第21話 死可沼火葬場

21 死可沼火葬場

 

〈家族葬〉だからというので、通夜の時刻は公にされなかった。それに学生たちは夜遅くなるからということで出席は制限された。ごくごく身内だけでとりおこなわれた。そのためもあって、レディースはお通夜と告別式の出席を拒まれた。

 

 だから、火葬場にミホの仲間が集まるという情報が流れた。ミホとの最後の別れをレディースが火葬場でする。絶好の取材チャンスではないか。

 啓介は火葬場にかけつけた。ほかのプレスの仲間はすでに集まっていた。火葬場にハイエナのマスコミ関係者が群れをなしていた。

 

 このような猟奇殺人は、死可沼では、はじめてだった。

 ミホチャン殺人事件は異常過ぎる。

 ミホの先輩なのだろう。ポニーテールや、ツインテールのU20の女の子が火葬場には集結していた。旧車會のめんめんも男女とも戦闘服を着ていた。


「わたしらには、これが喪服」タサンタマリア・レディースを卒業していった仲間だ。もちろん、礼子もいた。集結と感じたのはバイクで来ている子が多いからだ。


「ミホはサンタマリアのレディースだったんだって」


 顔見知りの東都新聞、宇都宮支局の倉持が近寄ってきた。


「啓介さん。なんですかソノ包帯は……。バイクでころびましたか」

「おれのことなんか取材しなくていい。それよりこの会葬者からなにか聞き出すのが、さきじゃないか」

「おくれてきて、なにいつてるんですか。もう皆、そんなことはすませていますよ」

「なにか新しいネタはあったか。内臓がぬかれていた理由は……」

「じぶんの耳と口でたしかめてみたら」


 アマチュアみたいなこというなという顔で倉持は会葬者のなかにまぎれた。


 骨になったミホが焼却炉からひきだされた。


 ミホは白い骨の形だけになつていた。ミホの家は、母子家庭で、旦那寺がない。金もない。お坊さんのお経もあげてもらえない。マヤが消災陀羅にをあげた。あちらにいっても、災害にあわないようにという願いをこめた。短い間の塾生だった。あのときどきみせた恥じらうような笑顔が忘れられない。

 さすがレディース。涙をいっぱいに浮かべていた。泣き声をあげるものはいなかった。


焼き上がった真白な骨。


「焼入れだよ」


 リーダーのヒロコは悲痛な声。

 気合いをこめて小さく叫ぶ。


「押忍」

「おす」

「オス」


 異口同音。

 レディースの面々が応える。


 まだ熱い骨。


 白い骨。


 彼女たちは素手でとりあげた。


 肉の焦げる匂いがした。


 じぶんたちの体に、焼きを入いれることで、深くミホの死をキザミこむ。

 その異様な行動に学校の先生は、極端な嫌悪感をあらわした。

 とても考えられない、レディースの行動にパニック、恐怖すら感じている。

 報道陣もさすがに見守るだけで、取材は自粛している。


 彼女たちは最後の一人になるまで、ミホの骨を手でひろった。


 肉の焦げるにおいがする。


 彼女たちに残してくれたミホの想いでの形身。

 きつく口をむすんで、無言で骨をひろった。


「ミホ。あんたの骨はあたいたちが確かにひろったからね。仇は討つ。それがどんなあいてでも、命を賭けて、かならず倒す」


 墓地も仏壇もない。

 ミホの想いでは、彼女たちが共有する。

 いつも、ミホの骨を身につけている。

 それでいいではないか。

 残りの骨は親族の手で箸で拾われ骨壷に納められた。

 二人一組二膳の箸で親族が骨を拾う。だが身内も知人も少ないのですぐにおわった。


「ミホさんを殺されて、いまどんな気持ちですか」


 ヒロコに栃木テレビのマイクがつきつけられた。

 サンタマリア・レディースのリーダ―・ヒロコは沈黙。


「親友に死なれた感想を一言どうぞ」


 サブリーダのユカは無言。

 コメントを求めた東都新聞の倉持を見ずに、マイクをネメツケテいる。


「みなさん。レディースの仲間ですよね。なにか、いいたいことはありませんか」


キララにマロニエ誌の記者が話しかけた。


「一言でいいですから」


「ねえよ」


 キララが悲痛な声で一言応えた。


 心臓がはりさけそうな苦痛。


 悲しみ。


 憤りがマグマのように吹きだしそうなのを耐えている。

 わからないのか! 

 わからないのか!

 この激情を押さえるためのダンマリなのに――。

 わかってよ、プレスのおじさんたち! 

 メンバーの全員が、ミホの熱い骨を胸にだきしめて耐えている。

 うつむいて、下唇を噛みしめ、血がにじんでいる。

 一斉にバイクのエンジン音がひびいた。

 このとき、会葬者の中から甲高い声がひびいた。


「骨なんかどうする気。返しなさいよ。あんたらがミホを殺したのよ。あんたらの仲間にはいらなければミホは死なずにすんだのよ」


 ヒロコの胸倉をつかんでいるのはミホの母親。


「ミホの骨あんたらには、わたしたくない」


 ヒロコは目礼してその場を去りかけていた。


「返して。ヒロコを返して」


 すすり泣いている。大工の女房だっただけに、気が荒い。


「むごすぎる。むごすぎる」


 ヒロコは心を石のようにして耐えた。

 肉は滅びても、骨は残る。ダチとの結ばれたこころはいまもここにある。

ヒロコはミホの熱い骨をにぎりしめた。ミホのお母さんだ。逆らうわけにはいかない。悲しみのためにこわれている母親になにをいってもとりあってはもらえない。

だまって頭を下げて、その場をあとにした。


「逃げるの。逃げるの」


 ミホの母親はまだ泣き声だった。

 母親の嘆きと苦悩の深さを思うと、会葬者たちは顔をふせて、うつむくことしかできなかった。


「イクワヨ」


 ヒロコが気合いをいれて叫ぶ。


「おーす」

「押忍」

「オース」


 レディースの面々の気勢が唱和した。

 バイクの一団が春の街に散っていった。

 コメントを取れず記者たちは茫然としている。

 ミホの骨壷をかかえた母親がレディースの去ったあとをまだウラメシそうににらんでいる。ようやく、歩きだして、霊柩車に乗りこむ。参列者のすすり泣きがおこり、ともすればもらい泣きしそうなのをマヤはこらえた。

 

 犯人はどんなことがあってもわたしたちで探す。マヤ塾の総勢でこの街をさがす。犯人はこの街にいる。そう思うと泣くよりも激しい怒りをおぼえる。この街で過去にもこうした少女が犠牲となった事件が連続して発生していることをしったいま、悲しみどころではない激怒にかられる。邪悪なものがこの街に住んでいる。許せない。


「中学生がレディースかよ。バイクが許されているのか、この街では」


 コメントをとれなかった腹いせをプレスの面々は行政にブチッケテいる。


 ヒロコのポッケでミホの骨が熱い。

 ユカのポッケでミホの骨が布地を焼いている。

 キララのポッケでミホの骨が燃えている。

 アイドリングしてヒロコを待っていたバイクが一斉にスタートした。

 レディースの仲間は唇を噛み復讐をこころでちかっている。

 アタイたちのマブダチを殺したのは誰だ。

 誰であれ、見つけだす。

 こんなせまい死可沼だ。

 この街に、犯人はいる。

 まちがいなく、いる。

 ナガシの犯行であるわけがない。

 ミホをヤッタ犯人はこの街で息をしている。

 潜んでいる。

 いちばん、うたがわしいのはV男だ。

 吸血鬼だ。

 この街に、キュウケツキがいる。

 なんてこと、世の常識の代弁者。

 プレスのひとや、サツカンに訴えても、バカにされるだけだ。

 だから、なにもいえない。

 いいたいことは、かずかずあるが、いえない。

 復讐はわたしたちにゆだねられている。

 犯人をあぶりだし、逃げたら地の果てまでも追いかける。

 おいつめてトドメをさす。

 レディースはパイプの先を斜めにカットした。

 そして磨いた。

 いままでのほかのグループとの乱闘なんてお遊びだった。

 必殺の決意だ。

 エンジンの咆哮も高らかに――。

 レディースはモノウイ春の街に二人一組で散っていった。


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