第16話 博郎に捧げる花束
16 博郎に捧げる花束
ミホに死なれた。悲しい。ミホは裸体で血も内臓もぬきとられた状態で、橋に吊るされていた。橋の名は幸橋だ。けっして幸福でなかったミホの十四年を思った。
博郎は黒川の上流。平成橋のたもとでトラックにバイクごと激突した。自爆死。自殺として警察では処理した。悲しかった。美魔が合掌している。平成橋が近寄ってくる。ああ、ここで博郎がバイク事故で命をおとした。鎮魂の祈りをこめて、マヤも合掌した。
教え子に二人死なれていた。それも理不尽な死にかただ。
「教え子に、ここで死なれました」
マヤはボソッとハンドルを握っている黒元にいった。
「あのバイクかな」
黒元がいう。杉並木は鬱蒼として暗い。ヘッドライトの光軸の先にヘルメット姿。若くして死んだ博郎の疾走する勇姿を彷彿とさせる。まちがいない、鉄だ。博郎にそっくりだ。ゴーストライダーを見た思いだ。平成橋を通過する。坂を上って左折する。日光方面に例弊使街道をさかのぼるらしい。
ヒロコは鉄の先を走っているのだろう。いつでも先頭をきって走るヒロコだ。
このあたりは事故や怪奇現象が多発する。
むかし、日光東照宮への街道を切り拓き、両側に杉の苗木を植えた。
その労働の過酷さのために使役に駆り出された農民が犠牲になった。
その死んだものの地縛霊がいまでもデル。
霊弊使街道などと呼ばれている。
交通事故も頻繁に起きる。杉並木の街道が暗黒のトンネルのようにうねっている。鉄のバイクがスピードをゆるめた。前をいく車が、鉄にはみえているにちがいない。杉の巨木の根元を左折する。
「北関東随一の廃墟『明神ホテル』に向かっている」
廃墟ハンターの黒元が興奮している。
「わたしの今回の目的地です。偶然にしてはできすぎているな」
廃墟は山間の広い空間に九階建ての威容を見せていた。月明かりのもとで窓群は破れ、ぼっかりと骸骨の眼窩のように見えた。鉄の門扉は赤錆びた太い鎖で閉鎖されていた。門柱には『明神ホテル』と真鍮に刻まれたパネルが埋めこまれていた。真鍮だから錆びていない。月光に光っている。
見覚えのあるバンがそのかたわらに停まっている。啓介を死可沼病院から連れ出した車だ。車の中にはだれもいない。
「どうする」
マヤがつぶやくように黒元と美魔にささやいた。
ヒロコがいた。鉄とヒロコの二人は、鉄は門扉を開放しようとしている。侵入する気だ。バンは停めてある。ヒトカゲガナイ。この柵のどこかに人が潜れる箇所があるはずだ。あわてるな、チョット待て。鉄に声を掛けながらマヤは柵にそって暗闇を左に動く。あった。何本か柵の鉄柱が抜かれている。
人がもぐりこむには十分だ。鉄が強引にその峡間をバイクでくぐりぬけた。その姿に、マヤは博郎の面影を見ている。
もうあんな悲しいことはゴメンだ。なんとしても啓介を助けだしたい。真実を報道することの出来る記者だ。みんなオレノ教え子だ。鉄たちともども、無傷で帰還したい。
黒元と美魔とともに鉄柵をくぐりぬけた。春とはいえ、夜。冷たい風が吹きわたる荒涼とした広場に出た。ここにも人影はみあたらない。まさに廃墟だ。
広場を横切り前庭にでた。ヒロコと鉄はフロントにバイクをのりいれた。月明かりにだけに照らされていた薄暗いフロントに照明がついた。どうやら、歓迎してくれているようだ。扉が開いた。マヤと美魔、黒元と鉄の四人は廃墟ホテルに足をふみいれた。
啓介いま行くからな。
ブジでいてくれよ。
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