三話
何時も通りの、静かな通学路で、唄と吉良斗は今日も一方通行の会話をする。
「吉良斗、あたしね、このところの平和を見て思うのよ」
吉良斗は黙って聞いているが、別に唄の言葉が不愉快と言うわけでも無さそうだ。
現に本当にこのところ平穏で、特になんの奇跡も、ハプニングも起こらず、声帯が戻った日からもう数ヶ月も立とうとして居る。
唄も吉良斗も大学に行くことになり、学力も特に問題なし。
平凡な大学に平凡に通うことになりそうだ。
「物語で言えば、声帯移植したあの日で、あたし達の物語は終わったんだなって」
「……?」
眉を寄せ、首をかしげた吉良斗に、唄は苦笑を返す。
普段は吉良斗の方が地に足がついていなくてフワフワしてるのに、こういう話をする時、夢見がちなのはいつも唄だ。
(あたし達は本当に、バランスよくできている)
自然とそう思い、それに、それの可笑しさに唄は気が付いたものの、大事に心に仕舞った。
「声は返らず、あたしの心も救われず。
吉良斗の心も勿論キズを付けられた。
……ほら、バッドエンドでおしまいさよなら泣いても笑ってもそれで終了。」
「……」
吉良斗は釈然としなさそうな顔で首を傾げていたが、何か思い直したらしくこくりと頷いた。
バッドエンドの先の話は、語られることなどない。
語られなければなにもない。
唄は知っている。
嫌いだと思っていた吉良斗の隣で、吉良斗と一方通行の会話をするときが、本当は一番楽しいと言うことに。
吉良斗は黙っている。
自分の唄と一緒にいるときの心地よさを。
いまさら、本当に今さらになってしまった感情を、言葉を心の奥底に秘めていることを。
……あのね、お前と一緒にいるこの空間が、最近すごく大切なんだ。
声がでるうちに、知っていれば良かったなぁ
そう思う度に、伝えようとする度に、目頭が熱くなってきて仕方無くなる。
少しでいい。少しだけ、時間を戻せたら
「あーあ、今日国語で怒られちゃった。
全く、心をもう少し広くもってほしいわね。カルシウムが足りないんじゃないかしら」
夕暮れの河川敷で、朝とは逆方向に唄と吉良斗が歩いている。
今日も何て事ない日常のお話。
誰々に怒られたとか、誰々がカツラだったとか、ハゲネズミ(校長)のカツラが実は新調されているとか、謎の観察眼でどんなカツラか見抜ける唄のお喋りに、吉良斗は嫌な顔をしながら、一定の距離を開けながら歩いて聞いていた。
唄は気にした風もなく喋っている。
観察眼の鋭い唄なら、もう気がついているのだろう。
嫌な顔をしながらも、決して吉良斗は一定の距離から離れようとしないことを。
話のおちで、しっかりと、小さく噴き出していることを。
当然吉良斗も、気が付かれていることも知っているし、唄がわざわざ吉良斗が笑う話を 調達してきていることも知っている。
それを知りながら、一瞬でも対等に戻れるからと、吉良斗はその気遣いを甘んじて受け入れる。
まだ吉良斗は言っていない。
あの日、唄 を放って下校したあの日に言いたかった、たった一言を。
いえなかった、一言を
「それでね、あのね……」
話していると、昔のあの声や、楽しげな笑い声が聞こえてくるようだった。
これは自己満足の様でもあるし、相手を思っているようでもある。
どちらでも構わないと、唄は思う。
唄と吉良斗が双子であった頃は、相手が何を思っていたのか手に取るようにわかるし、解らなくても叶えてあげたいと思っていた。
唄と吉良斗が仲の悪い親戚であった頃は、自己満足に相手を使うなんて当然で、陥れるのも当然だった。
でもいまは、双子だった時ほど相手の事など解らないし、親戚だった時ほど対等ではない。
世間一般では、唄達の関係性は友人と言うのだろう。
唄はそれに気がついた日から、そうかと区切りをつけて、自分の中に確かにある友情と、ぼんやりと存在している、コールタールのように黒い独占欲を認めていた。
これでも、面倒見がいい性分である。
認めた以上は、大切にしておこうと思った。
「……あのね、吉良斗」
今更かもしれないけどね。
あたし、吉良斗の声、結構好きだったんだよ
本当にもう、今さらになっちゃったけどね
そう言うつもりで、でも唄は言葉を発しなかった。
ただ、立ち竦んで、河川敷から夕日を眺めて、一言だけ、
「……綺麗だねぇ、明日も見られるといいね」
そう言って、また吉良斗に背を向けて家路についた。
また明日も。
それを口の中で転がして、ゆっくりと歩いて。
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