第4話 お妃選びは難航中

 それは早春のよく晴れた朝のこと。アレンはアルスダイン王国第十七代国王、つまり父親に呼びつけられ、執務室に入るなり数枚の紙をさしだされた。


「ほれ、この中から選びなさい」


 要点から話すのは父親の美点のひとつだが、最近はあまりに前提をすっとばしすぎるきらいがある。人間年をとるとむしろせっかちになるんだなと思いつつ、アレンは紙の束を受けとった。


「選べって、嫁さん?」

「そうだ。いつもながら、おまえは話が早くて助かる」

「うん、そうやって息子に甘やかされてると、会話能力がどんどん下がるから気をつけような」


 すでに王妃との間では「あれ」と「それ」だけで会話が成立している国王である。父親のボケ防止のためにも、親子の会話は大切にしようと心に誓うアレンだった。


 ただ、今回は呼びだされたときから察しはついていた。おそらく身売りの話だろうと。


 アルスダイン王国は貧しい。これはもう謙遜けんそんも冗談もぬきに貧しい。国土はせまく、土地はやせ、さらにこれといった産物もない貧乏国の王子として生まれたアレンは、幼い頃から暇さえあれば城外で手間賃仕事にはげんでいた。なにしろ生まれてこのかた小遣いというものをもらったことがなかったため、欲しいものはすべて自分で稼いだ金で買うしかなかったのである。


 ちなみに、その日も城外の村で羊の毛刈りの仕事が入っていた。つけくわえるなら、若くして名人級のはさみさばきを見せるアレンは、牧羊組合の皆さんにそれはそれは重宝されており、その腕にほれこんだ組長に「うちの孫娘と一緒になって組を継いでくれないか」と真顔でもちかけられたのは昨年のことである。


 ほかにも、鍛冶師友の会とかパン職人連合などから婿入り、養子縁組の話がひきもきらないアレンだったが、それらはすべて丁重にお断りさせていただいていた。


 なんとなれば、アレンには王族としての重要な責務があったので。


 周辺諸国との政略結婚の道具になること。それが王子として生をけたアレンに課せられた義務だった。


「おまえにはちと早すぎる気もしたんだが、今年の財政も厳しくてなあ。だからおまえ、ちょっと結婚して結納金せしめてきてくれんか」

「ちょっと畑いって芋掘ってこいみたいな言い方やめてくれよ、親父。だいたいなんでおれなわけ?」


 世継ぎの長兄にはしっかりと婚約者がいるが、次兄には決まった相手もいない。こういうものは普通年齢順ではないだろうかと首をかしげたアレンに、父王はいやいやと手をふった。


「あれはもっと大変なときのためにとっておく。なにしろあの顔だ。安売りするのはもったいない」

「おれは安売りしてもいいのかよ!」


 父親の言には大いに憤慨したアレンだったが、こんなことで言い争って毛刈りの仕事に遅れるわけにもいかないと、しぶしぶ手の中の紙に目を走らせた。


「……親父」

「決めたか」


 おごそかにうなずいた父王の、つるりと禿げあがった頭を、アレンは丸めた紙の束でひっぱたいた。


「なにをするせがれや!」

「黙れ、このハゲ!」

「あっ、ひどい……」


 わざとらしく傷ついた顔をする父王に、アレンはお妃候補の身上書をつき返した。


「なんだ、これは!」

「なにって、おまえの結婚相手だ。選ばせてもらえるだけありがたいと思え」

「この面々を前にして喜べと!?」


 候補その一、ゲルシュタット王国先代国王の妹マグダレーナ。御年八十二。


 候補その二、アドレーニア公国大公の叔母クラウディア。御年七十九。


 候補その三、レドナ商人連盟副盟主ロドリゴ。御年四十七……


「最後なんか変なの混ざってるし!」

「あーそれはイチオシだ。結納金の額の桁がちがう」

「男だろ! 男だよな! んでもっておれも男! どうやって結婚しろって!?」

「安心しろ。形式にはこだわらんそうだ」

「おれはこだわりたい!」


 悲痛な叫びをあげる息子の肩を、父王はやさしくたたいた。


「人には添うてみよと言うではないか。そのお方はな、おまえの肖像画を見ていっぺんで気に入ってくれたらしい。なんでも最近亡くした飼い猫がおまえにそっくりだと……あだっ! だから父親に向かって何をするか!」

「息子を変態に売りとばすとか、それでもあんた父親か!」

「わしは一人の父である前に一国の王だ。親子の情より国益を優先させるは当然ぞ」


 いいこと言ってやった、という顔、力いっぱい殴りたい。


「だが、おまえがどうしても嫌だと言うなら無理強いはすまい。あとのおふたりもそこそこの額を提示してくれていることだし、選択はおまえにまかせよう」

「いや、まかされても……」


 ほかのおふたりも、結婚式の直後にべつの式を挙げることになってしまいそうなご令嬢である。たぶん、そうなったらなったで息子を再利用できると踏んでの人選なのだろうが。


 アレンは額をおさえてうつむいた。頭に血がのぼりすぎてくらくらする。国のために身売りをする覚悟はとうの昔にできていたが、それでもこれは、ちょっとあんまりではなかろうか。


「……本当に、絶対、この中から選ばないとだめか?」


 うちひしがれた息子の姿に少しは心を動かされるところがあったのか、国王は頭部にくらべて豊かな眉をよせた。


「むう……そこまで言うなら、これは見せずにおこうと思ったのだが……」

「なんだ、あるのかよ」


 ぱっと顔を輝かせたアレンの前にひらりと舞った一枚の羊皮紙。神からの福音に思えたそれが、じつはとんでもない不幸の手紙だと判明するのは、それから約ひと月後のことであった……。

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