だいっきらいなそのこえで
蝸牛
一話
夕暮れの浜辺で、誰かが泣いている。
小さな少年が泣いている。
少年のとなりにいる、少年と同じくらいの少女は、不安そうに少年を抱き締めていた。
「ねぇどうしたの、吉良斗、またいじめられたの?」
眉を下げて、自分が泣きそうな顔をする少女に、吉良斗は首を振った。
自分が泣いているのは、そんな大層な、心配してもらうようなものではない。
「ちがうの。怖いの。うたちゃん。
夜になるとね、うたちゃんにも、おかあさんにもあえなくてね、それでね、ひとりぽっちなの」
吉良斗は夜が怖かった。
真っ暗闇になにか潜んでいるのではないかと不安になった。
そのたんびに、自分を何時も助けてくれる格好いい女の子に助けを求める。
……それが、唄だった。
「大丈夫、大丈夫だよ吉良斗、よるはこわくないんだよ」
唄は吉良斗をそう言ってなだめようとするが、吉良斗はいやいやと首をふるばかり。
唄は仕方ないなぁとため息をついて、吉良斗をだきしめた。
「なら、こわくなったらよんでよ。
私が守ってあげるから」
そう、幼い子にとっては何よりも大切で、他愛ない約束をした。
……十年後……
懐かしい夢を見た気がすると、唄は思った。
とても懐かしくて、輝かしい思い出の夢を。
目覚まし時計の鳴り響く自室で、唄は何時も通りボーッとする。
唄は昔からの気性なのかなんなのか、中学に上がった頃からボーッとすることが多くなった。
特に朝起き抜けなんて、五分くらいはボーッとしないと動けない位だ。
まぁ大丈夫。目覚まし時計は自分にしか聞こえないようチップを埋め込んであるし、そもそも起き出すのは早朝の話だ。
そう唄は算段をつけて、やっと動くようになった体をのそりと起き上がらせて、シンプルな自室のタンスの中から制服を取り出した。
私立である逢坂高校の、可愛らしい制服だ。
チェックのプリーツとリボンを整え、臙脂色のジャケットをお好みで着たら、唄の朝の支度は朝食と髪を結ぶのを残すだけだ。
「うん、完璧!あたし可愛い!」
両サイドでツインテールにしてこれまたチェックのシュシュを着けたら、唄の朝の支度は終わりだ。
本当はナチュラル風メイクもしたいのだが、流石に校則で禁止されている。
「もぉ、ハゲネズミ(校長)もケチよね」
ボーッとする症状がでる前の唄は悪童と呼ばれた問題児だったので、かなり口は悪い。
これは別におしゃれでもなんでもない普通の何処にでもあるような通学鞄を両手で持ち、唄は通学路を歩く。
唄自身は普通の女子学生とは変わらないが、唄の生活サイクルはかなり不思議である。
だからこそ、唄は毎日ゆっくりと学校に通っている。
逢坂高校の朝は、基本遅い。
まぁ、唄が早すぎるだけなのだが。
普通の学生は朝六時に高校に着いていないはずなのだが、唄は違った。
「おはよう唄さん。教室は開いているわよ」
「おはようございます!」
何時も何故かはやくくる先生に挨拶を返して、誰もいない渡り廊下をコツコツと上履きをならして歩いていく。
肌寒くなってきたと同時に、夜明けの遅くなってきた曇り空は、太陽が上っているのかわからないほど白い。
唄は白い息をはいて、自分の教室の扉を開ける。
「げ」
「チッ」
唄と違いわざと染めている茶髪、大量に空いたピアス、恐らくこれは天然であろう藍色の瞳。
着崩した制服の胸元からは鎖骨が見え、そんな色気のある見た目からはほど遠い子供っぽくしかめられた綺麗なお顔。
顔面偏差値は勿論向こうの方が腹立たしいことに上だが、唄も全く同じ表情をしていた。
「何でこんな朝早くに来てるのよ
吉良斗」
「は?そりゃこっちの台詞なんだが。
毎度毎度オレと同じくらいに来やがって。
そもそも下の名前で呼ぶな。馴れ馴れしい」
「なによ。一匹狼でも気取ってるつもり?
あんたが嫌がる限り続けるわよ」
「性格わっりぃ!」
そんな口論を続けているうち、次第に殴り合いになっていって。
なんだっけか。なにか思い出せないけれど、なにか許せない事をされて、思いっきり椅子を使って頭を殴打してしまったんだ。
それで、覚えていないけど、思いきり殴った。
それからだ。
彼の声が聞けなくなったのは。
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