第15話 死可沼総合病院での怪奇現象

15 死可沼総合病院での怪奇現象


 マヤが病室からとびしたのと――。

 黒元がかかえ上げた啓介が顔を上げる。ほとんど同時だった。

「今晩は」

「おまえだれだ」

 別人だった。黒元の知っている啓介ではない。取材に街をとびまわっている記者ではない。顔がみように生白い。病的なほど青白い肌。眼だけが獰猛な光を放っている。そのアンバランスな容貌が不気味だ。

 隣室の患者らしい。美魔をジイッと見つめている。


「美魔とは昼間友だちが会ってます。噂通り美人ですね」

「あんた、だれよ」

「だからぁ、美魔がジャスコの廃墟、カタコンベで会った夜光族の……」

「ゲ、バンパイア」

「はいー。夜光族です。『光』じぶんたちのいちばん忌み嫌うものをわが部族の名前としたヒネクレタ一族です」

「解説、ありかどう」


 美魔の脳裏にはあの陰気な暗闇で、闘争寸前までいったカタコンベの住人、夜光族の顔が浮かんだ。


「啓介でなくても、黒元さん。あんたでもいいや、吸わせてェ」


 薄気味の悪い声をV男がだした。まるで、オカマ言葉だ。

 美魔の携帯が鳴ったのはこのときだった。


「啓介をうばわれた」

「啓介をどこに連れ去った」


 黒元がマヤの携帯の声をきいて、V男を問いつめる。


「教えて」


 美魔がなだめるようにやさしい声をだす。


「わたしの血でよかったら、いくらでもすわせてあげるのに」

「博愛精神かよ。あんたの血を吸ったら、おれたちは生きてられない。それを知っていて、からかってるんだろう」

「ホンキでそう思ってるの。試してみたらどう。あんがいオイシカッタリシテ。あんたたち、ヒトとの争いはやめられないのかしら」


 美魔の声が哀調を帯びる。長いこと悩んできた疑問だ。こんな下っ端のV男に訊いたところで明確な応えがもどってくるはずがない。

 マヤは焦っていた。このままにしたら、啓介が危ない。いちどは、助けてやった男だ。車のナンバーは写した。警察に届ければ――。だめだ。動きだすまでに時間がかかり過ぎる。ケイタイをひらいた。サンタマリアを束ねる香川鉄に連絡した。携帯を握りしめマヤはいままでの経緯を簡潔に説明した。


「レディースとおれたちサンタマリアの全員に招集かけます。神沼の街を走っている仲間だけで三十人はいますから」


 心強い返事がてきぱきともどってきた。あれから、ミホを殺した犯人を必死に探している。聞き込みに街を走り回っていたのだ。マヤも美魔も黒元の車で行動をとものにすることにした。


「どうして、こんなにV男がいるのですか。いまになって現れたのですか」   


 黒元が車を運転しながら、疑問に思っていたことを口にする。

 アサヤが一呼吸置いて応える。古い記憶をいまになって、話しだす。


「この街は補陀洛山の開山で村落として整ってきた。補陀洛山が二荒山となり男体山となってきたわけだが、勝道上人が開山に手こずって七年も歳月がかかつたのは黒元さんがまえにいっていたように、やはり蝦夷を攻めながらだったからだ。そして蝦夷には鬼が共棲していたから、勝ち、道を切り拓くたびにソノオニヲ封印しなければならなかった。それで手間取った」

「そのあとは二荒神社のそばに東照宮を建立する際に、天海僧正が再度、鬼を封印した。それからだって、四百年近く経っている。やはり封印にほころびが生じたとみるべきなのですか」

「それが正解だろう。それにこの街のひとの倫理感や文化意識が脆弱にになったこともある」

「脆弱?」

「ああ、弱まったからな」

「なぜですか?」

「学校の部活動で文化部がなくなった。文芸部、演劇部、新聞部、弁論部、英語部。英会話クラブ、読書部。全部廃部になった」

「そこをV男たちがつけこんで、のさばって歩くようになった」

「ともかく、町内にある神社などをつぶして集会所にしたり、古い家を壊したり、街路樹もバサバサ切り倒す。そういう街になってしまった。話にならない」


 日光方面にぬける橋に監視を置くことにした。

「御成橋、ユカ。Watcherにつきました」

 橋を通過する車に注意している。不審な車を見逃すまいと意識を集中している様子が声からうかがえる。レディースのサブヘッドの声が緊張している。

「府中橋、キララ着きました」

 宇都宮、大谷にいく街道もおさえた。ユカもキララもこれが殺されたミホのリベンジだとわかっている。そのためにこそ、彼女たちもこの宵闇の訪れた時間に街を探索していた。報復を誓った。これは、戦いだ。だからこそ、マックステンションが上がっている。


 このままにしておけば、この街はまたたくまに、Ⅴ男に侵略される。おれは、最後のひりとりになつても、この街を守る。それが、先祖からおれが受け継いだ遺伝子だ。勝道上人の意志だ。いままで築き上げてきた文化をコワスということは、滅びの道をいく。滅びを受容するということなのだ。文化は芸術とおきかえてもいい。中学、高校の文化部が廃部になったときに、この危機はばじまつていたのだ。もっとそのことに早く気づいていれば――。


 街から本屋がなくなってしまった。映画館が消えた。喫茶店で文化的な話題を語り合う若者が消えた。刺激的な快楽にのめりこむ。こうした状況がV男に「時こそ来たれり」と活動を始めさせたのだ。

 彼らの怖さを語り継ぐものがいなくなったのだ。文化活動がおおきな意味ではV男の怖さを伝承してきた。民話と踊りの中にも――。鬼はいた。伝承を守ることは鬼に対して〈結界〉をはるようなものだったのだ。

――それが決解したのだ。


「どうかしましたか」


 沈黙したままのマヤに黒元が話しかける。

 病院から啓介を拿捕した連中を捕まれば解答がでる。だれがミホをやったのか。マヤもくやしい。ミホを手中から奪はれた。そして無残にも殺された。おれの生徒の仇は、おれが取る。


「平成橋にはだれがいった」


 礼弊使街道に直行できる道に架かった橋だ。


「それが、みんなゲンをかついでいきません――」

「おれがいきます」

 鉄の声がケイタイからひびいてくる。

「わたしも――」

 ヒロコの声だ。

「おれも追尾するから」とマヤ。

「いま街の駅『新死可沼』を走っています。北上します」 

 

 みんが平成橋を忌避するのもムリはない。十五前にサンタマリア初代総長砂崎博郎がバイクで自爆した場所だ。センパイの霊魂を鎮める意味でサンクチャリになっている場所だ。みだりに、だれも近寄らない。聖域なのだ。


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