第35話:敬語とタメ口

 暫く浸っていた二人の時間を始めに遮ったのはピロン!という通知音だった。

 音と共に出てきたログを見て、つい「あっ」と声に出た。


「……先輩、どうしたんですか?」

「おう、今リリィからフレンドチャットが来てな」

「ああ! そういえばつい忘れてましたけど、リリィちゃんに友達になろうって誘われてたんでした!」


 それは忘れてやるなよ……と言おうと口を開きかけたところで。


「うっかりしてましたね。先輩と一緒にいるのが楽しいからでしょうか? なんて」


 そんなことを言ってふふっと小さく髪を揺らして笑うから、何も言えなくなった。

 忘れた理由が俺と一緒にいるから……そんな言葉を聞いて、忘れられかけていたリリィには悪いと思いつつ、顔が緩みそうになるのを必死に抑える。

 なに、俺の彼女可愛すぎない?


「ま、まあそれは置いておいて、ですよ。リリィちゃんからなんて来たんですか?」

「ああ、そうだったな。えっと……」


 視線をログから開いたチャット画面に移し、リリィから今しがた来たチャットの内容をそのまま読み上げる。


「『このあと少し自由にできるから、もし時間があれば添付したマップのところまでヤミちゃんと来てください』だってさ。それで、このマップの位置は……」

「んーどれどれ……。これは闘技場のエリアマップですかね。それで、この赤いアイコンが光ってるところに行けばいいんですかね?」


 可視化した俺のメニュー画面を横からのぞき込んだ実夜はふむふむと頷きつつルートを確認しているようだった。


「へぇ……この闘技場、こんな場所があったんですね。普段は関係者以外立ち入り禁止ってなってるのかも……? とりあえずルートは把握したので早速行きましょ先輩! こっちです」

「あ、ああ」


 もう道順を把握したということに驚きつつも、実夜に手を引かれて歩き始める。……っと、一応今から行くって返事だけ書いておこう。


 そしてリリィのところへ向かう途中、思い出したように実夜が口を開いた。


「ところで先輩」

「なんだ?」

「明日――は無理なので、明後日! 空けておいてくださいね」

「了解。何するんだ?」

「素材集めです!」

「素材……防具はもうあるし、昨日頼みに行ってきた武器の素材とかか?」

「武器の素材はもう私から渡してあります。集めるのは防具の素材ですよ」


 防具ならこの街に来た段階でヒスイさんに作ってもらった装備がある。まだ新しく作る必要は無いと思うんだが……。


「その顔は分かっていませんね? 作るのは見た目用の装備です」

「見た目用……? あー…………俺のも、か?」

「何言ってるんですか。先輩のがメインですよ」

「本気、だよなぁ……」

「ふふっ、楽しみにしてるんですから。先輩の女装姿!」


 要するに集める素材というのは後夜祭――浴衣着る浴衣の素材、か。

 何故だろう。急に明後日用事とか入らないかとか考えてしまう。実夜と一緒に遊びたいという思いもあるが、女装という未知への恐怖が勝っているのかもしれない。


「まあ、用事は無いしなぁ……」

「何言ってるんですか。私は空けといて下さいって言ったんですから。当然こっちを優先してくださいよ」

「……マジか?」

「当然じゃないですかぁ」


 どうやら女装から逃げられることは無いらしかった。まあ仕方ない。きっと俺以外にも女装参加者はいるだろうし……。いるよな? いてくれよ……!!


「ほら、そんなこと言ってるうちに着きましたよ。たぶんここら辺に……あっ、リリィちゃん!」

「ヤミちゃん、ルアくん、こんばんはです!」


 マップの場所で待っていたリリィはこちらを見つけると小さく手を振りながら挨拶をした。


「ヤミちゃん、はじめまして! ルアくんはお久しぶりですね。改めまして、元案内役・現監視役を務めているリリィです。メインステージ見てくれましたか?」

「もちろん!」

「リリィ様、だよな」

「様はやめてください! それで、今日は2人とも突然のお誘いだったのに、わざわざ来てくれてありがとうございます」

「いやいや、むしろお誘い下さりありがとうございますって感じで!」

「こっちも会えて嬉しいからな」


 するとリリィはニコッと笑って「じゃあ堅苦しいのは無しにしときましょうか」と言うと懐から1つの袋を取り出した。


「今日呼んだのは、ヤミちゃんとフレンドになりたいって理由もあるんですが、もう一つ本題があってですね……」


 リリィが袋の中身を取り出して、掌の上に見えやすいように持つとこちらに見せる。


「小さな……宝石か?」


 それは細長く丸っこい形の、赤く透き通った宝石のようであり、しかし周りを白色の薄い膜が覆っている。


「ヤミはこれなんだかわかるか?」

「うーん……β版の頃には見たことないアイテムです。リリィちゃん、これは?」

「これは信頼の石ってアイテムでして、これをフレンドさんに配ってるんです。ホントはフレンドギフトから渡せたら良かったんですけど、システムの都合で手渡しです」


「そんなわけでこちらはルアくんにあげますね。どうぞ」

「ああ、ありがとう。……へっ!?」


 リリィに持っていた赤い宝石――信頼の石を受け取った。すると一瞬ピカッと光を放ち、それからパリンという何かが割れたような音と共に光の粒子となって跡形もなく消え去った。

 それを見ていたリリィは1つ頷いて実夜の方を向いた。


「ではヤミさん! フレンドになってもらえますか?」

「うん、もちろん! ……あ、フレンド承認っと、できたよ!」 

「それではヤミさんもこちらをどうぞ」


 リリィはさきほど俺に渡したのと同じような、けれど青色の宝石を取り出して実夜に手渡す。

 するとその宝石は俺の時と同じように実夜の手に触れると光を放ってから光の粒子へ変化する。


「これで大丈夫です!」


 よしと満足げにリリィが呟いたタイミングで、実夜が思い出したように口を開いた。


「あ、リリィちゃん。なんで今日は敬語になの?」

「えっ? あーそれがね。私たちはプレイヤーさんと一定の距離を取らないといけないってことでフレンド以外の人と話すときは敬語にって昨日あのあとお達しが来たんだよ」


 そう言ったリリィの口調は既にタメ口になっている。


「あれ、でも俺と話すときずっと敬語だよな?」

「えっ? あ、良いんでしたらタメ口になりますよ?」

「許可制なのか」

「ですです。ほら、ヤミさんは昨日通話で『タメ口でいい』って言われてましたから」

「じゃあタメ口でいいぞ」

「おっけー! それじゃあルア君、ヤミちゃん、今日は来てくれてありがとね! そろそろ私は戻らないといけないから」

「おう、またな」

「リリィちゃんまたね!」

「はい! また会いましょ~」


 そう言ってリリィがダイブアウトするときと同じような光を放ち、手を振った辺りで一瞬あっと何かを思い出した素振りを見せてから、ちょいちょいとヤミを手招きした。


「? リリィちゃんどうかした?」

「1つだけ。ヤミさんちょっと耳貸して…………ごにょごにょ……」


 近づいた実夜に耳打ちをした。……一体何を話しているんだろうか。


「……へっ!? あっそれはちょっと……ごにょごにょ……」


 それから話が終わると、「じゃあね!」ともう一回いってから光の粒子となって消えた。


「で、なにを言われたんだ?」

「えっと……な、なんでもないで……」

「……どうした?」

「…………なんでもない、よ。先輩」

「えっ」


 振り絞るような小さい声であったが、確かに聴きとれた。言い方がいつもと違かった、よな?


「な、なんでもないです!」


 そういえば、そうだ。今まで、なんでかずっと実夜の喋り方は俺に対しては敬語だった。

 いや、『先輩に対して』ということなら不思議でもないか。でももう。


「そういえば、もう俺たち恋人なんだもんな」

「えっ!? せ、先輩?」

「恋人って、対等な方がいいと思わないか?」

「えっと、それはつまり…………」

「俺は先輩じゃなくて彼氏だ。……タメ口で、いいだろ?」


 実夜の顔を見て言う。少し恥ずかしくなってしまうけれど、告白した時に比べればどうってことはない。


「……呼び方は先輩のままで、いいです……いいの?」

「ああ、呼び方は好きな方でいいよ」

「じゃあ、先輩。これからも、よろしくお願……」

「どうした?」

「……ふふっ、なんでもない! よろしくね、せーんぱい!」

「ああ、こちらこそ、な」


 それから二人、闘技場の外のベンチ近くでダイブアウト。

 夜寝る前にまた少しだけ通話して、名残惜しみつつ通話を切る。就寝するときはとても幸せな気持ちで一杯になっていた。


 ◇


 翌朝7時、起きて端末を確認してみるとCIRCLEサークルにメッセージが届いていた。

 内容は『昼 12時 ナック集合』の3語だけ。嶺二からである。

 嶺二から集合が掛かること自体珍しいが、まあ一昨日も集合したしそこはいいとしよう。しかしそれに加えてメッセージの内容が単語の羅列というのは気になる。

 いつもなら感嘆符を付けて『ナック集合! よろしく!』くらいな感じのノリの良い文章で送ってくるやつだ。何かあったのだろうか……。

 そう少し考えたとき、一昨日のことを思い出した。


「あっ、告白……」


 そう、一昨日の帰り際(30話後半)。俺が嶺二にそれを聞いたとき、はっきりと答えていた。


 ――――明日だ。時間もらえたからな。直接言いに行ってくるよ


 つまるところ昨日、俺と実夜がNDOで遊んでいたとき、嶺二はおめかしして告白に臨んでいたわけだ。……正直、昨日はすっかり忘れていた。おそらく今日の集合は報告か。

 でもアイツ、結果が良かったならテンションガン上げでメッセージ送ってくると思うんだよなぁ。……まあもし結果が悪かったなら飯奢って慰めるくらいはしてやろう。一応、親友だしな。


 まあ12時までは時間もあるし、朝食食べたらNDO一回入ってクリティカル稼ぎでもするか。早くスキルレベル上げたいもんな。


 ……というわけでやって来ましたは因縁の相手。俺唯一のソロ討伐経験のあるボスであり、恥ずかしい二つ名血染めの弓使いの元凶。そう、第1の街アディエルから西の森にいた、例の熊である。


 これといって理由があるわけではない。連戦でアーツを何度も試すのに良さそうな敵はなんかいないかと考えて、パッと思い浮かんだのがコイツだっただけだ。


「……さて、それじゃあ早速始めますか」


 そして【アーツ縛り】のスキルが外れていることを確認した後ボスエリアへと足を踏み入れた。

 奥の方を覗いてみれば、以前と同じように悠然と二本の足で立つ熊の姿が視界に入る。


 ……初めは『弓術・多連』のクリティカル50回からやるか。


 距離を十分に取ったところから、まずは試しにと弓の弦を目いっぱい引いて『弓術・多連』を発動させた。何気にこのアーツを使うのは初めてだったりする。


「……へぇ、凄いなこれ」


 発動させるとすぐに、矢の周囲に黄緑色のエフェクトが現れる。この状態で矢を放つとアーツが発動するわけだ。

 狙いを足に定めて……っと!

 そうして弦を離すとエフェクトを纏わせながら矢が5本連続で放たれた。


「ってなんか強くね?」


 以前戦った時は多く感じた熊のHPであったが、『弓術・多連』の5発のうち3発が足に命中すると熊の頭上に見えるHPバーはゴリッと約4割程度減っていた。

 ちなみに2発外れてしまったが、実夜曰く連続で放つスキルの場合一本目以外は乱数で若干ブレてしまうらしいから、おそらくそのせいもあるのだろう。


 そして肝心のクリティカルだが……当たった時のエフェクトは全て白。スキル欄を見ても括弧の中は0/50のままであり、クリティカルは発生していなかった。

 それから2回目3回目と続けて『多連』を使用すれば、あっという間に熊のHPゲージは0になった。


 ……まあ、俺の今のレベル25だからな。対して熊は変わらずLv13。レベルにほぼダブルスコアの差があるわけだ。考えてみればまず負けることは無いだろう。

 ちなみにMP消費は……結構多いな。一回で4消費、俺のMP最大値が今101だから25回しか打てない。


「まあMPはおいおいとして、クリティカルの発生だけ確認しとくか」


 そうして熊の周回を始め、クリティカルが発生するまではそんなに時間がかからなかった。

 5頭目か6頭目辺りで『弓術・多連』の5本の矢のうち当たったのが4本、そのうちの2本が当たった瞬間に黄色のエフェクトが出た。すぐにメニューからスキルを開き確認してみれば、括弧内の数字が2/50になっている。


 へぇ……これなら割とすぐかもな


 おそらく多連1回の発動で出る5発それぞれにクリティカル判定があるのだろう。アーツのダメージが安定しないという点では若干マイナスな部分かもしれないが、とにかくクリティカルを発動させなくてはならない今の目的に対してはプラスである。



「しかしこれは……狩る敵を変えるべきか?」


 当たる場所を工夫すると若干ダメージは落ちるものの、それでもアーツ4回発動で倒せてしまうのだ。前弾ヒットなら3回。

 そんな頻度で倒してしまうのではさすがに効率が悪すぎる。しかしだからといって、第2の街から北にいる蜘蛛のボスのところは虫地獄。好き好んで行きたくは無い。


「雑魚狩りで、っていう手もあるが……んー」


 雑魚狩りという手も無いわけではないが、倒すと死体が残ってしまう俺の場合は若干問題がある。インベントリが一杯になったら死体がゴロゴロ転がることになってしまうのだ。一応一定時間経つと死体は消えるとはいえ、その一定時間がロスであり、そもそも死体がいくつも転がる場所で戦いたくはない。


 そこまで考えたところで、とある敵モブが思い浮かんだ。

 かつて初見殺しのような攻撃によって敗北を喫した、第二の街西側に広がる草原にぽかりとできた綺麗な湖にいる、たしか名前は水竜シルヴィシアだったか。


 現在地から割と近いし、たしかシルヴィシアはLv26辺りだったはずだ。まだ格下ではあるが、リベンジマッチにはいい頃だろう。

 いや、クリティカルをひたすら稼ぐという点だけで言うなら安定周回の方が良いのかもしれないが、少し戦いたくなってしまったためそこは気にしないこととする。

 本末転倒な気もするけど……いや、楽しむことが第一だよな。


 そうと決まれば、まず決めるのはスキル構成だ。強敵をソロで相手取るのは、それこそ前にシルヴィシアに負けた時以来である。

 早速というように一旦すべてのスキルを外していく俺は、久々の強敵との戦闘を前にワクワク感を感じていた。

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後輩と一緒にVRMMO!~弓使いとして精一杯楽しむわ~ てる @teru0653

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