第14話 放浪息子からの手紙
――親父、元気か? おふくろの腰痛は、ちっとはましになった? くわしいことは省くけど、おれ今度トラヴェニアに行くことになったから。たぶん夏か、遅くとも秋までには帰れると思う。金貨一千枚、絶対もって帰るから、あの縁談は全部きっちり断っといてくれよな。
あと、バルザック爺さんは信頼できる爺さんに預けといたから。かわりにデイジーていう新しい友だちが背中にのっけてくれるって言うんだけど、性格の悪い飼い主が邪魔すんだよ。自分よりおれのほうが
追伸 エド
「……というわけで、両名に命じる。
こんなに生活感あふれる王命は初めてだ……と出すほうも出されたほうも思ったに違いないが、いちおう国王じきじきの命なので、二人の王子は少なくとも表面上はうやうやしく頭を下げた。
「それにしても、トラヴェニアとは。あいつはまた何をやっているんだか」
たくましい腕を組んで嘆息したのは第一王子のエドガーである。年は二十四。黒髪黒眼、鍛え上げられた体躯と精悍な容貌は、ご婦人よりむしろ男性陣から熱い支持をうけている。
その証拠に、アルスダインの少年たちに「将来何になりたい?」と訊ねると、およそ七割が「エドガー王子みたいになりたい!」と元気よく答えるという。
「外交問題にならないといいんだけどね」
気だるげに応じたのは第二王子フランシス。兄より二歳年少の二十二歳である。銀に近い金髪と薄い緑の瞳の、あやうい魅力をたたえた美青年だ。
ちなみに、アルスダインの少女たちに「将来何になりたい?」と問うと、八割方が「フランシス王子のお嫁さん」と恥ずかしそうに答えるという統計結果により、弟からは「フラン兄の勝ち」というありがたい判定をいただいている。
「まあ、そのあたりはアレンも心得ているだろう。それより母さんは路銀が足りるか心配していたな」
「それこそ無用な心配でしょう。あいつならどこでだって稼げますよ」
長兄が苦笑する横で、次兄も同意のしるしにかるくうなずく。
「あいつはぼくの一番弟子だからね」
「……フランや、前々から気になっとったんだが、おまえアレンに何を教えとるんだ?」
「法にふれるようなことは何も」
答えながらフランシスがあくびをもらしたのは、父王への敬意が足りていないからではなく、たんに朝が弱いからである。
美貌の第二王子がそうやって物憂げな表情を浮かべていると、魅力も三割増しといったところだが、事情を知っている身内は「また夜更かしして……」と非難がましい視線を送るだけだった。
「まあ、おまえたちの言うとおり、アレンならば心配はいらんか。あれのたくましさは雑草をもしのぐからな。若い頃のわしに一番よく似ておる」
つややかな頭部をなでる父王の前で、二人の王子はそっと視線を交わし合った。
父親に似ている。それは三人兄弟がもっとも忌み嫌う禁断の言葉である。
いつだったか心ない親戚が「末っ子が一番お父さんに似てるねえ。こりゃ将来気をつけないと」と不用意にもらしたときなど、長兄は絶望のあまり部屋に閉じこもってしまった末弟に「薄毛は母方から」と根気強く言いきかせてやり、次兄はお得意の氷の微笑を発動させて親戚に発言の撤回を求めたものである。
「とにかく元気そうでよかった。新しい友達もできたようだし」
物事のよい面をとりあげるのは第一王子の美点である。
「性悪の知り合いもできたことだしね」
皮肉屋の第二王子だが、「むしろそこがいい」と一部の層にはすこぶる受けがいい。
「金貨一千枚をもって帰れるというなら、なんでもいいがな」
国王はそこで話をうちきり、息子たちに宰相を呼んでくるよう言いつけた。
小国は小国なりに、国王は忙しい。冬小麦の収穫がおもわしくない上に、北領では奇妙な病も流行りはじめているらしく、対処すべき問題は山積みである。万年金欠な状況もあいかわらずで、
「……やはりレドナに嫁入りさせるべきだったかのう」
ため息まじりのつぶやきを耳にした兄たちは、それぞれの胸のうちで弟の健闘を祈ったのだった。
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