第13話 羅刹との死闘

13 羅刹との死闘


「命のやりとりをする前に、ひとつだけ訊いていいかな」

「なんだ、いまさら、恐くなったか」

「どうして、ミホをあんな残酷な殺し方をした。血を飲み、内臓をえぐり――」

「まて、まて。なにをいっている。そんなことは知らないぞ」

「あげくのはて、橋に吊るした」

「ああ、あの事件か。あれをおれがやったというのか」

 

 羅刹に全面否定されても、にわかに信じることはできない。

 ミホの死体を目撃した。橋桁からロープで吊るされていた。

 時計の振子にように風に揺れていた。血も内臓もぬかれていた。

 あの、死んだミホを見てから、マヤは、夜光族のコロニーを探し当てた。

 そして彼らを脅迫した。

 訊きだした。

 やっとここにたどりついた。


「もし、羅刹さまがいるとしたら、残虐な事件のあった場所。そこが魔界への通路。むかしから魔人がすんでいたといわれる。南魔地区です」

 

 ここが羅刹の隠れ家だった。

 

 鬼怒川の河川敷に放置してあった女児の遺体。

 当時小二年生の彩子チャン殺しの犯人。

 金ヒロシが5年間も隠れ住んでいた家だ。

 いまは、住むものなく廃屋となっている。

 そのはずだったのに、V男がいた。

 羅刹の配下だ。

 こうなると、金ヒロシの単独犯としての裁判での確証も怪しい。

 そして羅刹の出現。ミホ殺しを羅刹に「やってない」と否定されてもにわかには信じられない。


「ウソだ。羅刹。お前の犯行だ」

「おれは人外の存在だ。ひとの法律では裁かれない。あえて犯行を隠す必要なんかないのだ」


 日没前の弱々しい光量になった。春の夕暮れどきだ。教え子を殺害された。過敏に反応して現実を認識できないでいるのか。改めて、恐怖がマヤの体をふきぬけていく。仮に、羅刹が真実を伝えているとしたら――ほかに、あれほど残忍な犯行を犯すものがいるとしたら、この死可沼はどうなってしまったのだ。


 関東平野の北端にある小さな田舎町だ。日光高原の舟形盆地に発展してきた街だ。全国生産の80%を占めるといわれた〈大麻〉の街としての存在は、70年前にビニロンやナイロンなどの合成繊維の出現の影響で、衰退を極めてしまった。


 戦後、繁栄した建具の生産もアルミサッシにとって代わられてしまった。

 世の移り変わりにしたがって転業することを怠ったツケがいま現れている。

 経済的には貧困家庭が多く、街そのものが混迷にオチイッテいる。かつての繁華街、死可沼銀座はシャッター通りとなっている。

 

 その街に暗い夜の帳が下りようとしている。そして、ここは魔の字のつく南魔地区だ。マヤは戦意を喪失した。あれが羅刹の行為でないとしたら、戦う意味がない。廊下から肉を噛みながらV男がでてきた。両手をあげて大きく背伸びした。竹串の攻撃にあい失神していたのだ。


「ああ、痛かった。羅刹さま、不覚をとってすみません」

 ブルッと体を揺する。バラバラと竹串が足元におちた。

「羅刹さま。この敵は」

「百鬼、女の子の血をすって、ハラワタまで餌食にしたものがいるか」

 これが百鬼か。羅刹の身辺警護をする百鬼。どうりで、傷から癒えるのが速い。

「とんでもない。そんな惨いことをするものは百鬼にも夜光族にもはいません。いるとすれば、夜光の中の過激派なら――あるいは……」

 

 その百鬼がオドオドと応えている。羅刹がよほど恐いのだ。

 これで日本の吸血鬼のカーストが全部出現したことになる。

 夜光、百鬼、羅刹。


「どうして、そんな姿に――」

 百鬼は串をふるいおとしても、まだ青い血が衣服ににじんでいた。


「そいつが、そいつたちが隠れ家に乱入してきたから」

「なにぬかす。啓介の腕の肉を抉って食べたのは、だれだ」

「なんて……バカなことをした。だから、われわれは人間に狩られるのだ」

 

 羅刹が百鬼をねめつける。両眼から黄金のビームが放射される。

 黄昏の空の下でマヤは沈黙した。戦意をあいかわらず喪失したままだった。そのとき、ふいに夜光の群れがわいてでた。ジャスコの地下で脅かして、この廃墟をききだした連中だった。恨みを込めた赤く燃える瞳でマヤをにらんでいる。


「日が落ちた。われらが時だ。さきほどみたいには、イカナイゾ」

「どういかないのだ」

「羅刹さま。おいでになっているのでしたら、なぜ連絡してくれなかったのですか」


 口々に羅刹に追従する。マヤは夜光太郎配下のV男たちを睨みつけた。声をあらげて問いかけた。マヤは薄闇に目を凝らした。かれらは十数人いる。なにも武器はもっていない。カギ爪と目が不気味に光っている。


「まだ、あまいな。夜行族が参戦するまでの時間稼ぎにひっかかかったな――」


 百鬼と夜行族が襲撃に転じた。百鬼は鬼のニタニタ笑い。

 竹串はつきていた。


「もういちど訊く。ミホをやったのは――」

「ウソはない。それだけはほんとうのことだ」

 夜光たちも一斉に、そうだ、そうだ、というように肯いている。

「おれたちはヒトは殺さない。ただすこしだけ血を吸わせてもらうだけだ。人はひとが殺す」

 

 迫って来る夜光の股間をけりあげた。グシャというような衝撃があった。その足で二段蹴り――アゴまでけりあげた。夜光はのけぞって仰向けにドサッと倒れた。

これでひとり。マヤはつづけて回し蹴り。たてつづけに連続技。風車のような軽快な回転。歯車のような重々しい蹴り。四人倒した。ひとり倒すごとに2年くらい時間が逆行する。マヤは敵を倒すたびに若返っていく。


「おまえ、ほんとうにレ―ジェント・マヤなのか。歳が若すぎるではないか」

 百鬼が気づいたらしい。

「もしかして……噛まれているのか」

 マヤは沈黙する。夜光がおお過ぎる。回しげりの一回転、一回転。一閃、一閃。

そのつど、夜光が倒れていく。恐るべし、マヤの蹴り技。だが、夜光たちも態勢を立て直した。

 

 カギ爪をさらに長く、伸ばして襲いかかってきた。そして白く光る牙、下唇の外にまではみだしている。あのカギ爪で、牙で負傷したら、助からない。

 それほどの殺傷能力のある武器だ。おおぜいの敵を相手にするときは、ボスを狙う。定石どおり、マヤは羅刹に向かった。長い髪をオールバックにした芸術家風の顔立ち。これが羅刹の変形だということはわかる。

 

 コイツはギャングレル(変身可能者)だ。

 

 だが、コケオドシの凶悪な顔よりこの顔のほうが恐ろしい。

 滑るような動きでマヤは羅刹に走り寄った。足技とみせて、ここではじめて、正面突きをはなった。羅刹はよけた。耳を強打した。


「ウウ、いてえ」


 羅刹が笑っている。耳の脇をながれる手首をにぎられた。にぎったとたんに、手首を腕ごとねじられた。さからえば、肩の関節が砕かれる。腕がくじかれると判断した。ねじられるまま、マヤは体もそれにしたがった。ねじられたほうに体を回転させた。羅刹の背後に着地した。


「ほう、素直だな」


 感心したような声をだして、羅刹が後ろげりで襲ってきた。そして中断回しげり。めまぐるしく連続技をかけてくる。夜光のV男にはあまり体技はととのっていない。コイツは、羅刹は別格だ。やはりギャングレルだけのことはある。


「あとは、まかせる。適当にかわいがってやれ」

 羅刹はサッと身をひくとすっかり薄暗くなった露縁に腰をおろす。

「おれがやるまでもない」

 といった残虐な勝利の笑みをうかべていた。高みの見物というところか。夜光たちが勇み立った。臭い息を吐きながらマヤに迫ってくる。この場所を、羅刹と百鬼は、かれらのアジトとして住みついているのを世間に知られたくないのだ。

 

 だいいち、夜光たちですら、羅刹がここにいるとは知らされていなかった。

 夜光たちは「もしかすると」ということで、ここをマヤに知らせたのだ。

 マヤに脅かされて、ここを知らせてしまったのだ。

 それなのに、この場所をいくら脅されたからといい、マヤに告げてしまった。

 羅刹さまに咎められる前に、シマツする。

 そんな打算が彼らをより凶暴にしている。彼らには、体技はない。

 でも、鋭利なカギ爪の一閃がある。白く光る牙の一噛みがある。

 

 一斉に襲ってきた。

 カギ爪の白い光が目前をながれる。

 カチカチと音をたてて牙がせまる。


 一台の乗用車がこの乱闘の現場に突っ込んできた。

 黒元だった。

 啓介を死可沼総合病院の緊急センターに預けて、引き返してきた。警察に110番することも考えた。しかし、廃墟ハンターの意地が許さなかった。いままでにも仕事柄、警察とはもめ事が絶えない。これ以上のトラブルはごめんだ。でも、啓介を助けてもらった恩義がある。

 

 あれからドウナッタカ?

 

 職業からくる興味もある。見えてきた。マヤは大勢の影にとりかこまれていた。戦っている。アイツラ、やはり吸血鬼だ。やはり入り合いの鐘の時刻をすぎると、この地は魑魅魍魎が跋扈する地域だった。それは芭蕉の昔から、もっとさかのぼって、日本書紀の時代から鬼の棲家だったのだ。じぶんの考えが正しかった。黒元はクラクションをならして闘争の群れの中に突っ込んだ。


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