招待状の謎・中巻


 

「当時、俺は前哨狙撃隊として三度目のアフガニスタン紛争への派兵を間近に控えていた。あの地獄に戻るのは自分がどうにかなってしまいそうで正直嫌だったが、年齢的にも最後の前線任務になると思った。だからなにがなんでも国に帰る想いで要請を受けた。


「出発の一週間前、ジョンから久しぶりに連絡があった。俺が前線に行く前に一緒に飲もうという話だった。あいつからの誘いも、あいつと飲むことも随分と久しぶりだったから、当然飲みに行ったよ。それでいざジョンに会ってみると、あいつの雰囲気は前と比べてだいぶ違った。顔は頬が削げ落ちていて、目の下にはくまが出来ていたんだ。健康優良を絵に描いたようなやつだったジョンが、別人みたいに思えた。


「でも実際に話してみるとやっぱりジョンで、あいつも自分が健康体じゃない事を自覚していたのか『さすが我が親友。私の変装を見破るとは』なんて冗談まで抜かしやがった。まぁその後は子供時代みたいに他愛ない話で盛り上がって、なじり合って、大いに笑ったよ。急だったから他の連中を誘えなかった事だけが心残りだ。なにせあれがジョンと話せた最後の機会だったから。


「酔いもだいぶ回ってそろそろ解散の時刻になった時に、ふとジョンが言ったんだ。『私の葬式には来てくれよ』あれは“生きて帰れ”っていう励ましを遠回しに言ったものだと最初は思った。ジョンはあと三〇年は死にそうになかったし、葬式には生きてる人間しか参列出来ないからさ。だが今思うと言葉の通りだったのかもしれない。多分、あいつには俺に殺される予感があったのだと思う。確信ではなくそういった直感的なものだ。


「一週間後、予定通り前線に赴いた俺は驚いた。本部に居るはずのジョンが、何故か前線に来ていたんだ。当然俺達とは目的が違うから別の隊だったし輸送機も別だったから話は出来なかったが、あれは確かにジョンだった。一週間前と同じで痩せこけた姿だったからよく覚えてる。


「最初はどうしてあいつが前線に来ていたのか理解出来なかったし、酷く混乱した。ただただ嫌な予感ばかりが募って胸騒ぎが止まらなかった。


「そして予感は的中した」


 ドレイクはグラスを強く握り締め、続く言葉を紡ごうとして、しかし口元をきゅっと噤んだ。

 その先がドレイクにとって辛い体験談であることをギレットは理解したが、彼は聞き手として躊躇せず話の続きを促した。


「なにがあったのですか?」

「はめられたんだよ」


 ギレットの催促により、ドレイクは意を決した様に口を開く。


「俺が前線に配備されてからおよそ三週間、日付では十月一日のことだ。都市部から少し離れた場所にあった廃墟ビルでテロ組織の幹部が武器の取引をするという情報を掴んだ。幹部を排除しつつ武器の供給も断てる千載一遇のチャンス、当然逃す手はない。そこで本部は確実に殲滅する為に精密爆撃を行うことを決めた。そして爆撃機の誘導を俺達の部隊が担い、実際に位置指定と爆撃指示を行ったのが俺だ。


「けれどこの時、あの場所ではジョンが指揮する部隊が行動していたんだ。ジョン達は付近の民間人の避難誘導を行っていて、爆撃の予定時刻いっぱいまで誘導していたらしい。らしいというのは、これは俺が後から聞いた話だからだ。なにせその時の俺は彼等があの場所に居たことすら知らなかったんだ。


「爆撃予定時刻になり、ジョン達が撤退しようとしたその時、彼等は運悪くテロ組織の兵士と遭遇してしまった。足止めされたジョンの部隊は爆撃範囲から撤退出来ず、その間に俺の指示で精密爆撃が実行され……あとは言わなくても分かるだろう。テロ組織の幹部と大量の武器を殲滅する事は出来たが、代わりに六人の兵士が犠牲になってしまった。俺の爆撃指示によって。


「ジョンが死んだ事を知ったのは帰国してからだった。たまたま目にした殉職者リストにあいつの名前があったのを見つけて、その時に初めて気付いたよ。ジョンがあの爆撃に巻き込まれて死んだ事と、俺は上層部の奴等に利用された事に。前哨部隊ではなかったあいつが死ぬ可能性はそれ以外考えられなかったからな。利用された事に気付いた理由は、爆撃範囲で別の部隊が行動していたにも関わらず、本部からの通信は一つだけだったことだ。それも『必ず殲滅せよ』の一言。上層部の奴等はジョン達があの場にいることを知っていて、俺に爆撃指示をさせたんだよ。そうとしか考えられないんだ。


「そもそも昇進を控えたジョンが紛争地に行く事自体おかしな話だった。わざわざ前線に出ずともあいつの昇進は確実だったのだから。きっと上層部の誰かに命じられて、望まぬ前線行きだったはずだ。奴等にはめられたんだ。きっとそうだ。奴等の謀略じゃなきゃ、あいつが死ぬなんてあり得ない。俺に殺されるなんて、あり得ない。あり得ないんだ」


 興奮気味に話し続けていたドレイクは、休憩がてらふうっと息を吐き、再び渇いた喉と口内を潤そうとグラスを傾ける。

 それを見たギレットがチェイサーを差し出すと、ドレイクはすぐさまそれを受け取って、一気に飲み干した。

 ほどなくして、ドレイクは落ち着きを取り戻し、静かに語りを再開する。


「とまぁ、こんな感じでジョンを殺した事を正当化したかっただけで、実際に上層部が関わっていたという証拠はない。単に俺の妄想だ。いつかは事実を受け止めて前に進むべきだと分かってはいたが、当時の俺はそうでも思わないと自分を保てなかった。そして一年掛けてジョンの死と自分がやったことを受け止め、結論として俺は軍を辞めた。本当に上層部の奴等が関わっていたのか、それとも違ったのかは今も定かじゃない」

「では、今宵の謎解きはそれの解明、という事でよろしいでしょうか」

「いやいや、それは今となってはどうでもいいことさ。どんな策謀があったにせよ、俺が殺した事に変わりはないんだ。ここまではただの昔話で、解明してほしい謎は別にある」


 ドレイクは懐から一通の白い封筒を取り出し、それをカウンターの上、ギレットが見える場所に置いた。


「これは?」

「とある式典への招待状だよ」


 ギレットの率直な問いにドレイクは答えた。


「この招待状は帰国後まもなくして本部から送られてきたものだ。見せることは出来ないが、中には日付と時刻とある場所の住所だけが記載された手紙が入っている。差出人の名前は当時の海軍准将のパークスという男で、軍の人間だけが分かる焼印で封がされていた。後から知ったんだが、公に出来ない功績を讃える式典への招待状はこういった形式を取るらしい。実際に指定の日時と場所に行ってみたら、初めて会ったパークス准将から表彰されたよ。どんな功績に対する表彰なのか全く教えてくれないままな。


「その後は廃人みたいな生活を送っていたよ。親友暗殺の実行犯となったにも関わらず、罪にも問われずそれどころか表彰された。頭がおかしくなりそうだったよ。立ち直るのに半年以上掛かった。セラピーにも足繁く通って元の自分に戻ろうとしたが、最終的には軍を辞めた。


「自分がやった事を受け止めることは出来たが、腐りきった上層部の思い通りな軍にはもう居たくなかった。そして国よりも身近な人達を守りたくて、警察官になった。それからは仕事も家庭も順調で、時々危険な事はあったがあの戦場に比べればみんな可愛いものさ。軍を辞めてから二年が経った頃には精神的にも完全に立ち直ったよ。


「だがそんな時、俺の元にある手紙が届いた」


「それがこれだ」と、ドレイクは懐から二通目の白い封筒を取り出し、カウンターの上に置かれた一通目の封筒の隣に置いた。

 それらの外見は全く同じで、ギレットの目にも、それらは全く同じものに見えた。


「この封筒に入っていた手紙は准将から貰った式典への招待状と全く同じ形式だった。書かれていたのは日時と住所だけで、それ以外には何も書かれていなかった。軍を辞めた俺には全く無縁のものであるはずのそれが何故か届いたんだ。誰の仕業なのかと思って差出人を確認して、俺は困惑した。何故なら差出人の欄にはジョンの名前が書いてあったからだ。


「最初は何が起きているのか全く理解出来なかった。しばらく一人で考えて、俺とジョンの共通の友人である誰かの悪戯だと思い、知っている番号に片っ端から連絡した。だが誰も俺宛に手紙は送っていないと言った。だとしたらこの手紙はいったいなんなんだ。そう思って手紙に記載された住所を調べてみたら、そこは州が管理する共同墓地だった。そして指定の日付は、俺がジョンを殺した日だった。


「俺は恐ろしくなった。これはジョンがあの世から寄越した招待状なんじゃないかと。俺をあの世に誘ってるんじゃないかと。もちろんそんな事はあり得ないが、だとしてもこれを送ったのは俺がジョンを殺した事を知っている人間だ。それは間違いないはずなんだ。いったい誰なのか、どんな目的があるのか、それを確かめる必要がある。俺は恐怖を堪えてその墓地に行ってみた。


「空の棺桶が埋まっているはずのジョンの墓を探したが、あいつの墓はその墓地のどこにもなかった。後で調べてみると、ジョンの墓は別の墓地にあることが分かった。それらしい人間にも出会えず、結局誰かの悪戯だったのだとその時は無理矢理納得した。


「けれどその翌年、全く同じ招待状が送られてきた。差出人は相変わらずあいつの名前で、場所も一緒。最初の三年は指定の日時にあの墓地に行ったが、何度行ってもあいつの墓は無いし、誰にも会えないから四年目からはもう行っていない。それでもあいつからの招待状は毎年送られて、九年目の今年も届いた。


「そして明日が、指定の日付だ」


 ふとギレットは、壁に掛けたカレンダーを見やる。

 指定の日付である十月一日は、月曜日だ。

 ドレイクは酒を少し口に含み、その苦味をよく味わうように舌で転がしてから飲み込んだ。


「ギムレット、俺はそろそろこのくだらない誰かの悪戯に決着を付けたいんだよ。そのためには招待状の謎を解き明かす必要があるんだ。ただあの墓地に行くだけじゃ意味がないことは分かってる。でも俺にはこの謎が難題すぎるみたいなんだ。だから君の知恵を貸してほしい」

「微力ながら、お手伝いさせていただきましょう」

「助かるよ」


 恭しい仕草で了承の意を示したギレットは、思考の整理の為にシェイカーを振り始める。

 その様子を、ドレイクはグラスを傾けながら静かに眺めていた。

 ギレットは仕事中に別の事を考えながら作業をすることが出来る、器用な人物だった。

 手を休めることはなく、またドレイクとの会話も止めない。


「質問よろしいでしょうか、ドレイク」

「もちろん」

「ジョンの葬式には行かれましたか?」

「いや、行っていない。行けるわけがないさ。どんな顔してご家族と会えばいいんだ。あいつには葬式に出てくれと言われていたが、こればっかりはな」

「爆撃区域で行動していた部隊についてですが、部隊の構成員リストなどは確認されましたか?」

「俺が見たのは死亡者リストだけだ。だがもしもそんなものがあったのなら、絶対に目を通しただろうな」

「貴方を式典に招いたパークス准将のお顔は覚えていますか?」

「……いや、あの時は誰の言葉も全く耳に入らなかったぐらいだ。記憶は定かじゃないよ」

「最後に一つ。本当に、墓地には誰もいませんでしたか?」

「共同墓地だから、さすがに何人かは人を見かけたさ。ただそれらしい人物は見かけなかった。せいぜいがご婦人やご老人だったはずだ。といってももう五年以上前だから、確かな事は覚えていないよ」

「なるほど、なるほど」


 数多の質問を繰り出し、その回答を受け止めたギレットは、脳内で情報をまとめるように何度か頷く。

 間も無くして、ギレットは無言でカクテルを作り、やがて作り上げたそれをドレイクに差し出した。


「“赤犬のギムレット”です」


 それは、ギレットが作ったオリジナルカクテル。

 ライムジュースの代わりにブラッドオレンジの生搾りエキスが注がれ、アクセントとして少量のジンジャーが加えられたものだ。

 本来のギムレットとは異なり、すっきりとした味わいの中で仄かな甘味が楽しめる赤色のカクテルである。

 そしてドレイクは目を見開いて驚いた。


 なぜなら、ギレットがこのカクテルを出すのは、「今宵の謎は解き明かされた」という合図だからだ。


「まさか……もう謎が解明出来たのか?」

「ええ、僕の中では。しかしドレイク、僕は最初に、あなたに謝らければなりません」

「どういう意味だ?」

「これから僕がどんな話をしたとしても、真実はあなたが自分の目で確かめる必要があります。それは僕の推理が、明日あなたが向かった先で、その目で確かめたものによって、全て覆る可能性があるからです。僕の話を聞くにあたって、その点だけ覚えておいてください」

「君の推理が聞けるだけでも御の字だ。さあ話してくれ」

「それでは」


 ギレットは一度咳払いしてから、話を始めた。


「この招待状の謎は、あなたにとって難解であったことは間違いありません。それは当事者であり、そして些かあなただからこそ、難解だったといえます。しかし、この謎はあなたが話したある一点、たった一つの事実を覆すだけで、全く違う事実が見えてくるのです」

「ある一点?」

「はい。それはあなたにとって全く思いもよらない事で、すぐには信じられないかもしれません。ですが、それこそが真実であるとすれば、あなたにとっても朗報であると言えるでしょう」

「勿体ぶらずに教えてくれ。いったい俺の話の何を覆すんだ」


 しびれを切らしたドレイクは、分厚い手で思わずカウンターを叩く。

 酔いもだいぶ回り、ドレイクの感情は少々昂ぶっていた。

 しかしそんな姿にも慣れているギレットは、至極落ち着いた様子で一つ息を吸い、そして自身の推理をドレイクに告げた。


「“ジョンの死”です」

「……なんだって?」

「僕は、ジョンは死んでいないと推理しました」






 下巻へつづく

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