バロット、ベイビーヘッドと出会う。
クリスマスの朝は特別の朝だった。バロットはこれまでの二桁に満たない人生の中でその結論を得ていた。クリスマスの朝には特別のことが起こる。イエス様がこの世界に生まれ落ちたみたいに、それぞれの人のところに素敵な何かが生まれ落ちるのだ。
サンタクロースが良い子のところに届けるクリスマスプレゼントはその筆頭だ。去年は宝石みたいなチョコレートの詰め合わせが、綺麗なドレスみたいな包装紙に包まれて枕元に置いてあった。バロットの家は決して裕福ではなく、そんなチョコレートを見たことがなかったので兄に見せて「これは宝石かしら」と訊ねた。何でも知っている兄は寝不足の顔で「これはチョコだよ」と教えてくれた。「一粒食べてごらん、とっても美味しいにちがいない」
言う通りに、バロットは真っ赤に輝くルビーのようなものを口に入れた。その味のすばらしいことといったら、喜びのあまり抱えたチョコの箱を落としてプレゼントを台無しにしてしまうところだった。兄は笑ってバロットの頭を撫でた。「良い子だからサンタさんがくれたんだ」と。
「お兄ちゃんは何をもらったの?お兄ちゃんもいい子だから、わたしよりずっといいものをもらえるわ」
「バロット。これを言うのは心苦しいんだけど」兄は神妙な顔をした。「サンタさんは15歳の子までしかプレゼントをくれないんだ。お兄ちゃんは16だからね」
バロットは驚き悲しんだ。大人のところにサンタクロースが来ないことは知っていたが、サンタクロース界の成人年齢がそんなにシビアだとは思ってもみなかった。マルドゥック市における成人年齢より三歳も下なのは、経費削減のためだろうか。兄はどこか冷めた物悲しげな少年で、いつもバロットに優しいとは限らないがおおむね良い兄だった。だから、そんな兄がクリスマスプレゼントをもらえないなんてとっても酷いことだと思い、おずおずと、チョコの箱を兄に向かって差し出した。
「半分こにしましょう。お兄ちゃんがもう16歳でも、サンタさんも許してくれると思う」
兄は目を細めて、いらないよと答えた。
「おれも去年まではたっぷりもらったから。だからバロットもそれを一人だけで食べていいんだ。おまえだけのものだよ」
自分だけのもの、という言葉はチョコレートより甘く素敵にバロットの胸に響いた。バロットが持っている服や靴や学校の鞄は、すべてボランティアの人がどこからか探して持ってきてくれるおさがりだ。以前のクリスマスにサンタさんにもらった薄いピンク色のマフラーと、その前のクリスマスにサンタさんにもらったテディベアだけが数少ないバロットのためだけのものだった。
兄の助言通り、バロットはそのチョコレートを大事に一人だけで食べた。本棚の絵本の後ろに箱を隠して、注射を打つのが趣味の母親に見つからないように、日曜日に一粒ずつ。チョコレートは4月の初めまで保ち、バロットを幸せな気分にしてくれた。父親がまた仕事を首になった日も、母親が僅かな蓄えをすべて「幸せになれる薬」につぎ込んでしまった日も、それに怒り狂った兄が母を殴り、父を蹴飛ばし、バロットを抱えて家を飛び出して、寒い沿岸の公園で並んで海を眺めた日も、バロットに生きる気持ちを持たせてくれた。
だから、クリスマスの朝は特別の朝だ。イブの晩に、ささやかながら兄が調達してきたターキーのローストと、クリスマスプディングとアルコールの飛んだホットワインでお祝いをして――母は一週間前からボランティアの人の手配で入院しており、父は朝から市外へ短期の出稼ぎにでていて、小さな家には兄とバロットの二人しかいなかった――希望に満ちながら眠りについた。兄は何やらバイトがあると言って夕食の後に出かけて行ったから、聖夜にもバロットは一人っきりになってしまったのだが慣れているので平気だった。
朝目覚めた瞬間、瞼を持ち上げる前からバロットは確信していた。今年のクリスマスもとっても素敵な一日になるに違いないと。
ベッドで体を起こし、枕元を振り返った。期待と緊張で胸が高鳴っていた。そして、確かにそこにはプレゼントが置いてあった。まるくて、つやつやと血色のいいもの――。
「マンマァ」とそれが鳴き声をあげた。
バロットはきょとんとそいつを見つめた。そいつもバロットを見つめた。カーテンの隙間から差し込んだ聖なる日の朝日が、バロットとその謎の生き物を清澄に照らしている。そいつは「キェェ」と騒音に気を使う怪鳥のような奇声をこぼし、つぶらな瞳を一心にこちらに向けてくる。
「マンマァ?」
そいつは胴体のない赤ん坊のような代物だった。バロットはそっとそいつのほっぺたをつついてみた。やわらかくて温かかった。ちょっとそいつが気に入り、今度はむにむにとほっぺたを揉んだ。そいつはきゃっきゃとはしゃいでばたばたと腕を振り回した。よく太ってころころに膨らんだ顔と腕。
「あなたが今年のクリスマスプレゼント?」
「キェ、マンマァ」
「そうなのね。お名前は?」
「キィイィエ、キェ」
バロットの言葉がわかるのか、そいつはさみしげに首を振った――腕を枕につっぱり、頭を横にゆらゆらさせるジェスチャーを、バロットは否定の意味だと思った。
「ないの?なら付けてあげるわ。そうね……」
改めてじっくりそいつを観察する。
「頭しかないから……ベイビーヘッド。どう?」
安直すぎるかなと思ったが、そいつは気に入ったようで、ぺしぺしと拍手をした。
「マンマァア!キェェ!マンマアアア!」
「よかった、気に入ってくれたのね。よろしくベイビーヘッド!」
それがバロットと、不気味でキュートなベイビーヘッドの出会いの日だった。
ベイビーヘッドと私と時々お兄ちゃん 浅田 @kirinnoasada
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