よく当たる自販機

かにざわ

青年の末路

 その男はとにかくうだつの上がらない男だった。仕事の成績はいまいちであるし、心の支えとなってくれる人もいない。彼女を作ろうと試みたことは何度もあるが、その度に玉砕しており彼の自尊心は既にボロボロであった。趣味としている対戦型ネットゲームも下手で敗北続き。返ってストレスが貯まるだけである。


 つまるところ、青年には居場所がなかったのだ。


「あー、今日も1日クソだったな」

 

 退勤時刻。駅までの道すがら、思わず心の声がまろび出てしまう。


 青年には行き交う人達皆が幸福そうに見えた。ああ、全人類は俺よりも優れた者ばかりで、劣等種なる俺のことなど嘲笑しているのだな。そんな被害妄想を抱くほどに青年の心のは疲弊していた。


(何か1つくらい思い通りになりやがれ)


 青年が小石を蹴飛ばすと、何かに当たる音がした。見れば自動販売機である。廃アパート前に設置されているくせにいやに小綺麗で、もちろん稼働している。


 こんな所に自販機があっただろうか? 怪訝に思いながらも青年はちょうど感じていた喉の乾きを潤すためジュースを購入した。すると、「アタリ」。おまけでもう1本もらえる。


「へえ、俺もたまにはツいてんな」


 冴えない青年にとってはたかがジュースのアタリでも嬉しいものだった。青年は上機嫌でジュースを飲みほすと、その場を後にした。


 翌日の夕刻、青年が再び廃アパート前の自販機でジュースを買ったところ、またアタリが出た。


「2日連続って。こんなこともあるんだな」


 そうバンバン当たるわけないことは承知しつつも、青年は次の日もその自販機に硬貨を投入する。そしてまたアタリ。故障を疑い、メーカーに電話しようとしたが連絡先は自販機のどこにも明記されていない。


 いささか怖くなったもののすっかり味をしめた青年は、出勤日はいつもその自販機でジュースを買うようになっていた。アタリに継ぐアタリ。女運も金運もからっきし駄目だが、ここでの運の良さは絶対だった。


 ただの1度のハズレもなくひと月ほど経ったある日、青年は身体にちょっとした違和感を感じた。


「風邪かな?」


 起床してすぐ覚えた身体の重さと熱っぽさ。健康面だけは自信のある青年にとって大変珍しいことであった。休むほどでもないと少々無理をして出勤し、帰りにまた廃アパート前に寄る。そんなときでもやはりジュースの購入は欠かさなかった。自販機に硬貨を入れ、ボタンを押す。ピピピと電子音が鳴り、青年にアタリが告げられる。


「よ、よし……」


 と同時に青年はその場に卒倒した。どうやら息絶えているようだ。


 その数秒後のこと。突如、倒れた青年の傍らに、何もない空間から2つの影が現れた。


「うん、まあまあ大量の運が手に入ったんじゃないカナ?」


 痩せぎすの道化師じみた男が、青年の亡骸を覗き込みながら高い声で言う。それに答えるはもう1人の女性のような顔つきの美少年。


「試験的運用にしては上出来だね。やはりこの自販機に仕込んだ魔導具は素晴らしい。人間の持つ運を強制的に発揮させ、それを吸収する。運を過度に消費した人間はかなり命を落としやすくなるが、これも僕らの種の存続のため致し方ないことさ」


「この世に存在していられること自体が1つの幸運だというのにコイツはその幸せに気づかず、不貞腐れてばっかりだッタ。ま、コイツの運はありがたく使わせてもらいましょウヤ」


「そうだね。悪魔族の中で最も非力な僕らが生き残るには人間の運を喰らって力をつけるしかない。そのためにもっともっとたくさんの運を搾り取る必要がある」


 刹那、虚空に溶け込むように悪魔達の姿は消えていった。


 

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よく当たる自販機 かにざわ @Teru_Rindo

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