第7話


(……誰もいない、か)

 

 かける言葉を見つけられないまま、真人は梓と別れ、公園をあとにした。

 物憂げに肩を落としながら、独りとぼとぼと家路を辿る。

 吉野市は市全体として見れば自然豊かな田舎街だが、市駅の周囲に限って言えば、都会と称しても恥じないくらい開発が進んでいた。

 中でも今真人が歩いている繁華街は一際発展が著しく、普段なら平日のこの時間でも多くの人で賑わう区画だった。

 だが、ここ二、三ヵ月というもの、今時分に繁華街を行き交う人の数は目に見えて減っていた。特に学生の姿はほとんど見当たらない。

 巷を騒がす連続殺人鬼が、野放しのまま今も市内の各地で凶行を繰り返しているのだから無理もない。

 聞けば近隣の学校の大半は、明るい内に生徒を下校させるため、平日の部活動を全面的に禁じているらしい。

 こんな時期に放課後の居残りを認めているのは、部活が盛んな一部の強豪校――それこそ吉野高校くらいなものだろう。

 繁華街を抜け、駅の西口広場へと差し掛かる。東口側へと渡るため跨線橋を歩いていると、スマートホンが着信を告げた。

 仁からだ。


「もしもし」

『よお、真人! 話はもう終わったか?』

「うん。今しがたね」

『そっか。――っで、どうだった?』


 やはりそういう用向きか――と、微笑まじりに嘆息する。

 まったく。軽薄なくせに情が深いと言うか義に厚いと言うか。心配してくれるのはありがたいが、どうせすぐに顔を合わせるのだから、わざわざ連絡を寄越さなくてもいいだろうに。

 まあ、そのおかげで、沈んでいた気持ちがずいぶんと軽くなったわけだが。


『ふーん、なるほど』


 先の梓とのやりとり――その一部始終を真人が語り終えると、仁は呆れ気味に呟いた。


『お前って本当、人が好いよな。初対面の女子に、わざわざ説教かますなんてよ』

「うっ……! 別に説教なんてしてないよ! 

 ……まあ、おせっかいを焼いたのは確かだけど。

 でも、仕方ないじゃないか! 

 そりゃあ僕だって、出過ぎたことを言っちゃったなとは思うさ! けど、同じ境遇の人間としてスルーはできないよ!」

『同じ境遇――ね。まあ、そうだな。

「? 何だか含みのある言い方だね。どういう意味だい?」

『何、ちょっと引っかかったんで調べてみたんだけどよ』


 さも事も無げな調子で、仁は言った。


『――

「――――」


 あまりに予想外の一言に、真人は思わず絶句した。

 伏姫梓じゃない? 彼女が? 


「……たしかかい?」


 仁と別れてからまだ三十分と経っていない。

 この短時間で調べをつけたということは、おそらく情報源ソースはネットだろう。

 人狼リュカオン事件は、今やこの国で最も旬な話題だ。まとめサイトやSNSを漁れば、事件にまつわる情報や考察が腐るほど転がっている。

 だが、匿名から来る無責任さがそうさせるのだろう。

 とかくネットの情報というやつは、量や速さは凄まじいものの、内容や精度についてははなはだ怪しいものが多い。

 ろくに裏付けや検証がされていないもの。事実と憶測がごちゃまぜのもの。おもしろおかしく脚色され、本質からかけ離れてしまっているもの――挙げだしたらキリが無い。

 実際、被害者遺族ということで真人の情報もずいぶんとネットに拡散されてしまっているが、いい加減なものが数多い。

 見たこともない少年の顔写真が、真人の顔写真としてとあるまとめサイトに晒されているのを見つけた時は、ただただ呆れ返るばかりだった。

 ともあれ、そういった次第で、真人はネットの情報というものをあまり信用してはいなかった。

 そしてそれは、仁も同じはずだった。


『ああ、間違いない。伏姫梓の名前でググってみたら、どうも事件の後から行方不明になってるらしくてよ』

「行方不明!?」


 不穏な単語に目を剥く真人。

 だが、今重要なのはそこではない。


『それで県警のサイトを調べてみたら、たしかに行方不明者の情報提供を呼び掛けるページに、伏姫梓の名前があったんだよ。

 伏姫なんてそうある名前じゃねえ。

 しかも年頃も同じで、管轄しているのが吉野署とくれば、被害者遺族の伏姫梓と、行方不明になってる伏姫梓が同一人物なのは間違いねえ。

 ――で、だ。サイトには、行方不明者の顔写真も載ってたわけよ』

「――その顔が、さっきのあの娘とは違っていたわけだ」

『そういうこった』

「なるほど、話は分かったよ」


 そういうことであれば、たしかに仁の言う通り、先程の少女は伏姫梓の名をかたった別人と考えるより他にない。


「……でも、どうして?」

『そりゃあ目撃者おまえから、事件の話を聞き出したかったんだろ?』

「それは分かってる。僕が言ってるのは、どうしてそこまでしたのかってことだよ」


 真人は連続猟奇殺人リュカオン事件の被害者遺族――それも、殺害現場に居合わせた唯一の目撃者だ。

 今でこそ沈静化したが、両親が殺害されてからしばらくの間は、テレビやマスコミを始め、誰も彼もが真人を追いかけ、あの手この手で事件の話を聞き出そうと躍起になっていた。

 もちろん、その中には人としての良識を疑うような非常識な輩も多かったが、それでも被害者遺族の名を騙るような悪辣あくらつな手合いはいなかった。

 しかも少女は、校門前で会った時、自身の身元を証明するために生徒手帳まで開示していた。

 素人相手とはいえ、一切の違和感を覚えさせないほどしっかりと偽造を施した、偽の生徒手帳を。

 手段を問わないそのやり口。労を惜しまない周到さ。

 ただならぬ執念ものを感じずにはいられない。

 真人が分からないのは、そこだった。


「……あの娘が伏姫梓を騙っていたのは間違いない。

 でも、訳はどうあれ面白半分で僕に接触してきたわけじゃないと思う。

 僕には分かる。僕だから分かる。あの目は、気迫は、

 理由は分からない。

 けれど少女が犯人に対し、何らかの形で強烈な憎悪を抱いていることだけは疑いようが無かった。

 あの時真人は、たしかに彼女との間に、相通あいつうじるものを感じたのだ。


『ふーん。そいつはたしかに気になるな』

「だろ? まあ今となっては確かめようのないことだけどさ。

 ……それにしても、大丈夫かな、あの娘。

 こんな調子で事件に首を突っ込み続けていたら、いつか危ない目に――」

『いやいや、大丈夫だろ。

 警察ですら手を焼いてる犯人あいてだぜ? 素人が先に尻尾を掴むなんてあり得ないって! 

 被害者遺族おまえの素性を突きとめるのとは訳が違うんだ。

 ただの学生が、ネットの情報漁ったり、ちょっと聞き込みをしたくらいで殺人犯にたどり着けるわけねーよ』

「……そうだね。そう、だよね」

『そうそう。――っと、ずいぶん長いこと話し込んじまったな。まあ、概ね経緯いきさつは分かったし、詳しい話は帰ってきてから聞かせてもらうわ』

「うん。じゃあ、また後で」

『おう』

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リュカオン @hiranobe

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