六話
「他人を作らなければ二人きりでいられるのかしら?」
また始まった……幼馴染の悪癖に吉良斗はうんざりしながら付き合った。
ヤンデレ染みた台詞をいたって真剣に、特に色気もなく単純な好奇心でいってのけた幼馴染である唄の手には、一冊の小説。
今流行の、映画化までされた恋愛小説である。
「他人を作らなくても、人間の関心と言うものは移ろいやすくたった一人に固定されているままなんて普通あり得ないと思うんだけど」
いやそりゃそうだけどさ。そういうのって正論とかじゃなくて、単なる精神論だろ。
と言っても、声が出せたとしても多分この幼馴染は聞きやしないのでとりあえずよく聞いておく。
唄がこの悪癖を発症しだしたのは、不仲になって唄が変わっていったときと同じ時期だ。
元々理論的に考えたがる人間であり哲学が好きで……要するに、人間の心の機微さえも"学習"の一つで理解したがったよく解らない幼馴染だったが、変わっていった唄はそんな大層というより不思議なことを考える電波に見えなかったので、この悪癖を内心歓迎しながら、変わる前の唄としての成分が全部詰められた悪癖だとしたら面倒臭いことになるぞとは薄々感づいていた。
そして予想通りっちゃ予想通り、唄は大変面倒くさい思考回路をしていた。
「……ていうかそもそも誰か一人の事を考えるなんて、どこかで見たような……って、あたしか」
「ん?てことはあたしはあんたを愛してることになるのかしら」
「それはそれで屈辱なのだけれど」
「そもそもこんな台詞言われずとも、あたしは四六時中あんたのことを考えてるから当てはまらないわね」
ほらでたよ、史上最大に厄介な所。これでいて口説いているつもりも恋愛感情も少なくとも唄の発言のなかにはひとつも含まれていない。ただ真実の確認が何よりも重要でありそれに至る過程はわりとどうでもいいのだ。
心的ストレスによって声を失った青年と言ったのならわりと悲劇の主人公ともいえる立ち位置なのだが、結局は少し声がでないだけで普通の恋に悩む高校生でもあるのだ。
良くも悪くも意識している幼馴染から四六時中君のことを考えてるだの愛しているから出来ることだの散々言われておいて恋愛感情がないと言うことすら信じられなくなってくるお年頃。
「この台詞はどの心理から出てきたものなのかな」
本当に、誰だこいつに恋愛小説何てものを勧めたのは。
こと人同士で抱く感情の中で恋愛については唄は反応しがちだ。これが女子高校生らしい理由だったのならまだ可愛いと思えるかもしれないのに、唄の場合は恋愛感情つまり性的興奮に結び付くものと言うのはひいては生命の神秘に繋がりキリスト教の大罪である色欲にも結び付き本能的に番を求めているのならば同性で恋愛感情など不毛であり――
全くもって不可解であり面白そうな案件とのことだ。
言っておくが唄は同性同士の恋愛について特に偏見はない。偏見はないというか、あまり興味もないらしい。
唄が求めるのは総合的なデータであって決して個ではなく、個人の感情を研究していると言うのに一人からの多くの感情は要らないと言う。
そもそも唄がこうやって解き明かそうとするだけ儲けものだ。たちが悪いときなんてたまに答えの出ない問を無責任に投げつけてさっさと思考をやめてしまう。いや、思考は続けているのかもしれないが、表に出すことをやめてしまう。
吉良斗は恐らく唄と言う人間と真逆なのだろう。
唄ちゃん唄ちゃんと後ろをついて回っていたように、手を伸ばして手をとられて、不安なとき、怖いとき、いつも唄の思考の波に流されることによって安心を得ていた。
人間なのに人間を越えた考え方をする唄はいつだって理解できない量の思考を成し遂げていた。
隣に座って"唄ちゃん"から漏れる思考の端々の疑問のひとつを捕まえて一緒に考えたり答えを聞いたり、そうして安心してきた。
"吉良斗くん"にとって安心できるところは、可愛い女の子とのおままごとでも、頼もしい男の子との遊びでもなく、浮世離れした不思議てかっこいい"唄ちゃん"の思考だけだったのだ。
だから困るのだ。
「まぁいいか」
それが一番困る。そうじゃないと、唄が答えを出したとき、吉良斗はそれを先に聞くことができない。
一番始めに、唄の思考と同期するのは吉良斗と決まっていたのに。
唄が今まで考えてた答えをポロリと自分以外にこぼしたのなら、安心できる居場所のひとつを奪われてしまうではないか。
考えて、答えを提示してくれないと、ただの人間にすぎない吉良斗は、唄とおなじになれないのに
だいっきらいなそのこえで 蝸牛 @6527
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