第39話 侵略される街

39 侵略される街


「高島がV男とつながっていた。それがわかっただけでもよかった。黒元、そう思え」

 高島をとり逃がして落ち込んでいる黒元にアサヤが励ましの言葉をかける。


「アサヤ塾」にもどってきていた。バラの芳香が迎えてくれた。ふたりは、バラの庭を眺められる四階のベランダで美魔のいれてくれたモカを飲んでいた。


「どうして、高島があそこにいたのだ。もっとも、V男があの地下室を使わせてもらっているのかもしれない。恩義を感じて高島を守っている。ともかく、あそこは高島の生まれた家と工場の跡地だからな」

「吸血鬼が昼は苦手だなんて、フエントですね」


 いや進化しているのだとアサヤはいおうとしたが。よした。吸血鬼は、まだ未完成の種(スペシス)なのだ。これから、どんな進化を遂げていくのか。怖い。


「アイツラ、どこへ逃げた。街の人にまぎれて消えてしまった」

「高島とⅤ男はさいしょからつながっていたのですね」

 警官が侵入するときに破壊した地下室の壁。そこまで追いつめたのに。壁の向こうは急傾斜で工場の庭に通じていた。貯水プールに偽装されていた。なんだ、こんなところに通路があったのか。

 マンホールから地下に下りたのがばからしくなった。


「大谷までは逃げないだろう。だいいち、車がないと大谷まで逃げるのはムリだ」

「だったら、V男のすきな廃墟でしょう」

「ジャスコの廃墟かしら――」

「美魔、はじめから高島とV男はグルだった。アイツラがミホをジャスコの廃墟に拉致したろう。あのとき、美魔はいちはやくミホの首筋をみて、噛まれていないかどうか、確かめた」

「そうよ。噛まれていたら、どうしょうと、それがいちばん心配だった」

「おかしいと思った。美少女が目の前にいるのに、噛みつかなかった。どう考えてもおかしかった」

「そういわれてみれば、そうね。でも、あのときは、ミホちゃんがブジだったというだけで、うれしくて、そんなこと疑問に思わなかった」

「だからミホが再度拉致されたとき、またV男のシワザと思った。Ⅴ男の隠れていそうな空家を探した。犯人はV男と思い、そのことに疑いをもたなかった」

「ミスリードされていたのね」

「アイツラは美魔、こちらのでかたを研究していたのだ。最初からおれたちにトリックを仕掛けていた。高島とV男は仲間だった」

「アイツラの唯一の誤算は、博郎だった。羅刹の噛み子、博郎が礼子の彼で、ヒロコの父親だったことだ。それで、アイツラの計画や性癖がこちらに伝わったことだ」 



 そこまでアサヤがいったときだった。ジャスコ跡地のあたりで爆発音が起きた。

 博郎がベランダにとびこんできた。四階のベランダからは街が展望できる。

「いよいよ、こんどこそ、これは狼煙です。北中の崖下にある高島校長の家が全焼し、こんどはジャスコでしょう」

「なんのための合い図なのだ」

 黒元が博郎に詰め寄る。


「テロですね。無差別殺戮テロです。アイツラ、血に飢えています」


 そんなことがこの街で起きるのか。だいいち、テロを起こしてV男たちにはなんのメリットがある。煙と炎が街の上空に広がる。どこからでも、たしかに目撃できる煙だ。消防車のサイレンの音が高鳴る。あの煙が狼煙の役割を、博郎がいうように果たしているとすれば――。


「そうか血に飢えているのだ。テロを起こして、思うぞんぶん血を吸いたいのだ」

 暴れたいのだ。

「先生、なにが起きるの。ヒロオが言うようにテロがおきるの。こんな田舎町で無差別テロがあるの。どうして?」

「それはヒロオの予想するとおりだ」

「わたしにはわかるような気がするわ」

 美魔がテーブルについた。

「わたしたちは迫害されているのよ。干し草用のホォークやタイマツで追いたてられたフランケンシュタインほどでないにしても。――わたしたちは周囲になじめないで生きてきたわ。わたしは友だちがいなかった。周囲の人はわたしたちの実体はしらなかった。でも、あまりに広大な農園に住み、真っ赤なバラの栽培にウツシ身をやつしているわたしたちに嫉妬していたの。いくら目だたないようにひっそりと生活していても、なにか違うという違和感もあったのでしょうね」

 初めて聞くミイマの少女のころの思い出だ。


 その夜、またアサヤは夢を見た。

 火の、赤く燃え上がるベルトをしている夢だった。体が焼けタダレタ。ベルトは拘束帯のようで外せなかった。火に焼かれて死んでいく自分を強く意識した。大きな悲鳴をあげたところで美魔に起こされた。

「このところ、心労がつづいていますものね」

 妻のやさしい言葉もイヤしにはならなかった。寝汗をびっしょりとかいていた。

 

 おなじころ、黒元は妹、由香里の夢を見ていた。

「お兄ちゃん、今日、なにの日か忘れているでしょう」

 ミニバイクにまたがり由香里がふりかえつた。

「冷蔵庫にワイン冷やしてあるから。夕飯一緒にしよう」

 そこまでいわれても、黒元は両親の命日を忘れていた。気がついて、呼び戻そうとしたときには、妹のバイクは大通りを颯爽と走っていた。あの朝のことは、忘れない。それが見おさめになるともしらず、妹を送りだした。


 その夜、七時になっても、由香里は帰ってこなかった。黒元は妹を携帯で呼びだした。返事はなかった。勤務先の学校に電話した。

「もう帰ったはずですよ。学校には残っていないと思いますよ」

 胸騒ぎがした。黒元は車で学校に急いだ。

 まだ居残っていた定年間際といった老教師が迷惑そうな顔で黒元を職員室に案内した。

「ここが、黒元君の席です」

 ところが、彼は狼狽した。

「おかしいですね、バッグも携帯もみんなそろっている」

 そんなことは、見れば分かる。黒元は氷水に顔を押しこまれたようにかんじだ。冷気は背筋から尾底骨までたっした。ふるえるからだで、廊下を走りだしていた。


「警察に電話いれてください」


 叫び声をあげて走りだしていた。その唐突な行動に教師は呆然としていた。照明がつけられた。夜の闇の中で、校舎が明々と照り映えた。近所の交番から警官がひとりかけつけて、捜査に加わってくれたが、その夜はなんらかの手がかりもつかめなかった。警察では事件としても見てくれなかった。


 あの日の凶事が夢の中でくりかえされた――。


「お兄ちゃん、由香里、死にたくない。わたし死にたくないよ」


 夢の中で由香里が泣いていた。黒元も泣いた。起きてみると枕がグッショリとぬれていた。どうして夢の中で泣いたのに枕がぬれているのだ……。


 こんど、高島に会ったら自白させる。まちがいなく、妹は殺されたのだ。シリアルキラ―高島の最初の犠牲者だったのだ。寝汗もビッショリとかいていた。


 あのとき、もっと探しても、由香里は絞殺されたあとだった。でも、警察で事件として捜査していれば、高島の犯行と特定出来ていたかもしれない。そうすれば、あのあとの数々の事件は未然に防げたのに――。栃木新聞の死可沼支局でネテいる黒元をやさしく慰めてくれるものはいない。両親を交通事故で亡くし、妹との二人暮らしだった。大学をでてやっと中学校の教師として妹は就職した。

 すべてが、高島に壊されてしまった。

 由香里は殺された。

 それも、もっとも残虐な、卑劣な殺しだ。


 高島は絶対に許さない。

 黒元はびっしょりと寝汗をかいていた。


 アサヤと黒元の高島に対する憎悪と復讐の念が一致した。

 もういちど、高島の潜伏先をつきとめるのだ。


「東電に今月の請求書紛失したのでといって、金額を問い合わせました」

 朝一番に黒元がしたしごとだった。あれだけのV男が食事? をしていたのだ。廃屋ではない。電気がきているはずだ。その疑問が功を奏した。

「今月はいつもの月より多かったですね。35000円です」

 おどろいたことに、廃工場になっているのに、電気は切られていなかった。

 地下室は毎日、機能している。

 どこかにパニックルームがあるはずだ。

 高島はそこだ! 

 あれだけの隠れ家はないだろう。高島にとっては生家だ。家のすみずみまで知っている。どんなふうにも、改造できる。隠れ家としては最適だ。パニックルームが必ずある。地下二階が在るかも知れない。

 

 いちど手入れをくった現場だ。監視の目もないだろうと……。なにくわぬ顔で、もどってきている可能性もある。そして、パニックルームが在れば――。

 そこで寝起きしている?

 アサヤと黒元は、パニックルームを探すために高島ロープ工場の廃屋に急いだ。 

 木島堀にかかった按摩橋にさしかかった。

 廃工場は直だ。このとき、渡りきった背後の橋のあたりで爆発音が轟いた。爆風で二人は跳ね飛ばされた。堀が燃えている。


「危なかった。いますこし橋を渡るのが遅かったら――火をかぶっていた」


 見れば――。

 川上から川下にかけて、帯状に爆煙と炎。燃え上がっている。

 火炎の帯は凄まじい速度で見る間に川下に燃え広がっていく。


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