第21話

 俺は窓を開けて外を見てみると、すでにお店は開いていた。

 アナスタシアはもう少し遅く始まると入っていたが、予定が早まったのだろう。


「もうやっているな。みんな早起きだなあ」

「早くいこー!」

「その前に準備してからな。それにガガドラもまだ――」

「アキヒサ、準備は終わったか?」

「……まだです。今からです」

「なんだ、早くしないと菓子が売り切れてしまうぞ?」


 流石にそんなに早く売り切れることはないでしょ。

 人数は思った以上に多かったけど、ある程度在庫は用意してあるはずだろうし。


「あとまだ朝ごはんも食べてないぞ」

「それなんだが、さっきメイドの人に聞いたら店で食べるのはどうだろうかだと。軽食になる食べ物もあるみたいだぞ」

「でも健康的に悪いんじゃないのか?」

「むぅ、確かにそうだが……」

「食べたーい!」


 ピースまでもか。

 うーん、俺も食べたい気持ちがあるけど今はピースの成長期だし。


「仕方ない、今日だけだぞ?」

「わーい!!」

「アキヒサは本当、ピースには甘いな」

「そんなことはないぞ。そういうことなら早く準備をしないとな」


 俺とピースは早めに準備を終え町へと向かった。

 俺たちが向かった時には人と獣人がたくさんいて、進みたくても進みにくい状況がしばしばあった。


「朝ごはんはこのサンドウィッチがいいんじゃないかな?」

「おいしそう!」

「ならこれにしようか。すみません、これを2つ」

「いや3つだ。ここは俺が払っておくから場所を取って置いてくれ」

「悪いな。正直助かるよ」


 実は最近お金があまりなくて困っている。

 勇者とは言ったものの、もう援助なんてないし戦っているわけでもない。

 自給自足の生活の為、お金を手に入れる手段がほぼ無い状況なんだ。


 ともあれ、俺とピースはガガドラが戻ってくる前に食事をとれる場所を探していた。

 店から少し離れていたところは休憩も兼ねてたくさんのベンチがある。

 だが、やはり人が多いため席は空いていなかった。


「これだと立ちながら食べないといけないな」

「もし、席をお探しなのですか?」

「あ、そうですけど……」


 俺たちの後ろに座っていたスーツの男性に声をかけられた。


「よろしければこの席をどうぞ」

「でもわざわざどいていただくのには……」

「大丈夫。用があってもう行くから」

「私たちはもう行くから座ってもいいわよ」


 最初に声をかけてくれたスーツの男性以外の二人はフードを深く被っていた。

 まだフードを被らなくてもいい町に慣れていなくてフードを被っているのか分からないけど、少し見えた時二人とも特徴的なものが見えた。


 まずは感情がないように話していた人はエルフと同じ尖った耳をしていた。

 もう一人は口を開けた時に左右両方に牙が生えていた。

 恐らくヴァンパイアなんだろうか。


「ではわたくしたちはこれで」

「やったー!」

「こらっ!まずはお礼を――って、あれ?」


 振り向くと三人はもういなくなっていた。


「一体何だったんだろうか。不思議な人達だったなあ」

「おーい!座るところみつけられたかー!」

「ああ、見つかったぞ」


 また後ろから声が聞こえ、後ろを振り向くとガガドラが俺たちの分を持ってやってきた。

 今はご飯を食べるからあの三人のことは一旦忘れよう。

 それにしても優しい人達だったなあ。

 やっぱりみんな平和を望んでこの建国祭に来ているのかな。


「ん?なんか始まったぞ」

「パレードみたいだな。花火や水風船、それに虹を出す綺麗な魔法もあるぞ」

「すごーい!あれ全部魔法なの?」

「そうだよ。あれみんな全部が魔法なんだ」


 ただ踊っているだけではなく、魔法を交えて演出をしている。

 こうして魔法を見ると綺麗なものだな。


「もっと近くで見たーい!」

「しょうがないなあ。ガガドラ、待っててくれるか?」

「構わないぞ。俺はこっちのほうが楽しみだからな」


 花より団子、ですかい。

 まあそのおかげで席をキープできるからありがたいけどな。

 俺はピースが見やすいように肩車をしてあげた。


「これでよく見えるだろう?」

「よく見えるよ!!」

「そうか、ならしっかりと目に焼き付けろよー!」

「うん!」


 俺たちは目の前で行われているパレードを近くで見ていた。

 たまにはこういうのもいいもんだよなあ。

 来ておいて正解だったな。


「そうなのね。やっぱり――」

「えっ?」


 隣で声がしていたと思ったらいつの間にかフードを被った人がいた。

 この町、フード被っている人が多くないか?

 まあ俺の来ている服にもフードはついているけど。


 そんなことを考えていると、隣にいた人はパレードを見飽きたのか去っていった。

 一体何があったんだろう?

 それに懐かしいような声だったけど、何でだ?

 周りが賑やかなせいで聞き間違えたのかなあ。


「どうしたのー?」

「ん?いや、何でもないよ。そんなことより見てみろよ!今度はダンスが始まったみたいだぞ!」


 俺とピースはパレードを夢中に見ていた。


*


「ここがアナスタシアのつくったという国か」


 ミスティック王国の入り口前。

 ドラーグは全身に鎧を着て腰に剣を差している。

 とてにも傍から見たら祭りに来たような恰好ではなかった。

 そう、ドラーグはこの町を潰すために単独でやってきたのである。


「命令で動かされるのは癪だが、アナスタシア一人なら問題なかろう」


 ドラーグが国へ入ろうと歩を進めた時だった。

 ミスティック王国の中からスーツを着た男性とフードを被った2人がやってきた。


「おや、もう来られたんですね」

「貴様は誰だ?まあいい、どちらにせよこの国にいる者には裁きを与える」

「流石はシートラス王国の聖騎士団団長様。恐ろしいです」

「…よく知っているな」

「ええ、情報は武器になりますからね」


 ドラーグからは余裕の表情が消え、警戒態勢に入った。

 どこか嫌な予感がする、そうとしか言えない何かが自分に知らせているのだ。


「死ね……!」

「あら?いきなり攻撃なんて失礼ですわよ」

「なっ!?」


 フードを被っていた一人はスーツの男性の前に出ると、ドラーグの剣を素手で受け止めた。


「ディスガスト、あなたは口が悪いですから大人しくしてくださいと言ったでしょう」

「何よ!助けてあげたのにそんな言い方はないでしょ!!」

「もう一度言います、大人しくしていてください」

「っ!? わ、わかったわよ……」


 スーツの男性はディスガストと呼ばれるヴァンパイアを威圧すると、ディスガストは大人しく後ろへと戻っていった。


「申し遅れました。私、天国の門番ヘブンズ・ゲートキーパーのトラストと申します」

天国の門番ヘブンズ・ゲートキーパー…聞いたことが無いやつらだな」

「ええ、表立ったことは一切していませんので」


 表立ったことはしていない、と言うことは裏で活動している者たちだ。

 ドラーグはさらに警戒をし始めた。

 過去に何回か裏の組織とも戦ったことがある。

 どの組織も裏にいるのがもったいないほど強者であふれていた。

 その時に何回か人を殺めたが、今でも『それは仕方がないこと』だと自分に言い聞かせている。


「そう警戒しないでください。気持ちは分かりますが、私たちはあなたに話をしたいと思ってきたのですから」

「話だと?ふざけるな。そっちのほうは正体も明かさずに話し合いなどできるわけがない」

「ふむ、では警戒心を取らないといけませんね。フィアー」

「わかった」


 フードをはずすと特徴的な耳が現れた。


「エルフだと?ヴァンパイアにそれに人間……。一体どういう組み合わせなんだ?」

「まあ話があったから一緒にいるというわけですよ。これで話し合いができますか?」

「ああ、ただし剣を交えてな!闘命ファイティング・ハート!!」


 ドラーグは魔法を唱えると、再度トラストへ向かって攻撃をし始めた。

 先ほどとはまるで別人だと思うほどの速度である。

 だが当たる寸前の所で避けられてしまった。


「おやおや、話し合いだけのつもりでしたが……」

「ふんっ!話し合うのならシートラス王国へ来てやるべきだったな!」

「仕方がありません、動きを止めましょう」

「なっ!?」


 剣を振りかぶると、その上から剣を叩くようにして地面へと埋めた。

 だがドラーグはすぐに剣から手を離すと、すかさずにトラストを殴り飛ばした。


「ぬっ!?」

「剣がないと戦えないと思ったのか?残念だったな、俺の魔法は剣術を上げるのではなく身体能力をあげる魔――」

光蛇シャイン・スネーク。ようやくこれで話し合いができますね」

「くそっ、話している最中に!こんな紐なぞ……!」


 力いっぱい込めて外そうとしているが、切れるどころか伸びているような感覚で完全に拘束している。


「外れることはありませんよ、今の状況ならですが」

「ちっ……」


 ようやく大人しくなったドラーグにトラストは近づき、肩に手を置いた。

 そしてささやくように話し出した。


「あなたの妻と子供を殺した獣人、会ってみたくはありませんか?」

「っ!?!?」


 ドラーグの耳に入ったのは思いもよらない言葉だった。

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勇者の俺が解雇された件 銀狐 @Silver_Fox_K

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