四話

例えば、人間を構成するすべての部位はその人間を形作るのに必要で、その中で重要なのは、見た目、言動、そして声だと思うんだ。

赤ずきんも七匹の子山羊も、声で騙されて殺されかけた。


人間や、すべての動物にも通ずる事だけど、その三つを消されたら、誰が誰だかわからない無個性になってしまうと思う。

でもそれは、いくらでも偽ることが出来る。

ちょうど狼がしたようにね


そうなってしまったのなら、その人の本質はもうわからない。

いや、分からないだけならまだいいんだ。

その人そのものは、本当に存在するのか?

その人自身、自分で自分を見失っちゃうんだろう。


あぁまさに、あたしの事だ。


昔から親戚である吉良斗の事が大好きだった。

ぽやっとしてて泣き虫な、今と似ても似つかないあの子は、いつもあたしの後ろをついてきていた。


『うたちゃん、うたちゃん』


なんてね。

けれどそれも、ある日突然、吉良斗があたしを罵った日から急速に途絶えていった。

喧嘩も罵倒も息を吸うように放ちまくり、本当に言いたいことは言えずのまんまでとうとう取り返しのつかないことをしてしまった。


見た目も、元から色素の薄い茶髪をわざわざ染めて、校則違反も普通にするように。

ほぼ興味のなかったお洒落にも気を使い、一人称も変えて、見た目も、声も、言動も。


吉良斗の知らない自分を作り出した。


そうすることで、見てもらいたかったのもあると思う。

歪んだ執着だよね。あたしもドン引きする。

思考の波に浚われていると、ふ、と自嘲的な笑みが唇に乗せられる。


それでも、吉良斗から昔のように頼られることは、ついぞなかったと思う。

温かい手を握って、笑いあって、一緒に走り回ったあの記憶は、大きくなって、変わってしまったあたし達が自ら手放した。


いっそ昔に戻れたら。

そう思う度に、あたしは魔法の言葉を口にする。


「吉良斗」

「……?」

「ふふ、あのね、今日はね……」


"吉良斗"

名前で呼ぶこの瞬間だけ、あたしは昔に戻れる。

深い友情を、単純な怒りを、柔らかい愛情を、優しい哀しみを。

全てを込めて、吉良斗と呼ぶ。


"名前で呼ぶな。馴れ馴れしい"


懐かしく忌々しいあの日の事を思い出す。

良いじゃない。馴れ馴れしくしたって。

あんたは、きみはしらないだろうけど

あたしは、そして私も。


貴方の事が、かなり好きだったみたいだし?


「名前で呼べて、ちょっと幸せだなーとか、思ったりして、ね」


ぽそりと呟くいつもと同じでいつもと違う帰り道。

訝しげな吉良斗に対して、あたしは終始上機嫌で何でもない言葉を発する。


別に、吉良斗に声が戻ってほしくないわけないんだけど。

どうせあの声で詰られるのなら、あともう少し。

あともう少し、名前で呼ばせて

吉良斗の家の前で、互いに別れる。

あたしが、一部の人間である証明を奪ってしまった彼の幸せを願って。


私が叫ぶ、終わりの予感に聞こえない振りをして。




"タイムカプセル"

高校の卒業式を間近に控えたオレは、そんな内容のクラスイベントをさせられることになり、げっそりしていた。

たいして勉強しなくても後半追い上げれば何とかなる地頭のよろしい幼馴染み様とは違うので、オレは結構死ぬほど頑張らないといけないんですけどねぇ。


ちらりと教室の入り口をうかがえば、地頭のよろしい例の幼馴染み様が友人らしき女とケラケラ笑いあっていた。


昨日や、一週間前などに答えのでない問答を仕掛けてきたやつと同一人物だとは思えない。


すっと目を細めて、薄く唇は弧を描き、何を考えているのか全くわからないその瞳で、読めない声で、彼女は言葉を発する。

『人間が人間でなくなるときってなんだろ。

A君がB君を完璧に真似たときに、周りの人にとってそのA君はB君だから、B君は別の場所にいるのにいないことになるしA君はハナから存在してない事にされてるかもね。

そもそもあたし達は唄や吉良斗と名前がつけられているけどそれは親がつけた名前でしょ?同姓同名のそっくりさんが成り代わって、はたして成り代わりに気が付かれないと言えるのかね』


オレはそれにうまく答えられなかった。

それは仮定の話と言えど、確実に唄の不安を懲り固めたモノだから。

絶対にオレが気が付いてやる、とは言えない。

自信がないのに、そんな約束はしたくない


そしてガッツリ瞳孔が開いている唄。ホラーかよ

常に明るく笑う唄は結構哲学的だ。

ぼんやりしてるときに思い付くのだそうだ。


常に本当なに考えてんだよ


唄を見詰めて、そのあと強制的に書くようにと渡された紙を見つめる。

シャーペンをてにとって、こっそりと思いの丈をぶつけた。

まぁ、いいや。

どうせこれを入れるのも取り出すのもオレだし


そう端的に思い、小さく小さく折り畳んで、タイムカプセルの中に入れた。



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