第13話 取引は公正に

「……取引?」


 アレンがその言葉をくりかえすと、オルランドは「ええ」とうなずいた。


「あなた方と塔の姫君の真相はひとまずおいておきましょう。いまわたしが知りたいのはただふたつ。ひとつはアレン、あなたの口づけで本当にエリノアール様が目覚めるのか……はい、正直でけっこう」


 ぶんぶんと首を横にふるアレンに、オルランドは素直な生徒でも前にしたかのように目を細めた。


「ではもうひとつ。魔術師どの、あなたであれば、エリノアール様にかけられた呪いを解くことができるのでは?」


 シグルトはむっつりと黙りこんだ。そうだと答えてやるのも気がすすまないが、さりとて否定するのも自身の矜持が許さないといったところか。


「沈黙は肯定と受けとらせていただきます。では、偉大なる魔術師どのにお頼み申し上げます。どうかエリノアール様にかけられた呪いを解いていただけませんか」


 近くで見ると暗い紫色をしたオルランドの瞳に、狡猾そうな光がひらめいた。


「もちろん、見返りは充分に。そのかわり、依頼主としてひとつ注文をつけさせていただきます。この手紙の筋書きどおり、王子の口づけでエリノアール様を目覚めさせていただきたいのです」

「へ?」


 間抜けな声をあげたアレンの横で、シグルトはうさんくさそうな眼をオルランドに向ける。


「……王子ねえ」

「つまり、わたしです」


 オルランドは自信に満ちた顔つきで胸に手をあてる。ひとり話についていきそこねたアレンは首をかしげた。


「オルランドは王子なのか?」

「まさか。しがない下級貴族の出ですよ。王子というのはたとえです。つまり、エリノアール様を目覚めさせるのは、このわたしの口づけで、ということにしてほしいのです」

「なんだってそんなややこしいことしたいんだよ」

「皇帝陛下に恩を売って、あわよくば娘婿むすめむこの地位を手に入れるためですよ、もちろん」


 いきなり話がきな臭くなってきた。


「貴族とは名ばかりの家に生まれたわたしが、この先どうあがこうと、いま以上の地位は望めますまい。ですが、皇女の夫となれば話はべつ」


 これは聞いてはまずい話なのではと腰を浮かしかけたアレンだったが、すかさずオルランドにとめられた。


「あなたにもやってもらいたいことがあるのですよ。まずはアレン、あなたがエリノアール様に口づけをする」

「なんで!?」

「最後まで聞いてください。しかし当然エリノアール様は目覚めず、皆ががっかりしているところに、わたしが登場するという筋書きで……」

「ちょっと待った」


 異議あり、とアレンは手をあげた。


「おれ必要ないだろ。最初からオルランドがいけばいいじゃないか」

「こういうものは一回で成功するとありがたみがないのですよ。ほら、岩に刺さった聖剣とやらを抜く話、ご存知ですよね? あれとて何人も挑戦して失敗したという過程があってこそ、成功がひきたつわけですから。おそらく、挑戦者たちと自称英雄との間に何らかの裏取引があったのでしょう」

「そいつは違うな」


 魔術師がつまらなそうに口をはさんだ。


「あれな、さんざん引っぱられて剣がゆるくなってたところを、通りすがりの酔っぱらいがぶつかって抜けたんだぜ、じつは」

「いたのか、現場に!?」


 そして知りたくなかった、そんな真実。


 とにかく、とアレンはオルランドの提案をつっぱねた。


「おれは嫌だ。そんな、皆をだますようなこと。だいたいその筋書きだと、おれただの恥ずかしいやつじゃないか」

「無論、ただとは言いません」


 オルランドはアレンの目の前に指を一本立ててみせた。


「金貨一千枚でいかがです」

「――!」

「聞きましたよ。貴国の財政、今年は特に厳しいそうですねえ」

「…………」


 変態の愛玩動物ペット。あるいは老女の介護人。はたまた詐欺師の片棒。


 究極の三者択一に頭をかかえるアレンの横で、「おい」とシグルトが不機嫌そうに口を開く。


「その取引、おれには何の得があるんだよ」

「魔術師どのには未来の宮廷魔術師の地位をお約束しましょう。待遇にはきっとご満足いただけるものと思いますが」

「はん」


 シグルトの口が嘲弄にゆがむ。


「安く見られたもんだな」


 魔術師の拒絶を、はじめから予想していたのだろう。オルランドはさして落胆したふうもなく、「では」とべつの提案をきりだした。


「こうしましょう。わたしの願いをかなえてくださるなら、わたしはあなた方のただならぬ関係を生涯口外しない……あ、着火はしばしお待ちを。アレンも、いい子だから座っていてください。ご協力いただけない場合は、やむを得ません。わが第七師団の総力をあげておふたりのなれそめを調べあげ、大胆な尾ひれをつけた上で大陸中にふれまわることにいたしましょう。いえ、わたしも本当はこんなことやりたくないんですけどねえ」


 嘘だ。絶対やりたいに決まっている。その証拠に、さっきからオルランドの暗紫色の瞳がきらきらと輝いている。


「……てめえ」


 シグルトが喉の奥からうなり声をあげた。


「取引と脅迫の意味を取り違えてんだろうが」

「なに」


 オルランドの端整な顔に、晴れやかな笑みがひろがった。


「もともとさしたる違いもありますまい」

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