第36話 籠城。

36 籠城。


 雪が降っていた。

 雪に触れた頬や、手足が凍るほど寒い。

 雪の荒野に立っていた。

 人里の明かりは見えない。

 見渡す限りの銀世界。

 わたしはどこかに行こうとしているのだが、その場所がわからない。

 どこに行こうとしているのだ。

 もうこれいじょうは、歩けない。

 このとき、不意に足元の雪が赤く染まった。

 血らしい。

 雪のなかからアギトが、あらわれた。

 ガブッと右腕に噛みつかれた。

 身体を裂かれる激痛。

 悲鳴をあげていた。

 わたしの右腕の肉を咀嚼する音。

 クニャ、グシュ、キシュ、キシュ。

 女子供のように悲鳴を上げた。

 夢だった。

 夢の中の悲鳴で目覚めた。

 夢には色はない。

 ソンナノウソダ。

 あれは蘇芳色のわたしの血だった。

 噛まれていたのはわたしの赤みの肉だ。

 流血はとまらなかった。

 夢から覚めても、噛まれたところが、まだ痛む。

 左腕をのばして右腕に触れる。

 右腕は――ガッポリと食いちぎられていた。

 わたしは泣きだした。

 痛みと、片腕を失った悲しみで――。

 泣いた。年甲斐もなく泣いた。

 身体がふるえだした。

 凍えるように、寒い。

 じぶんのすすり泣く声でこんどこそ目覚めた。

 夢のつづきをみていたのだ。

 未明。

 春とはいえ、北国の春だ。

 冷え込んでいた。

 室温8度。

 掻巻(かいまき)を一枚かけただけで寝ていたから、こんな夢をみたのだ。

 しかし恐かった。キシツ。キシツ、と雪を踏みしめて追いかけてきた者は――。 噛みついてきた者は、吸血鬼だった。

 ユリの花のように口が裂け広がり、白く光る歯。アゴがせり出した。

 夢のつづきをみているようで恐い。牙鳴りの音がまだ耳もとに迫ってくる。

 あれは乱杭歯の吸血鬼だった。歯は異様に白かった。

 その歯の間から赤い血が滴っていた。

「あなた、夢よ。夢よ。悪い夢をみていたのよ」

 美魔の声が耳もとでした。

「ごめん、起こしちゃったか。みんなは大丈夫かな」

 警官に警棒でなぐられたとろがまだ痛む。

 それにあの一打には憎しみがこめられていた。

 凄まじいばかりの害意があった。それでナイトメアを見たのだ。


「スゴク大きな声だった」

 今夜からレディース全員を呼び集めて一学期の中間試験直前合宿勉強会を始めることにした。その第一夜だった。合宿の勉強会という名目とは別に、彼女たちをV男たちの歯牙から守るというアサヤの配慮から実施したのだ。この決定には。博郎のアドバイスもあった。


「羅刹が孤立している。過激派のV男たちが決起する恐れがある。いや、目立たないだけで、小規模のテロがおきています」


 羅刹の直系の博郎がいうのだ。まちがいなく、いまそこに危機はせまっている。

 遠くで救急車のサイレンが鳴っている。消防車の通過したようすはないが、どこかで火事が起きているのか。


「センセイ。大変。高島校長先生の家が火事だって」

 礼子が飛び込んで来た。二人がソファに仲良く座っていた。

 それを見て「ごめん。センセイ。ラブラブだった」

 そこへ博郎もノッソリとあらわれた。

「センセイ。これは狼煙ですよ。いよいよはじまります」


「高島校長がミホ殺害の犯人でした。家宅捜査で、犯行をうらづける証拠を押収しました。いまから、そちらにいっていいですか」

 栃木新聞記者にして廃墟ハンターの黒元だった。

「いや、すごいシヤシンでした。地下室には細いロープで吊るされたフィギァが何体もあって不気味だったらしいですよ」


 死体のシヤシンをもとに、学校にある3Dプリンターでフィギアを作製して、飾っていたのだという。その話を聞いて、アサヤは吐き気をもよおした。

 地下室には高島が逮捕されたら爆破するようにタイマーがしかけられていた。理系の大学を出ているエリートだ。とんでもない分野で才能が花開いた。高島の家が、それなのに、いま炎上している。発火装置は二重に仕掛けられていたのだ。

 

 アサヤはヴジョンを見た。死可沼が燃えている。高島が哄笑している。

「ざまあねえな。アサヤ塾よ」

「ヒロオがいうように、この街でⅤ男のテロが起きる。まちがいなく起きるわ。わたしたちだけが、Ⅴ男の恐さを肌で感じている。テロをなんとか、阻止できないの」

 ミイマがセッパツまった声で訴える。 

「ざまあねえな。アサヤセンセイ」

 高島のせせら笑っている声がひびきつづける。それにしても、高島どこにかくれてしまったのか。


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