2話

声をなくしたと、そう聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのはやってしまったという感情だった。

やってしまった。そんなこと、するつもりなかったのに。

頭の中ではぐるぐる言い訳が巡るが、口に出すことは叶わず、ただひたすらに壊れたラジオのようにごめんなさいを繰り返した。


勿論、吉良斗にもたくさん謝ったが、吉良斗からは赦しの言葉は一言ももらえていない。


赦されなければ、なにも言わなかったのと同じ。

唄自身、そんな言葉で許してもらおうなんて微塵も思っていない。

ただ、自分の気持ちを伝えたかった。

一生懸命に尽くした。声帯を治せるように取り計らったし、言葉の出せない吉良斗が伝えたいものを一番に理解できたと自負している。


声帯をは治った。


しかし、吉良斗の心は治らなかった。


「……吉良斗。おはよう、学校にいこう」

隣同士の家である唄は、これ幸いと毎日吉良斗の送り迎えをしている。

吉良斗は何時も通り唄を一睨みして唄の行く先に着いていく。

声がでない代わりに態度に唄への嫌悪感が出るようになった吉良斗にも、もう慣れっこである。


あの、肌寒く重い曇天の運命の日から、一年。

唄はあんなに嫌っていた吉良斗を、常日頃から気にかけるようになっていた。


吉良斗にとって、唄との通学路は苦痛でしかなかった。

最初は、今更なんだとしか思わなかった。

飽きっぽい唄の事だから、どうせすぐに自分の事も飽きる。

それでまた、得意の媚売りで、回りのやつらから許されるんだろう。

そう思っていた。


あの日から一年たった今となると、それはとんだ勘違いだと言うことがわかった。

まるでそれが日常であるかのように、唄は毎日吉良斗を迎えに来る。

唄の起床は異常に早いのに、毎日学校に間に合う程度に、出来るだけ吉良斗を寝かせておくように。


そこまで気がまわるくせに、声がでない吉良斗に背を向けて歩く。

ポツポツとした言葉を唄は発するだけで、一定の感覚から決して近付かず、そして離れず歩く。

そのくせ、吉良斗が何か言いたいとき、行動を起こすときはくるりと振り向いて、無言で紙とペン、たまに手を差し出してくる。


何度も、最初のうちは毎日のように、登下校を友人に一緒にどうかと誘われた事もある。

その度に、唄はいつも、吉良斗がいるからと拒否をする。


吉良斗も何度か男友達やクラスメイトの女子に誘われた事があり、一度だけ唄を放っておいた時。

唄は少しだけ文句をいい、ため息をついて、でもまぁ仕方がないかと、汗だくになって、何時間でも待っていたくせに、吉良斗の事を吉良斗が何か言う前に許してしまった。


吉良斗はその日、紙とペンを用意した。

たった一言。

そう思ってかいたメモは、あまりにも唄がなにもなかったように話すから、屑籠に捨て去られた。


気を使われている。


親戚ということで幼い頃は双子のように仲の良かった吉良斗の勘が告げていた。

対等であったのに、たった一度の大喧嘩で、その均衡が崩れてしまった。

吉良斗は国語教師の目を気にしながら、こっそりスマホの写真フォルダの奥の方を漁る。


そこには、昔、唄と一緒に撮った写真が写っていた。

おんなじ服を着て、おんなじように笑っている。

しらない人が見れば、男女の双子のように見えるかもしれない。

この頃は良かったと、吉良斗はちらりと思いを馳せた。




深夜。

吉良斗は怖い夢を見て飛び起きた。

どくどくと煩い心の臓に、こぼれ落ちる大粒のあせ。

パジャマは汗だくで湿っている。

不快感に眉をしかめながらもう一度ベッドに寝転ぶが、どうしても眠れない。


幼い頃にも見た恐怖映像が瞼の裏から消えず、自棄になってスマホを手に取った。

もういっそ唄の家にでもイタ電してやろう。

どうせ文句を言われるが構うものか。

ビビりの行動力なめんなよ!


そう思いスマホを弄ると。


ピロリン♪


「うわっ!?」

突如なったラインの音に肩を跳ねさせた。

ビックリしてスマホを取り落としかけるが持ち直し、ラインを開いた。

すると。


[吉良斗、もう寝た?]

[寝たならいいけど、寝てないなら早く寝たら]

[明日わざわざ迎えにいってガースカねてたらぬっ飛ばすお]

[おやすみ。絶対いい夢見ると思うよ]


そのメッセージに、不覚ながらとても安心してしまった。

(エスパーかよ……)

苦笑して、ベッドに潜り込む。

今度は迷いなく眠りの海に落ちていった。

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