第6話 美智子さんはレースクイーンではなくてバンパイア・クイーンであった。
6 美智子さんはレースクイーンではなくてバンパイア・クイーンであった。
アメリカ。ルイジアナ州のとあるサーキット。
いまでもスーパーモデルといわれてもだれもが肯首する姿態のミイマが外人レーサにナンパされている。
若き通訳アサヤ登場。その場をなんなく治める。
「アイウオンチュトアンダマイスキン」
アメ公のレーサーは未練たらたらだった。
「わたし大木美智子。母が日本人なの。ありがとう」
由緒正しい東京弁。母親は東京生まれなのだろう。
「ナット。なっと。納豆」
ノットアットオールといっているつもりがドモッテいた。
美智子はそれほどの美女だった。
いまでいう、アジアンビュウテイ。長い黒髪が肩のあたりにながれていた。日本人である母の遺伝子を強く受け継いだのだろう。
あれから全く変わっていない。
美しさは歳とともに増すばかりだ。
パラソル。日傘というものをしらない塾生が「雨がふっていないのに美智子先生は傘差していたらおかしいよ」といった。
パラソル。日傘というものをしらない街の女たちが「どうして日にやけちゃだめなんで」
冬も日傘。それでも外にでるのはきらいなミイマだ。うすうすは感じていた。なんとなく思ってはみた。だがいままで否定してきた。
「小さな田舎町でふたりだけで静かな生活をしていくことを約束すれば、結婚をゆるしてもいい。生まれた子供は、アメリカで育てるから。わたしたちに任せてくれ」
「できれば山の中の低地。盆地がいいと思いますよ。日照時間が極端にすくない日影にあるような町がいいのよ」
美智子の母がつづけた。父親がうなづいている。
――それなら、わたしの故郷、死可沼がいい場所だ。適地です。
伝説のウエンチェスター邸とまではいかないが、ほとんど五万坪はある広大バラの庭と屋敷のなかで生活している。美智子の両親は娘のことを心配していた。
紫外線への抵抗力が美智子は弱いという。
わたしは約束を守った。
そして、20年近くの時間をこの北関東の北端の小さな舟形盆地でそれは、それは仲睦まじく民話的に暮らしてきた。
この故郷、死可沼は前日光高原にある舟形盆地なので、日照時間は短かった。
男の子と女の子が生まれたが、約束なのでニューオーリンズの妻の実家にあずけた。
わたしたちは、喧嘩をしたことも、言い争ったともない。毎日が夢のように過ぎた。だが、ミイマの出自には、漠然とした疑念がないわけではなかった。
でも、それは、雪女郎のように、一言でも、疑問を呈しただけで、ミイマがわたしから去っていくのではないかという心配があった。
だからこそ、アサヤはいままでそのことには触れなかった。
幸せに生きていくにはミイマの出自に疑念を抱かないこと。
それは不文律といってよかった。それがいま破られようとしている。
アサヤも若いとき、ただの通訳をしていたわけではない。GHQの影通訳であった恩師愛波先生のあとを継いでCIAのエージエントをかねていた。
それらすべてのことを忘れた。平穏な田舎町で過ごす。
それでよかった。いままでは――。
日常の静かな暮らしをつづけるために、硬いからカラをかぶっていたようなものだ。家が見えてきた。
と……門扉に人影。
「あら。礼子さんだわ。こんな遅く、なにかしら」
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