第33話 事件は廃墟で起る。
33 事件は廃墟で起る。
そして明神ホテルの廃墟につく。ピョンと美魔がバックシートからとびおりる。
「あら驚いた、門が広々と開いているわ」
決して驚いていない声で美魔が門の中をのぞきこむ。広場にはただならぬ騒然とした雰囲気がただよっていた。
ヒロコたちがV男に十重二十重に囲まれている。これでは、レディースはキララ奪還に駆けつけられない。彼らこそ夜光族のなかの過激派にちがいない。明神ホテルの廃墟は過激派に占領されていた。
ヒロコたちも円陣をかまえ警棒を手にしてV男の攻撃にそなえている。円陣の外輪にはバイクをサークルに並べてある。大勢の敵を相手にするのには最良の布陣だ。ヒロコたちを襲うにはバイクを乗り越えなければならない。そこに隙が生じる。
バイクの音に気づいた。
ヒロコがうれしそうな顔をマヤに向ける。スーパーモデルのようなスタイルだ。
あどけないスゴク明るい表情をしている。どうやら間にあったらしい。
マヤはタンクにホースを入れた。ガソリンを吸いだした。
サークル状に停められたバイク群の周囲をガソリンをふりまきながら走る。
「アサヤセンセイ」
とヒロコ。マヤの意表をつく行動に驚いている。
「いや、マヤだ」
「ママとパパが監禁されている」
「パパ?」
「父が――博郎が生きていた。噛まれて、生きていたの」
マヤはすべて理解した。ペアレンツの救出行動なのだ。
ヒロコが優先させたのは、両親の救出だった。
「ホテルの中か?」
フロントの方角に視線をむけて訊く。
ヒロコがうなづく。
ガソリンに火をつける。 ――から。そのスキに突っ走れ。
ミイマは美魔となっている。いかなる非情なことも行動に移せる。美魔がジッポのライターを着火して放る。一瞬にして火の巨大な円がもえあがった。ヒロコたちにV男が迫る。
「させるか。いまのオレはマヤだ。阿修羅だ。容赦なく地獄に落す」
美魔&マヤ。V男にたいしては最強のエクスキュータ―だ。
ついに、マヤは隠し持った「鬼倒剣」を抜き放った。
左に木刀。右に鬼倒剣。二刀流だ。
炎をうけてマヤは赤く輝いている。美魔と出会ったころの若さになっている。
身も軽い。マヤは先頭のV男を真っ向から竹わり。返す刀で、カギ爪で襲ってきたV男を胴斬り。
姿は人間。だが、心の回路はちがう。斬っても悲壮感はまったくわかない。相手は冷酷無情のV男だ。
足元に火がつきV男たちは死の舞踏。
さしもの暴虐なV男も火にはかなわない。マヤと美魔がレディースの後ろをかためた。ジリジリと廃墟ホテルのフロントに移動する。
廃墟だ。ガラスはこなごなに砕けている。
備品は、ソファもテーブルも椅子も倒れている。
羅刹と百鬼がV男たちの過激派と戦った跡なのか。
フロントにはだれもいない。
羅刹がいたときとは、エライ変わりようだ。
あのピカピカ見えたフロントは羅刹のみせたイル―ジョンだったのか!
二階にヒロコが駆け上がっていく。マヤも追いついた。ヒロコの駆け寄る先には二人が椅子に拘束されていた。
「アサヤセンセイ」
思いがけない少年がそこにはいた。
「ヒロオ。よく生きていた」
衝撃的な再会だった。ヒロオは事故に遭ったときの高校生の姿だ。
たしかに、中学生とまちがえられそうだ。成長して大人にはなっていなかった。
だが、精神的には成長した大人の雰囲気を見せている。なにが起きたのかマヤは瞬時に理解した。噛まれたのだ。それで、死ななかった。
礼子も博郎も、布テープで動きを阻止されていた。拘束されているのに礼子は動じていない。むしろ、うれしそうだ。それはそうだろう。死んだと思っていた恋人が生きていたのだ。それも別れたときのままの姿で――。
二人はなにを語り合っていたのだろう。
いまのテープは粘着力が強く。これを巻きつけられると、動きがとれない。ヒロコがナイフでテープを切っている。ヒロコは手を休めない。一気にその作業をなしとげた。
「アサヤセンセイ」
博郎と礼子が万感の思いをこめて、こちらを見ている。
二人が同時に声をかけてくる。
「わたしは、いまはマヤに変形している。Daywalkerなのかヒロオは……」
「そうです。羅刹に直に噛まれた者だけが、昼でも自由に動けるのです」
「それなのに、どうして夜光のV男たちまで」
「わかりません、アイツラ過激派ですから。人に対する憎悪の感情が、アイツラを進化させたのでしょう。死可沼をじぶんたちのものにしようと企んでいるのです」
「それで羅刹の直系のヒロオが邪魔なんだ」
「話はあとよ」
美魔がふたりの話をさえぎる。
「V男がくる。くるわよ」
礼子がうれしそうに微笑んでいる。美魔の警告は聞こえている。
でもうれしくて親子三人は抱きあって喜びをわかちあっている。
それにしてもなんという親子だ。ヒロコと博郎、父と娘は同じ年頃に見えて、礼子は三十路に踏みいっている。
広場にパトカーが突っ込んできた。V男の円陣が乱れる。話半ばで北中の現場から立ち去った。逃げたとでも思われたのだろうか。警官たちはV男には目もくれずこちらにやってくる。
「麻屋与志夫。緊急逮捕する」
さきほど、マヤの腕を警棒で叩いた警官だ。いちどはじぶんの非をみとめた。謝罪した。これはなんとしたことだ。美魔が詰め寄った。
「釈明は警察で、するんだな」
みんな呆れてなにもいえない。逃亡の恐れがあるから緊急逮捕だというのだ。
「キララは?」
なにか気がかりなようすで美魔が訊く。
「死可沼病院に入院させた」
しらっと警官が応えてアサヤを引き立てる。アサヤは死可沼病院と聞いてからだが粟立つ。過激派のV男の群れに投げこまれたようなものだ。キララの危機はまだ去っていなかった。
キララが噛まれる。マヤはいち早く死可沼病院に駆けつけたい。しかし二人の警官に両側から拘束されている。二人の警官を倒して病院に駆けつけることはできる。でも、これ以上、事態を、荒立てる訳にはいかない。
視線の合った美魔にマヤは「急げ」と目でいう。
声を出さずに同じことを視線でくりかえし伝えた。
V男たちが「ざまぁみろ」と囃したてている。機をみて敏に動くレディースたちはバイクにまたがってアサヤを見送っている。
「いいから。はやく逃げろ」
警官がいなくなれば襲ってくる。
早く。
早く、逃げろ。
マヤはパトカーの後部座席からレディースに心の声をとばした。
「オレは警察で釈明する。すぐ解放されるだろう。心配するな」
マヤはアサヤにもどって穏やかに生徒たちを諭す。アサヤはこの二人の警官の態度にうんざりした。怒りさえ覚えた。ひとりはパトカーを運転している。ひとりはアサヤの隣に平然と座っている。手錠はかけられていない。逃げようと思えば、逃げられる。
パトカーの進路がおかしい。
死可沼の市街地に入らない。
黒川沿いを走っていない。
黒川に架かった橋を渡らなれば警察には着けない。逮捕するといっておきながら、自由は拘束されていない。やっていることが、法治国家の警官のすることではない。ここまで考えて、急に不安になった。
まさか、そのまさかかもしれない。V男? 警察にまで、V男の汚染は拡がっているのか?
学校の先生まで侵されているのだ。
でも、校長は木刀で襲ってきた。アイツはサイコだ。
V男ならカギ爪を武器とする。
警官はムゾウサに座っている。アサヤの横に体をつけているだけだ。ゾッとした。いまこの至近距離から攻められたら、カギ爪ではかわせない。恐怖の淵に沈みこみそうだ。
嫌悪する、V男だ。この警官はV男だ。悪夢の化身が警察内部までもぐりこんでいる。恐怖の底に突き落とされた。この恐怖に負けてはだめだ。勇気を鼓舞して深淵から浮上しなければ――。
「行く先が違う」
「いまごろ、気づいたのか」
「バァーカ」
ハンドルを握った警官がいう。
「大谷石の採掘跡地。われらが地下の本拠地に連れていってやる」
「敵に秘密基地の在りかをいうな」
「どうせ、コイツは生きて帰さない」
なるほど警察に行くのとは反対の方角にハンドルを切った。そこまで聞けば十分だ。バカはきさまらだ。先制攻撃だ。気性の猛々しいマヤにもどった。心を奮い立たせた。隠し持った「鬼倒剣」でふたりの首に切りつけた。
もうここまできては、情けは無用。
これは戦いだ。やらなければ、やられる。
死可沼の。おれたちの。存亡を賭けた戦いだ。
キリクチからは、青い血が噴きだした。彼らがV男であった、なによりの証拠だ。蛇行する車を正常に戻すと――。このとき、バイクがするすると近寄ってきた。礼子と博郎だった。
「先生」
と博郎。
「センセイ、ブジですか」
と礼子がやさしいこころづかい。二人は、連行されたアサヤを心配してついてきたのだ。
「パトカーはこのままにしておこう。やつらは融けてしまうだろうから」
マヤは博郎のバックシートにのる。
「校長は逮捕しなかったのかな」
「気になりますね。学校へもどりますか」
「いや、キララのことが優先だ」
「美智子先生がもう到着していますよ」
「死可沼病院の地下はやつらのアジトです」
その博郎も大谷石を切り出したあとの巨大な地下廃墟に、V男たちの巣窟があるとは知らなかった。
「いつのまに、あいつら昼でも平気で歩けるようになったのかな」
博郎はじぶんに問いかけている。
「娘がいておどろいたろう」
「過去の記憶は、ぼやけています」
「これから徐々に思いだすさ」
「V男たち過激派とは戦いですね」
「ああ、硬派の血がたぎるだろう」
死可沼病院のフロントに礼子と博郎がとびこんでいった。マヤがつづく。
駐車場にレディースのバイクが停めてあったのは確かめた。
「そんなバカな。たったいまですよ。女の子が緊急入院したはずです」
「うちの病院は午後には、まだ急患はきてません」
礼子が激怒している。看護師が横柄な態度だ。さらに、礼子を怒らせている。
このとき、美魔とヒロコたちが廊下の奥からやってきた。首をよこにふっている。博郎が、地下です。地下病院です。とおかしなことをマヤの耳もとでささやく。いつたん正面入り口から外にでた。裏側に回る。
ロープによる首吊り自殺が数件あった。ひとりはロープ工場の事業に失敗した男性経営者だが、あとは女教師と女子学生だった。この過去の事件を知り会議室はいろめきたった。それで、北中の体育館でなにか揉めている。と通報があったときに、倉田班は出動できなかった。同行できなかった。
村木刑事は電話にでた。
「なに、アサヤ先生を逮捕した」
緊急逮捕したアサヤがもうすぐ署につくはずだ。報告されて――あきれてしまった。村木刑事は誤認逮捕だ、と電話にわめくことは、しなかった。
「相手は北中の高島校長ですよ。どうみたって校長のいうことが正しいと判断しました」
「なに、いまなんていった」
「高島校長……」
「それだ。校長の名は高島か――アサヤ先生が戦っていたのは高島か」
「はい、じぶんは北中のOBですから。高島先生は立派な教育者です」
村木はみなまで聞かず、受話器を置く。
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