二人いてゴブリンに立ち向かわずに小屋の中に隠れてたったのか?情けねぇ。」

「だってしょうがないだろ!俺たちは戦うことなんてできない。」

「……こんな事言うのも酷だが、今、お前たちの村には生きた人間は誰もいないぜ?」

「えっ……。」

「俺たちが来た頃にはだいたいの人間は殺されてたし、捕えられてた男女も連れ去られた。」

「その中に母さんは、母さんはいたのか!?」

そんなこと分かるはずないのに僕は噛み付くように聞いた。

「知るかよ。俺たちは別にお前ら人間を助けに来たわけでないんだ。ゴブリンたちを食いに来た。」

「そんな……。」

僕はその場に膝から崩れた。

「はっ。本当に情けねぇな。戦わずして家族を失って絶望かよ。」

「お前に何が、何が分かるってんだ……!」

「おいコーヴ落ち着け。あまり怒りを買うようなことはするな。」

「なんでリュートはそんなに落ち着いてられんだよ!」

「落ち着けてるわけないだろ!でもな、分かってるんだよ……。俺は闘わずに逃げるのを選んだ。それ故の結果だ。俺はとても後悔している。こうして生き残るぐらいなら母さんと共に死にたかった。」

「おぉ!そっちのでかいのは中々見込みあるじゃねぇか。名前はなんつーんだ。」

「リュート。」

「そうか、リュートか。気に入った。で、そっちの弱っちいのは。」

「……コーヴ。」

「リュート、コーヴ。お前たちは確かに家族を失った。だがな。これは当然のことなんだ。」

「え……。」

「なぜなら、弱いからだ。弱いやつは強いやつに利用される。当然のことだ。俺はゴブリンがどんな手を使って村に入ってきたかは知らんが、例え卑劣な手だとしても責めはしねぇ。この世界は生きるために他者を殺す必要がある。」


リュートも僕も何も言い返せなかった。

「ウォォォォォォォォン」

「お、帰るってよ。じゃあな。俺はこの村から出る。」

「待って……!」

「あ、なんだよコーヴ。」

「どうしたら、強くなれる……?」

「うーん。人間つー種族は牙も爪も持たねぇからな。生身で闘ってもまず勝てねぇな。道具使うなり作戦作るなり工夫しな。そして何より大事なのは」

「大事なのは?」

「仲間だ。俺たちワーウルフは何よりも強い絆で結び、生存競争を勝ち抜いている。お前らもお互いを大事にしろ。」

「仲間……。」

「あと、人間は村しかつくってねーからな。数も少ねぇ。国でも作れ。そして国には絶対的な王が必要だ。」

「そんな、国なんて……。」

「お前ら人間は俺が知る中で最も弱き種族に入る。ドラゴンもウィザードもヴァンパイアもアンデッドも国らしきものを形成してるのに、誰よりも弱いお前らが団結せずにどうする。」

「ウォォォォォォォォン」

「おっと。急かされてるな。じゃあな弱虫共。」

「名前は……?名前を教えて……。」

「名前?俺の名はヴォルガ。別に覚えとかなくていいぜ。」

それを言い残すとヴォルガは闇夜に消えていった。



僕とリュートは亡くなった村人たちを埋葬するための穴を掘っていた。あの後村を散策したがヴォルガの言う通り生きてる人はいなかった。でも遺体が見当たらない人もいたため、その人たちはゴブリンに奴隷として連れ去られたのだと思う。一度家に帰ったが母さんとコビァの姿はなかった。遺体もなかった。連れ去られたのだと分かるとひとまず安心したが、それよりも早く連れ戻さなければという思いが燃え上がった。リュートの母さんも同様らしい。


「みんな……。」

僕とリュートは泣きながら遺体を穴に埋めていった。その時リュートの心の中でどんな葛藤があったかは分からない。でもその涙にまみれた瞳は明らかに昨日までのそれとは違っていた。僕もそうだ。復讐心と悲しみでいっぱいいっぱいだった。二人黙々と埋葬を進めていたが、手を止める出来事があった。


「くそ、痛ぇ……。」

ゴブリンだ。ゴブリンの生き残りだ。ワーウルフたちの攻撃から生き延びたものの、逃げ遅れたようだ。

僕とリュートは言葉を交わさなかった。交わさなかったが、行動は同じだった。リュートは手作りの棍棒を、僕は農具のくわを手に固く握りしめた。

「お前ら、人間の生き残りか……?おい、助けてくれ!俺はもう人間を襲う気も力もねぇ!」

二人の歩を進める速度は同じだった。

「おい、聞いてんのか!俺はもう襲わねぇ!な?」

ゴブリンは何か言っている気がする。

「なぁ?無抵抗の相手を一方的に痛めつけるなんてことはしねぇよな?」

ゴブリンの元へたどり着いた。

「悪かった。俺たちが悪かった。だから、その振りかざしてる棍棒を降ろしてくれ!な?」



棍棒とくわが振り下ろされ、赤く染まったとき、僕ら人間の歴史が始まった。

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