第34話 信じていたのに、淫魔だった。

34 信じていたのに、淫魔だった。


 署をでてから高島の自宅につくまで10分。

 プロハイリングの結果。じぶんの工場のロープで自殺した男性経営者兼工場長、高島は年代的にいって、いまの北中の校長の父親だろう。

 

 息子がそのPTSDでロープでひとを絞殺して吊るすという犯罪者になつたのだ。そう思ったのは村木だけだった。親の首吊り自殺。たったそれだけのつながりで、高島校長を疑うのは、どうかと思われるが、被害をうけているふたりの女子中学生が北中の生徒だ。校長ならなにか知っている。


 事件の解決に結びつくような話しを聞くことが可能だ。ワラをもつかむ思いだった。この段階では、警察ではキララが無事救いだされたことはまだ知らなかった。


 キララの救出はアサヤの功績だ。警察では、なにが起きているのかまったく認識できないでいた。

 ダメ元だ。だいいち、高島という姓は死可沼では極めて少ない。まちがいなく親子だ。これだけは確信が持てる。だが、校長がじぶんの学校の生徒を殺すだろうか。そんな疑問は露ほども持たなかった。父にロープで首吊り自殺をされた。そのトラウマで、高島がシリアスキラ―になった。そんな疑いはもたなかった。


 疑っていたのは村木だけだった。勘のいいアサヤ先生が戦った相手だ。まちがいなくなにかある。それが高島を疑う根拠だった。


 高島の家のある田園地帯は黄昏の薄闇のなかで静まりかえっていた。住宅の密集した街中なら夕食がはじまっている時間だ。

 校長の家は学校からさほど離れていない。校門の前の急な坂道を下ったところにある。崖の下だ。平屋建て。切り立った断崖の影になっているので、暗く陰気な感じがした。


 この辺りでは、周囲は闇に閉ざされようとしていた。パトランプの赤色灯がやけに目立つ。高島の家からははるか手前で、車は止めた。


 川の流れの音がやけに鮮やかに聞こえていた。周りが静かだからだ。川は西武子川だ。高島の家の庭は手入れがいきとどいていなかった。雑草が生い茂った庭を横切った。庭に踏みこみ、倉田と村木が気づいたのはにおいだった。それも、なにか腐ったようないやなにおいだった。玄関は施錠されていなかった。部屋に入る。


「係長、これってゴミ屋敷ですね」


 玄関を入って直の板の間はゴミの集積場のようだった。においもきつい。透明なポリのゴミ袋が乱雑につみあげられていた。足元で発泡スチロールの容器がキキュと音をたててくずれた。


 村木のことばを聞きながして、倉田は次の部屋に進む。和室だった。襖にロリコンを示す、少女たちの猥褻なピクチャがびっしり張りつけてあった。なんということだ。キマリだ。倉田は確信した。


「高島は妻子はいないのか」

「ずっと独身らしいです」

「におい、きついですね」

「ガスだ。タバコ吸うなよ。火気厳禁だ」


 倉田は叫ぶ。 腐敗臭だけではなかった。ヤバイ。ヤバイ。次の間がキッチンだった。ガスか漏れる音がする。元栓をきる。危ないところだった。あわてて窓という窓を開放する。新鮮な空気が流れこんできた。


「なんて男だ。証拠隠滅をはかったな」


 田畑から吹きよせる新鮮な空気が悪臭を薄める効果を発揮する。襖に張られたワイセツ写真が外からの風をうけて、一斉にひるがえった。パタパタと音を立てた。 

「倉田さん」

 このとき、こちらの動きを透視していたようにアサヤからケイタイがあった。

「先生、申し訳ありません。ブジでしたか」

「元気だよ。キララもなんとか救出したから。――でもあのパトカーは戻らないかも。あの二人は正体がわたしに見破られたから――」

「どういうことですか」

「これから、会えるかな」

「どうぞ、来てください」


「ニオウネ」


 高島の家の庭で二人は会った。

 アサヤに冷やかされた。


「においますか」

 倉田は苦笑い。いま村木たちを残してきた高島の家の話を手短にした。

「そうか、警察でも、気づいたのか。この街にサイコパスがいることを――。それにも、関係あるのだが」

 アサヤはついに過激派V男のことを話しだした。

「犯罪学からいえば、サイコパスがハビコッテいる。そういうことか」

「高島のようなシリアスキラアになって少女を襲ったり、ナイフをキラメカセ――人を襲う者、DV夫になったりする変質者です。そんなふうに考えればいいのかもしれません」

「潜在的な犯罪者が大勢いる」

「と、思ってもいいですね。ただその精神病質者が血を吸うことでその病を移すところが、唯の犯罪者とはだいぶちがいますよ。どんどん蔓延する恐れがあるわけで――。彼らが血を吸うだけてはなく、犯罪に手をそめだしている。はじめは、その程度に考えてもらってもいいと思います。ただ、なんとか、早く手をうたないと、――」

「情報ありがとう」


「どのていど、信じてくれたでしょうね」

 倉田を見送ってから礼子と博郎がアサヤに訊く。

「ともかく、警告はして置いた」


 吸血鬼化が流行病のようにはびこる。もうだれにもそれを阻止することはできない。倉田といれちがいにパトカーが、高島の家の駐車場の隅にとまった。

「あいつらだ」

 マヤは目ざとく視認して礼子にいう。


「センセイ。倒したわけでしょう」

「ぬかったな。首を切り落としておけばよかった」

「だめですよ。V男だって吸血鬼のはしくれ。斬りつけくらいでは死にません」

「おおいてぇ。なんていって、屈みこみ、ぶらさがった首をひろいあげたりして」

「ともかくここは引こう。ここでアイツラと戦うことは避けよう」


 V男がしたいことははっきりわかる。

 アサヤをなんとしても、大谷石の採掘跡、廃墟に拘束したいのだ。

 なんのために? 

 おそらく、邪魔になるのだ。アサヤの存在が目ざわりなのだ。二人のV男は首を振りふりこちらにやってくる。首の接着があまりうまくいっていないのか。


「いそごう。塾にもどろう」

 いまは、アイツラとかかわってはいられない。キララもブジに美魔たちが塾に連れ帰ったとメイルが入っている。


「なつかしいな。アサヤ塾の教室だ。昭和のテイストをそのままそっくりのこしていますね」 

「新しいビルのなかにそのままそつくりはめこんだ。床板いちまいあのころと変えていない」

「そうですね。外観はコンクリートのうちっぱなし。でもこれは砦ですね」

 さすが博郎。この建物のカマエを理解した。まるで、Ⅴ男との戦いを予期していたような堅牢な塾舎だ。


「どこに行っていたの?」

 訊ね顔で美魔が博郎を見る。

「美智子先生。V男たちは、いよいよテロ計画を実行に移す気です。不穏な動きがあります。いまのうちに、くい止めないと――」


 礼子が真剣な眼差しで博郎のことばに聞き入る。15年ぶりで会った恋人が年をとっていない。あのころのことが思いだされて、胸をしめつけられる。悲しみのあまり、毎日泣いていた。胎児に悪いからと母にいわれた。礼子は中学生で赤ちゃんを産み、未婚の母として生きる決意をしていた。


「過激派のV男たちは、員数からいっても、ほかの部族を圧倒するまでに増殖しています。オヤジの羅刹のタガがはずれて、やりほうだいの過激派です」

 美魔が悲痛な顔になる。

「やはり、戦うしかないわね」

 会話はいつしか作戦会議の様相をおびてきた。

 

 アサヤは警棒でたたかれた腕の痛みがあるのでよく眠れなかった。打撲の痕にはサロンパスをはった。それくらいでは、痛みは治らない。痛みはいま死可沼の置かれている危機に警告をかなでているアラームベルだ。


 警察の内部までV男が潜入している。潜入というのは、適切な表現ではない。噛まれている警官がいるということだ。噛まれれば、噛み親を消滅させないかぎり、時間が経過すればV男となってしまう。


 いままさに、死可沼はV男たちの侵略うけている。この瞬間にも、彼らは増殖している。この瞬間にも、彼らはなにかよからぬことを企てている。なんとかしなければ、ここはV男のまさにコロニー、狩り場になってしまう。


 いや、もうなっている。

 それが怖いところだ。

 インフルエンザのようにパンドミックスを起こしたらと思うと、慄然とする。

油断がならない。V男が急速に増殖すればわが街は、人間社会は完全に制圧される。侵略は完成する。


 ここは、アイツラの狩り場だ。コロニーだ。


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