エピローグ

 第六区マリアヒルフ――ケッテンブリュンカッセ駅――地下鉄ホーム/コインロッカーの前に少女が佇んでいる。

 少女=鳳――手に持った鍵の番号を確かめ、鍵を挿そうとしたところに声――。

「よう、あたくし様」

 気楽で失礼で心外きわまりない愛称で自分を呼ぶ声/なのに怒りは湧かす。

 すっと声のほうを向いた。

「ごきげんよう」

 鳳=とりあえず挨拶。

 相手の少女=涼月――反撃の予想を外されて気まずく頭をかく。

 からかうつもりではなく本当にそういう風にしか声をかけられなかったのかもと察す。

 涼月の目線が、鳳が手に持っている鍵に向く。

 どうやらずっと探していたみたい。

「申し訳ありません。あたくしのほうが鍵をお預かりしていたのをすっかり忘れてしまって。昨日退院しましたので、今日受け取ってお送りしようかと――」

 涼月は神妙になって鳳を見つめていた。――もしかして泣きそう? 

 涼月、鼻をくしくし指でさすりながら言った。

「あー、あんときは、悪かった。あと、ありがとな。あんたが盾になってくれなかったら……いろいろ、めちゃくちゃになってたからよ」

 謝罪とお礼/素直に受け取る。

 前にこの駅で話したときとは逆の立場だったと思い当たり、顔がほころぶ。

 鳳=姿勢を正す。最後まで従事出来なかった事件への歯がゆさと、事件に最後まで向き合った涼月への敬意を表わして。

「あの後の事件のことは、聞きました」

 事件の顛末てんまつ――コアチップを含めた義体の完全な破壊。被疑者クリストフ・ゲルストの不審死。

 義体の破壊については特甲児童が一人でおこなった。もう一人の自分と、かつて親しかった者の人格を持った兵器に引導を渡した。

 ――この目の前の少女がそれを成した。

 思わず訊きたくなる。

「おつらい事件だったのではないですか?」

 涼月のおもてがいっとき悲愴にかげったようにみえた。

 だがすぐに勝ち気に笑う。なにもかもひとまず呑み込んで。

「わけないさ」言って拳をくっと突き出す。

コイツが今のあたしなんだからよ」

 眩しい肯定感。強がりであったとしてもそうやって笑える涼月を羨む――あたくしなら、きっと。

 心配そうに顔を覗き込んでいる涼月。

 つい暗い気持ちが表情に出てしまったらしい。

 すると涼月は、おもむろに鳳の頭に手を置いて、わしゃわしゃした。

苦労して撫でつけたウェーブの髪が乱れてボサボサになる。

「な……なにをなさいますの!」

 さすがに怒った。出来るだけ真っ直ぐになるよう手入れを欠かさなかった髪を台無しにされて。

 ははっ! と笑う少女。

 ――もう! 本当に信じられない人! とぷんぷんする。

「わりぃ。でもやっとお前らしくなったな」

 言われてはっとなる。うず巻いていた重い気分がどっかに行ってしまったと気付いた。今度は優しく頭に手が添えられ――

「まー、よく分かんねーけど、あんたなら大丈夫さ」

「……なにが、大丈夫ですの」

 こっちの深刻さも知らないで無根拠に気楽に言う少女に呆れる。

「お前なら、この世界で上手いことやっていけるってことだ。

あたしはまだ、世界と仲直りしてる真っ最中みたいだからな」

 鳳は驚いた。涼月らしからぬ詩的な答えに。

 世界と仲直り――きっとあたくしも、

 多くの者たちがそうしたくていつだってもがいている。

 鳳=負けじと努めて明るく、花のように笑った。

「あたくしも、きっとあなたと同じですわ」

 同じ難行に挑む者同士――信頼と共感と励ましをこめて。

「お互い大変だな」

 涼月=肩をすくめ、頼もしく笑って激励。

「鳳―」「鳳ぁ」遠くで自分を呼ぶ仲間の声。

「それでは、これを」鳳が鍵を手渡す。

「おう」涼月が鍵を受け取る。

 同時に気持ちを分かち合う――ほんのちょっとだけ自分と似ている少女と。

「ごきげんよう」きびすを返した/無邪気に手を振る仲間のもとへ/その自分の背に――

「借りはちゃんと返すからなーっ! 泣き虫お嬢様フロイライン―っ!」

 ふいにかけられた約束の言葉。

 新たに刻まれた大切な記憶――それを鳳はきゅっと握り締めた。心に息づく大切な思い出たちと同じように、消えてしまわないようにと、そっと願いながら。

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LEGACY OF ORIGIN @chaoskipper

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