第35話 サイコパス

35 サイコパス


 高島の家からの押収物。

 おびただしいピクチャが会議室のデスクに広げられた。

 ホワイトボードにも何枚か張られた。それほど、多くの写真だ。

 エログロ写真のオンパレードといったとろだ。それも小児愛。

 残虐で猥褻な犯行の記録がほとんどだ。


「ゲッ。これが校長の部屋からでたの」


 死体の写真は見慣れている刑事たちが絶句した。いままで死可沼でこんな猟奇的な犯罪は起きていなかった。起きていなかったのではない。起きていたのに気づかなかったのだ。行方不明の少女たちが、こん結末をむかえていたとは――。


 犯行におよんだのが名誉をある中学校校長だ。それも、人格者として評判の高い現役の校長だ。安堂ミホの腹部を解剖した写真もはってあった。


『ミホちゃんはバカだょ。校長先生の犯罪だとわかるように、校長バッチを飲みこんだ。でも綺麗なお腹を解剖できてコウフンしたよ』


 ごていねいに添え書きまでしてあった。高島のロリコン趣味、少女の若い肌の感触に異様にこだわることを示したメッセージだ。写真は血で汚れていた。何枚も見ているうちに、倉田が気づいた。


「おい。背景の床と壁がちがうだろう。この写真はフスマに張りつけてあった。和室だった。ミホのように解剖されたり、手足を切断されたりしている被害者は別室で犯行がおこなわれている。床もコンクリート。こんな部屋、見てないぞ」

「地下室があるのでしょうか。アサヤさんがV男は暗い地下室が好きだといってました」

 村木が応える。


「おい。V男ってなんだ。なんの符丁だ」

 ほかの刑事が問いただした。Ⅴ男のことはなにも知らされていない。彼らの語尾が荒立っている。

 

 高島の家は、正面に非常線の黄色のテープが張りめぐらされていた。立ち入りを禁止にされている。それで閉塞感があった。寒々と張りめぐらされていたテープが強い夜風にゆれていた。


 警官がふたり現場保存のために立っていた。刑事の一団がドット再び庭の土を踏み固めた。玄関へと急いだ。

 前回の家宅捜査では気づかなかった。


「係長。ここにこんな装置が」

 村木が声をとばす。床の間の床板がスライドした。地下への階段があった。

 地下室には営業用の大型冷蔵庫が二台も置いてある。

 純白のボディは光っていた。表面を毎日純白を保てるように布で拭いていたのだ。潔癖な性格をあらわすように床もぴかぴかの光沢をはなっていた。


 階上のゴミ屋敷のような部屋の不潔さとの落差、あるいは対比が異様だった。スチール製の机の上には大型アルバムがあった。乱暴した成人女性の裸体写真が貼ってあった。

 小児愛やロリコンかと思えば大人の女性も犯していた。二極に性格がわかれているのか。

 

 記念のつもりなのだろう。性器の奥まで写していた。なかには、膣穴から白濁した精液が逆流している写真もあった。あまりにも無残な、乱れた女体の写真に刑事たちは憤りを顔にあらわにした。まるで、手術室のようだ。ステンレスの解剖台が光っている。

 

 部屋の三方は鏡張り。露骨なほど明確に刑事たちの動きが鏡に映っていた。この部屋で女体をむさぼったらと……想像しただけで正常な感覚の刑事たちまで、異常なコウフンを覚えた。

「ここはおかしい。怪しい。気持ちが昂る。まるで、媚薬でも噴霧されているようだ」

 倉田係長がつぶやいた。


「ドエッチなこと妄想しちまいます。ヤリたいです」

 よりリアルに、係長の言葉に追従した独身の村木は、股間をモッコリさせていた。既婚男性刑事の侮蔑の視線を村木は浴びた。

 どう思われようと、かまわない。

 ヤリタイ。ヤリタイ。脳裏で巨大な女陰がヒクヒクしている。

 おいで。わたしのなかに、おいで。サソワレテイル。


 この地下室には、目に見えないが不気味な生物が潜んでいる。

 アサヤがいたら、ボダッハの存在を視認していたろう。

 おぞましい、モノの怪がこちらを窺っている。

 村木にべったりとへばりつく機会を狙っている。

 ほら、タコの脚のような触手が村木の男根にからみつく。

 ぬらぬらしたものが、不定形であるべき邪悪な存在が形を帯びてくる。

 そして、ふたたび、女陰となって、村木のボッキした男根にからみつく。

 射精したい。放出したいのを耐える。スラックスの上からでも、しごきたい。

のを耐える。ネットリトシタ淫らな感触が股間にある。イキソウなのを必死でガマンした。村木は恐怖のイメージに耐えきれず叫びだしそうだ。


 叫び声が喉元まではいのぼってきた。

 目には見えなくても害意は感じる。

 イメージとしてとらえているものが、あまりにも怪異だ。

 口を押さえて階段を階上に駆けあがった。他の刑事たちの冷笑が背中にへばりついた。かまうものか。どう思われようと、かまわない。彼は庭にでて吐いた。それでも、あの粘液質の触手の感覚が消えたわけではない。


 彼は、広い田園地帯の背後にある黒々とした断崖を見上げた。

 その上に建つ学校を幻視した。身動きもできないでいる村木を同僚の刑事が呼んでいる。


「おい。冷蔵庫開けるぞ。おまえ、開けてみろ」

 それはイヤガラセではない。パワハラではない。一日も早く新米刑事の村木が修羅場になれるようにという思いやりだ。村木はおそるおそる扉を……開いた。


 そこには彼が想像したとおりの人体のパーツが納められていた。


 それぞれ犯行の行われた日、被害者の名前、人体のパーツ名が細々と記載された荷札がついていた。犯行を楽しんでいるのだ。そのあまりにキチヨウ面な記録ぶりに、倉田は慄然とした。コイツはたしかにサイコパスだ。普通ではない。


 ベテランの刑事でも死体の部位を直でみるのははじめてだった。ゲボッとこみあげてくるものを嚥下している。耐えられないものは屋外までとびだしていった。

 村木はこんどは、必死で耐えた。

 竹串が置いてあった。高島はこれらの肉を焼き、食べていた。


 今夜は腿肉がいいかな、それともレバーにしょうか。

 別に残酷な話ではない。

 なにいってる――。

 人間ほど狂った惨酷な〈種〉はいない。

 人間なんか狂った猿だ。

 わたしは正気だ。

 牛のどこの部位がおいしいか、なんてホザクやっがいる。

 牛タン。最高。

 この子羊の肉。柔らかくてジューシー。どうですかこのレア感。肉汁があふれて。最高――だなんて得意になって話し合う。話ながら楽しそうに団らんのひと時をすごす。


 高島の冷笑が、加虐的な冷笑が渦まいている。

 この地下室での犯行の記録によって、ここ数十年にわたって死可沼で起きた女性、少女失踪の未解決事件が解決しそうだ。だが、高島は忽然と消えていた。どこかに潜んでいるはずだ。


 ロープ片手に首を絞める女性をさがしてサイコパスが街をうろついている。


 顔色一つかえずに人を殺すことのできる凶悪犯が街を恐怖のどん底に陥れた。凶悪な犯罪を平然と実行したサイコパスの面影など片鱗も見せなかった勤勉実直な教育者が街をうろついている。


「どうして、高島校長はうちの塾の生徒ばかり狙ったのかしら」

「地元の塾には学校の欠陥が直に、伝わってくるからな。じぶんの犯行に気づかれないかと不安だつたのだ。目の上のコブなのだろう。わたしを脅かすのが目的だったのだろう」

 すべては推測だ。憶測だ。


 黒元は記事にした。

 すでに高島の陰惨な連続婦女子殺人事件は、その犯行が発覚して逃亡中。

 高島が過去の由香里の事件にもかかわっているという記事を書いた。

 ボッにされた。


「推察を記事にするな」


 腹もたたなかった。地方紙としては上からの圧力には従容として屈する。冒険はしない。それが会社をブジ安泰に存続させていく秘訣だと社主をはじめお偉方は信じている。その信念に記者は遵守しなければならないのだ。

 たしかに、現役の中学校長の人肉嗜好殺人事件は社会的に刺激が強すぎる。

 これでは北川と同じではないか。守秘義務を盾にとって脅かされれば、なにも発言できなくなる。組織のなかで生きているとはそういうことなのだろう。

はたして、それでいいのか。

 自己保身だけでいいのか。

 いかに、刺激が強烈でも、冷静に現実をみつめた報道が望まれているはずだ。

 社会正義なんてはじめから死語なのか。

 ジャーナリストの正義感なんて。

 地方紙にあっては、お飾りのタワゴトなのか。

 死語なのか。


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