第3話 欲望と無駄でまわっている世界
「おれは偉大な魔術師だ」
話題が互いの素性に及んだところで、シグルトはそう明かした。
「へーそりゃすごいなー」
「おまえ絶対信じてないだろ」
「初対面のやつにそんなこと言われて信じる馬鹿がいるかよ」
蜂蜜酒をすすりながらアレンは言い返した。だいたい魔術師といえば思慮深げな老人と相場が決まっている。ゆったりしたローブに身をつつみ、長い杖をついたりなんかして。
だが、アレンの目の前にいるのは、せいぜい髪の色がちょっと珍しいくらいの、目つきの悪い中年だった。着ているものも、形は多少古くさいものの、ごく普通のシャツと胴着だ。そもそも真に偉大な人物とは、もっと謙虚なものではないだろうか。
「信じてほしいなら証拠見せっ……!」
アレンは派手にむせた。かたむけていた杯の中身が、とろりとした金色の蜂蜜酒から一変、どろりとした緑色の液体と化していたからである。
「なっ……んだこれ!」
「ほええええええっ!」
アレンの背後で奇怪な悲鳴があがった。
「わ、わしの薬酒があ……」
枯れ木のような老人が、ふるふる震えながら手にした杯をのぞきこんでいた。そこからたちのぼるのは、まぎれもなく蜂蜜酒の甘い香気。
「どうだ、信じたか?」
得意げにふんぞり返ったシグルトの頭を、アレンは遠慮なくひっぱたいた。
「なにしやがる!」
「それはこっちの台詞だ! 年寄りいじめてんじゃねえ、この不良中年! ああ、じっちゃん、すまないなあ。こっちがじっちゃんの、な?」
老人と杯をとりかえるアレンの背中で、「誰が中年だ」とシグルトがこぼす。ほう、不良という点については異議なしかと、アレンは妙なところで感心した。
「それで、手品師のおっさん」
「魔術師!」
「へいへい。で、魔術師のおっさん?」
「おっさんやめろ。シグルトだ、クソガキ」
「アレンだ。それで? 偉大なる魔術師サマが、なんだってあんなとこで寝てたんだよ」
「話せば長いんだが」
という前置きのわりに、話はすぐに終わった。
要約すると、いまをさかのぼること百年の昔、とある邪悪な魔法使いと戦ったシグルトは、からくも勝利をおさめたものの魔力を使い果たし、長い休息に入ったのだという。
「……ええと、つまり、疲れたから寝てたってことか?」
「そんなところだ」
「いくらなんでも寝すぎじゃないか」
寝ている間に干からびそうである。
「ほっとけ。魔術師の時の流れは、おまえみたいな下等な人種とはちがうんだ」
「まーたしかにジジイは体力がもどるのに時間がかかるって言うしなー」
わしを呼んだかえ、と先ほどの薬酒のご老人がふりむいてくれなかったら、今度こそ殴り合いがはじまっていたところだった。
「それでだな、寝る前に目覚ましを仕掛けといたんだよ」
「目覚まし……」
「せっかくならいい気分で起きたいだろうが」
その仕掛けとやらが、百年後に美女に口づけされて目覚めるという、なんともしょうもない内容であったそうな。
「はあ? んなことできるのかよ」
「そんじょそこらの魔術師じゃ無理だが、おれは特別だ。なにせ天才だからな。百年後の出来事を予言するなんざ造作もない」
「予言じゃないだろ。だってあんたが自分で仕向けたんだから」
「より正確に言うと、自分で自分にちょっとした祝福を与えたといったところだな。己の未来をあやつることができる魔術師は、百年前も
さらに安眠をさまたげられないよう、塔のまわりに
「てことは、あんた、女の子に草刈りはともかくドラゴン退治までやらせるつもりだったのか」
「まさか。百年後におれ好みの美女があらわれたら、茨もドラゴンも勝手に道をあけるように設定しといたさ」
「なんか、いろいろ面倒くさいな。魔術の無駄遣いなんじゃねえの」
「わかってないな」
シグルトはしたり顔で断言した。
「世界は無駄でまわってんだ」
美女の口づけで起こしてもらいたいなどという、中年男の
「なのに、起きて目の前にいたのは美女どころか貧相なクソガキときたもんだ。てめえ、なんの権利があっておれの爽やかな目覚めを邪魔しやがった。返答によってはただじゃおかねえぞ」
「おれのせいかよ!」
アレンは憤慨のあまり両手で卓をたたいた。
「被害者はおれのほうだ! あんたは百年ものんきに寝くさっていたんだろうけど、おれがここに来るまでどれだけ苦労したか、あんたにわかるか!?」
「わからん」
「……うん、だよな」
だって寝ていたんだから。
だから、今度はアレンが語る番だった。結果的に、シグルトよりずっと長い話になった。
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