第7話 博郎の死の真実が明かされる。アサヤ、hardシエールを脱ぎ捨てる。

7 博郎の死の真実が明かされる。アサヤ、hardシエールを脱ぎ捨てる。


「クイーンなのか」

 

 吸血鬼がのけぞり、タタラをふんでいるすきに、逃走して、ミイマと帰りついたわが家だ。門扉の人影が近寄って来る。


「アサヤ先生。なにかあったの」

「礼子さんこそ、どうしたの」

 

 門前で立ち話できるようなことではなさそうだつた。礼子の顔は緊張にひきつっていた。なにか、ハードボイルドになってきた。


「センセイ。ヒロオのこと思いだしてよ。あのときと同じことが起きそうなんだ」

「レディースのだれかが、自爆するってことか」

「十五年たってるからね」

「どういうことなの」

「美智子センセイはバラの花が好きだから、サツキの花を好きな人の気持ちがわかりますよね。サツキの花のブームは十五年に一回訪れると父に教わったの。ヒロオが死んだのは、真っ赤なサツキの花盛りの季節。あれから十五年たった」

 

 死可沼はサツキの日本一の産地だ。真赤な花が咲きサツキのブームとなると、15年に一度この死可沼に吸血鬼が帰還する――。


「もうそんなになるのか」

「センセイ。のんびりしてられない。あれはね、自爆なんかじゃなかった。わたしを救うためにヒロオはヒーローとなって戦ったの。相手はね、吸血鬼だった」

「宇都宮あたりの暴走族のニックネームか?」

「ちがう。リアル吸血鬼。そして十五年ぶりで赤いサツキの花が街に咲くことになるわ」

 

 アサヤとミイマは顔をみあわせて絶句した。


「…………………」

「どうしたの、センセイ。なにかあったの? 帰って来た時、殺気を感じたよ」

 

 実はと、アサヤは吸血鬼との先ほどのファストコンタクトについて話した。


「やっぱりね」

 

 ミイマがクイーンと呼ばれたことは伏せて置いた。


「センセイも吸血鬼を認めてくれるの。どんな形態の吸血鬼に遭遇したの」

 

 ここで礼子のことばを肯定すると、常軌を逸したトテツもない結論になる。まだアサヤの頭では、死可沼に吸血鬼が出現したということを完全には認められない。 帝繊の大谷石の倉庫群の立ち並ぶ川ぞいの小道で、吸血鬼と争って来たことがまだ信じられない。

 このとき、夜空に北関東特有の雷鳴がとどろいた。雷鳴は豪雨を呼び寄せている。日光山系から冷たい気層が吹きだして天候が一変する。


「ひと雨きそうね。礼子さん、部屋にどうぞ」


 暗い夜空に光のサンゴが輝き、ふたたび雷鳴がとどろいた。大粒の雨がふいに降り注ぐ。アサヤは門扉を固く閉ざした。


 庭に面した窓ガラスが稲光を映し、雷鳴にビンビン振動している。四階の教室の隣り。ミイマのアトリエにあがっておどろいた。


 50メートルさきの日本ロマンチック街道は雨が降っていない。

 ホコリを舞いあげてダンプが行き来しているのが外灯の光を透かしてみえる。


「くるわよ。この雷雨はこの上だけ。つぎは、コウモリ……」

 

 窓を早く閉めて。全部閉めるのよ。カギもかけて。ミイマは大声をはりあげる。

 ミイマの警告が発せられた。ほとんど、同時に窓ガラスをコウモリの羽が叩いた。コウモリの中には早くも吸血鬼の赤目になっているものもいる。


 変身した。吸血鬼の形体となった。

 金網のはいった厚さ2センチもある防音防災ガラス。

 その網目をベランダにふってわいたように現れた吸血鬼は数えている。

 なんでも数えられるものは、数えたくなる。数えて確かめる。オカシナ習性だ。


「許可しなければ、部屋には入ってこられないから」


 でも、コウモリは増えるばかりだ。庭では、強風が吹き荒れている。

 乱れた髪のように庭木の繊枝が葉とともに揺らいでいる。

 ところが、バラだけは動いていない。


「バラ、呪縛」

 ミイマが叫ぶ。

 

「バラバラバラバラバラバラバラ、なんじ、天国の花園でバラのトゲに刺され、みずからの血を吸ったものよ。堕天使よ。闇の世界にもどれ。バラバラバラバラバラバラバラ」


 庭のモッコウバラがそのツルを伸ばす。ミイマの声に反応しのだ。防音ガラスを透してバラに指令をだした声が通じたのか。


「スゴイ。ミチコ先生。バラのツルで家がおおわれた。バラのトゲでガードされている」

「バラガード。ニンニクを軒先につるしておくのと同じ効果があるの」


 ぎざぎざした閃光が空にキラメイテいたのが、低く垂れこめた暗雲とともにひいていく。

 ツルバラが触手のようにのびてきた。吸血鬼にからみつく。嫌悪の表情もあらわに彼らは退却する。逃げだす。ミイマには覚えていろ。という、吸血鬼の捨て台詞が聞こえていた。


「レディースのミホって子が行方不明なの、センセイ。心配掛けると思っていえなかったの。でも吸血鬼と遭遇したいまなら、いえる。報告できる」

「その子のことが心配でわたしたちのところへきたのね」


 ミホは母子家庭の子だ。大工だった父親が工事現場で転落死していた。アサヤは授業料は免除した。成績はヒロコに次いで優秀だ。

 礼子が子どものようにコクンと肯く。


「警察へは? とどけたの」

「レディースだから男のところへシケコンデいるのだろうと……相手にしてくれない」


 門の外を吸血鬼がまだ未練がましくうろついている。もちろん、ごく当たり前の人間の男の姿だ。ただ、外灯の光を浴びているのに、彼らには、影がない。


「まさか、アイツラのしわざじゃないだろうな」

「そのまさかかな……と、疑ったら、ヒロオのこともあるので、心配で相談に来たの。来てよかった。センセイが今度は味方してくれる。あのときは、孤立無援。ヒロオが犠牲になった。こんどは、負けないわ。娘のヒロコにこの件、打ち明けていいですよね」

「鉄パイプをもって、塾の駐車場に集合するように携帯してくれ」


 アサヤが若やいだ声で命令する。まさにそれは、espionageとしてアメリカのCIAの諜報活動していた頃の口調がよみがえっている。若返ったようだ。からだに精気が満ちてくる。

 こんな夜、遅くですか、と礼子はいわなかった。

 そんな常識は無視しなければならない非常事態が勃発しているのだ。


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