第22話 防犯カメラ
22 防犯カメラ
「なにか映っていたか」
「不審者はみあたりません」
警察ではミホが吊るされていた幸橋近辺の防犯カメラを調べた。
図書館入口のカメラ。
ホームセンタ―VIVAのフロント、園芸品売り場のカメラ。
ベニマル。マツキヨ。川上澄生美術館のカメラ。
しかしいずれも幸橋の方角は向いていない。
いずれも、店内、館内への出入りをチェックするために設置されている。ともかく、死可沼署はじまって以来の猟奇殺人事件だ。署の名誉にかけても早期解決をしなければならない。
異常殺人者が野放しになっている。市民の不安はいやがうえにも高まっている。午後6時を過ぎると街を歩く者がいない。ゴーストタウンのようだ。外灯だけが春の宵の街を照らしている。
カメラには幾ら丹念に調べても不審者は映っていない。
「女子中学生安堂ミホ殺人事件」
と――墨痕鮮やかに書かれた戒名が張り出された会議室。捜査本部に一本の電話がかかってきた。
「ミホちゃんらしい中学生がベニマルの広場で男の人と話していた」
その広場はヤンキーが溜まり場にしている。レディースのメンバーはあまりタムロしない場所だ。この情報に警察がくらいついた。犯人を特定出来るかもしれない情報だ。
ジャスコの廃墟跡でミホがV男たちに襲われた際に、パトカーでかけつけた倉田班が聞き込みにでた。ミホが吊るされていた橋から近いこともあって、さすがにゲーセンもその入り口付近からベニマル前の広場にかけて中学生はいつもより少なかった。それでも自転車に腰かけたまましゃべっているグループ、そのそばでナンパされるのをまっているものほしそうな女子生徒がちらほら見られた。
「チョット、いいかな?」倉田と村木が少年に声をかけた。
「ミホのことでしょう」
タバコ臭い男子生徒が応えた。ミホと同じ北中学の生徒とわかるバッチをエリにつけている。勘のイイ少年だ。ジャージの胸元に刺繍文字。加藤翔太。
「おれっちは、見てないけど、ここでソノ女の子が中年のオッチャンにナンパされていたの見た仲間がいるよ」
「その子はいまきてないのか。名前は?」
倉田はいきおいこんで聞く。
「ベニマルでパン買ってくるといってた」
倉田は翔太の手を引いてベニマルに駆け込む。
パン屋の脇に休憩室があった。飲み食いできるコーナーだ。
「トオル。このオッチャンがききたいことあるんだってよ」
ごく当たり前の中学生。眼だけがケバク光っている。
警察とはいわなかった。いわなくてもわかるだろう。
「ああ、みましたよ」
「どんな、男だった」
「暗がりだったので、顔はよくみられなかった」
「いつのこと」
「一週間前――」
ということは、殺される四日もまえだ。そのころから狙われていたということか。倉田は菓子パンとコーラを村木に買っこさせた。十時近く閉店間際なので20%引きだった。
「ごっさんです」
二人の少年はうれしそうだ。
「ありがとう。ほかになにか気づいたことがアッタラここにしらせてくれ」
名刺を渡しておく。トオルと加藤とわかれてすぐに、倉田と村木は栃木新聞の鹿沼支局に向かった。マスコミのシャキらしかったということばで十分だった。ここ死可沼には昨年の豪雨被害のような、よほどの事がないかぎり、外部から記者がこない。ということは、啓介だ。あいつが、なにかカギマワッテいたのだ。
「やだなぁ。倉田さん。ぼくを疑っていたのですか」
「おまえには、動機がない。なにか知っていたら教えてくれ」
「倉田さん。ジャスコの廃墟跡でさわいでいた北中のレディースを補導したでしょう。あのときぼくもいたでしょう」
「ミホはアノときの子か――」
「気づいてなかった……」
今度は啓介が唖然としている。
「そうか、あのときの娘か」
だが、啓介はミホとあの後いちども、会っていない。V男との遭遇について話そうと思ったが止した。正気を疑われる。啓介はどっぷりとじぶんが異界に足を踏み入れてしまった。そう、自覚している。だが、V男との遭遇を話すことはできない。それにしても、どうして、新聞記者と思ったのか。この街は建具屋の職人町だ。そのひとたちと、服装や雰囲気がちがったのだろう。市役所勤務、警察、先生と――地方公務員。銀行勤務のひとたち。そして街をかけめぐってニュースをたえず追っている記者。一般市民とは、どこかちがう。
刑事部屋の温度が冬に逆戻りしたようだ。冷え込んでいた。
ヘンタイ野郎を一日も早くあげるんだ。県警の刑事部長峰岸の檄がとんだ。
警察では、提出してもらった録画テープを調べている。
防犯や監視カメラの映像には怪しい人物は映っていない。
「どうやったら、川面から十メートルもある橋の欄干に人をつるすことができるんだ」
「それにあの橋はトマソンだ。橋に上がる階段は切り落とされている。並みの人間ではあそこまで死体をはこびあげることは不可能だ」
「倉田係長。そう言えば、県の鑑識の高瀬さんから報告がきてました。吊るしたロープの跡が、欄干の摩擦跡が、すこし深すぎる。なんども擦ったような傷跡になっている。とかいてあります」
「村木ちゃん。なんでそれ早く言わないのよ」
にわかに倉田がひらめいた顔になった。獲物をみつけた顔だ。目がキラキラ光輝を増した。事件当日の夜、残業をしていた図書館員がなにか、おおきな虫でもとんでいる音をきいたといってた。
「係長、河川敷ですか」
デカ部屋をとびだす倉田に村木が追いすがってきた。
「そうだ。あの橋のあたりだ。夜は街灯もなく、暗い場所だからな」
「虫の飛ぶ音にきけたなら、それはドローンじゃないですか。ミツバチの羽音からきたネーミングですから」
「総理官邸の屋上におちていたという、ドローンか」
倉田は古い記憶を呼びおこした。にわかに、こんどは帳場の全員がどよめいてきた。倉田の指示でみんな街に散っていった。
死可沼とこの近辺でドローンを所有している者を隠密裏に調べれば、なんらかの犯人特定の糸口を見つけだせる。春の爽やかな街に全員が散って行った。
刑事課に残った倉田はパソコンで調べだした。ドローンの所有者はなどという欄は見いだせなかった。それなら、販売店を調べる。ピンポン。なんと農機具店で売っている。でも、どうやったらロープをドローンで運べるのか。
犯行現場は人目に曝したくない。出来るたけ早く密かに現場を去る。それが犯罪を起こしたものの鉄則だ。それなのにこの犯人は死体を人目にわざと曝している。よほどのバカかじぶんは絶対に見つからないという自信がある。
それとも愉快犯。わからない。
すべての解明は犯行の手口を探し当ててからだ。
農機具販売業者から借りてきたドローンを手に、図書館員がその音をきいたという同時刻河川敷に倉田は班の刑事たちと集合していた。
春のおぼろ月が中天にかかっていた。
ドローンはなるほど、命名どおり軽いミツバチの羽音のような音をたてて高架橋である幸橋の欄干をひとまわりして戻って来た。括りつけて置いた園芸用のシュロノ木の繊維の茶色の細引きにこんどは太いロープをつないだ。そしてたぐりよせる。欄干にロープとの摩擦の跡がクッキリとついた。はずだ。これなら被害者を楽に吊るせる。内臓も血もキレイに抜き取ったのは重量を軽くするためではなかった!
運搬を軽くするためではなかった。
県の鑑識からは、首筋には生活反応がなかったと報告が来ている。どこか、別の場所で殺害されたのだ。
死体となった被害者ミホをここまで運んで来て吊るしたのだ。
自己顕示欲のつよい犯人なのだろう。
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