終末の輪舞

電咲響子

終末の輪舞

「おい、見てみろよ。今宵は月がきれいだぜ」

「あれは太陽だ」


 そう言いながら、ふたりは空を見上げている。黒く染まった真昼の空がそこにあった。


「知ってるさ。ジョークだよ、ジョーク」

「いったい何度同じ洒落を吐けば気が済むんだ? さすがにもう聞き飽きたぞ、ケン」

「でもなあ。他にやることなんて残ってねえだろ」

「……そうだな」


 半ば恒例となったこの会話は、おそらく互いの存在を確認するためのものだ。


「あ。そうそう、すっかり忘れてた。つい先日、廃棄所でおもしろいモノを拾ったよ」

「ん? もしかして、その腰に巻きつけてるガラクタのことか」

「ガラクタっちゃあ、ガラクタだけどよ。意外に貴重な代物かもしれないぜ」

「これは―― 旧型のディジナルDigital Mobile Personalityじゃないか! 動くのか?」

「カナ、それは自分の目で確かめてみるんだな」


 その瞬間、ふたりの視界の片隅、弦灯柱の影で何かが動いた。


「どっちを確認しようか。か、それともか」

「あっちは幻覚だ。だろ?」

「知ってるさ。ジョークだよ、ジョーク」

「いいから見てみろよ。最終戦争の記録が残ってる」


 カナの瞳の中に映像が流れる。人間は機械を殲滅するため、憎悪の煙を撒き散らす。機械は人間を根絶するため、憎悪の煙を撒き散らす。負の感情のみに支配された最終戦争末期。世界が汚濁にまみれてゆく映像が、カナの瞳の中に流れた。


「……今から五百年前、さる高名な学者が声明を発表した。『私は機械にココロを宿すことに成功した』と」

「命を創造し、そいつは神になった。……で? その偉大なる御業が地上をぶっ壊しちまった理由は?」

「不明」

「和解と決裂を繰り返した回数は?」

「不明」

「そもそもの発端は?」

「不明」

「そうだ。そうなんだよ。歴史の真ん中がぽっかり抜け落ちてんだ」

「わずかに残った書物さえ、最終戦争のあらましを述べているのみ」

「だからこのガラクタは」

「貴重な代物だ」


 ケンとカナはしばらく見つめ合い、そして笑った。


「ありがとう。動画として記録された媒体が現存しているとは、夢にも思わなかった」

「それにしても、あれだな。ヒトもキカイも、相手を殺ることに集中しすぎて、環境破壊には無頓着だったらしい」

「唯一の救いか? おかげさまで、これまで生き延びることができた」

「まあ、今となっちゃどうでもいいことだ」


 ケンは雑囊ざつのうから木の実を取り出し、口の中に放り込んで噛み砕く。


「自然ってのは、すげえもんだ。滅茶苦茶にやられても、ただ、静かにそこにる。俺たちはこのザマだってのによ。はは」

「……だいぶ疲れているようだな」


 ごろりと寝転がるケンの手を取り、カナは優しく語りかける。


「すっかり忘れてたが、実はおもしろいモノを拾ってたんだ」

「だいたい想像がつくよ」

「石灰と硫黄の混成溶液カクテルだ。ぞ」

「ミネラルたっぷりだな」


 カナは雑囊から注射器を取り出し、ケンの腕に刺し中身をれた。


「これまで―― これまで、俺は無数の素晴らしい光景を見てきた。戯れに崩れ去る高層塔…… 暗闇に沈む発電所の瞬き…… くすんだ陽の下でゆらめく極光…… だが唯一、見ることができなかったものがある」

「異種族か」

「異種族だ。動物とも言う、文献上の、架空の存在…… 少なくとも、俺たちにとっては」

「同種族とは出逢えたじゃないか」

「ああ…… そうだ。それでいい…… 俺は満たされてたんだ」

「その日のことはまだ、覚えているだろう?」

「さあな。もう…… 忘れちまった、よ…………」

「…………」

「…………」


 一陣の風が吹き、鉄屑に絡みついたつたの葉がざわめく。カナはケンの死体をそっと抱えあげ、唇を重ねる。


「アダムとイヴにはなれなかった、な。……ふふ、ふふふ」


 そして、ケンに寄り添うように横たわると、カナは瞳を閉じた。


△▼△▼


 月影にも似た太陽はその姿を消し、もはやることは叶わぬ月が夜空に昇る。稼働を始めた弦灯柱の淡い光が、二体の人間の亡骸を照らしていた。


 どこからともなく、一匹、また一匹と、たちが現れる。赤羊、緑虎、青鹿、白狼、黒豹。適応者たちの群れは、息絶えたふたりの周りを取り囲み、そのこうべを垂れた。まるで哀悼の意を捧げるかのように。


 そう。彼らはずっと我々を見守ってきた。適応者であると同時に観察者として、ひとつの系譜の最期を見届けたのだ。これから彼らの命とともに、歴史が生まれ、文明が育まれ、進化の果てに人に似た何かとなり、そしてまた、私が創られるのかもしれない。


 私の役目は終わった。


 新たな未来が紡がれることを願いつつ、私は私の電源を落とした。


<了>

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終末の輪舞 電咲響子 @kyokodenzaki

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