第30話『危険なおっさんと危険な仲間』三

 俺にやってきたものは確かな昂揚感と、徐々に押し寄せる限界。腕と手の痺れは、気持ちや気合いだけではどうする事も出来ない――疲労だ。


 俺の限界が近づいてきたそんな時。


 唐突に世界が暗くなったかのような、そんな錯覚に陥った。自身の限界かとも思ったが、違う。


 そもそも、暗くなった事自体が錯覚ではなかったのだ。その突然起こった出来事に、魔王軍の攻撃の手すら緩まった。


 ――魔王軍の魔法じゃないのか? とそんな疑問を感じていると……地面から黒い滴のようなものが現れ、天へと向かってゆっくりと落ちていく。そうとしか表現出来ない現象。


 黒い滴のようなものは雨粒よりは数が少ないだろうが、視界が悪くなる程度には多い。それが、天に向かって落ちていく。

 また一段階、空が暗くなったような気がした――そんな時、戦場に声が響いた。


『皆さん! 私の召喚物の間を抜けて、門に向かってください!!』


 少し低めの男の声だ。


『今、助けます! 走って!! シルヴィアさんは向こうをお願いします!!』


 そんな声がした直後、赤黒い、黒に赤が混じったかのような無数の太い触手が……包囲網を形成していた敵達を薙ぎ払い、突き刺し、千切り飛ばした。無意識に、俺の口が動く。


「……いったい何が――ヴォエッ!!」


「何でも良いから行くよ!!」


 ニコラに体当たりされるように担がれた俺は、見た。別の地点では氷の柱出来ており、空からは氷の槍が降っている。


 空で次々と生成されていく氷の槍の発生源にいたのは、青髪の少女。僅かに青みがかっている肌をしている色白の美少女が、腕組みをして宙に浮いているのだ。


「……あれ、何だ?」


「ああ? ……おぅ、最高位の精霊じゃねぇか。となると、助けてくれた奴は精霊術のエキスパートかもなァ」


 ニコラに担がれた状態で後方を見てみれば、ニヤニヤしながら後に続くラルクと一行。


「おい、俺を見るな。金取るぞ」


「ヨウ君! 口を開くと舌噛むよ!」


「いやぁ、普通逆だろ逆!! くっくっくっ」


「……後で覚えてろよラルク。家の危険な娘が、お前の息子を千切り取りに行くからな」


 俺の言葉に、早口で言葉を返すラクル。


「おいバカ止めろ! 冗談になってねェぞ!!」


「……キミが望むなら……バッチイけど、ヤる?」


「切りかかっていいよなァ!? これ、後ろから切りかかってもいいよなァッ!?」


「冗談だ」


「なんだぁ、冗談かぁ」


「片方はあんまし冗談じゃなかったな?!」


 そんな事を言い合っていると、俺達は影を追い越した。影を作っていたものの正体は……後ろ姿しか確認出来ないが、敢えて言葉にして表現するのなら、赤黒い肉塊の花。


 地面に触手の根が這っており、茎部分からは無数の触手が前方に向かって伸びている。そして極め付けは、花弁部分から生えている赤黒い人間の胴体。


 おおよそ、この世に存在していいものでは無い……と直感的に感じ取る事の出来る肉塊の花が、かなりの数連なって、壁となっている。耳にクスクスという不気味な笑い声が聞こえてきたかと思えば、地面から《ソレ》は這い出てきた。


 ……肉塊で出来た、ヴァルキリー。


 足場を支えているのは肉が残っている死体のような、生々しい人の形をしている何か。肉塊で出来たヴァルキリーが、肉の槍を振るい、魔王軍を鉄と肉の混ざった肉塊へと変化させている。


「なんだよ、あれ」


「……えっと……本当にしらないかな。でも多分味方だよ、じゃなきゃボク等、今頃死んでるし」


 肉塊のヴァルキリーが魔王軍を薙ぎ払い……ヴァルキリーが命を奪えば、足場を形成している何か達が歓喜の歌声を上げる。おおよそ、この世の生物が発していい声では無い。


 そんな赤黒い肉塊達の中に……普通の中年男性並みの体格をしている男が見えた。黒いローブを着ている男は黒い杖を持っており、術師風の格好をしている。


 その目は真剣そのもので、覚悟を決めてこの場に立っている者の目をしていた。男が、城門に向かって叫ぶ。


『門を開け、皆さんを受け入れて下さい! 閉じるまでの時間は私が、この勇者オッサンが稼いでみせますよ!!』


 そう、この男は自分達を助ける為に――ここまでやってきたのだ。泡を口に含んだようなおぞましい声をしているが……助けに出てきてくれたらしい。


 戦場に響く声、激しく飛び散る血しぶき。

 ……助けられた……にも拘わらず、俺は突っ込むのを我慢する事は出来なかった。俺はその男を指で指しながら、ラルクに問い掛けてしまう。


「……勇、者……?」


「俺様達が勇者って呼んでた奴ァ、だいぶ前に魔王討伐目指して魔大陸に行ったぜ。あれは……何だろうな? ………精霊術と召喚術の、エキスパートかもな?」


 ――それって共存出来るのかよ……と思いながら、ニコラ対しても同じように問い掛けてしまう。


「……勇、者……?」


「うーん……勇ましい者って意味じゃ、間違ってないんじョないかな。なかなかいい目をしているみたいだし……うん」


 言葉に自信がないのか、噛んでしまったのか、最後の言葉が変になっていた。門が開き、集団が中へと迎え入れられている。


 それに続いて俺達も中へ入る事に成功。……と、横からリュポフと数人の衛兵が入ってきた。


「生きてたのか!」


「……ええまぁ、何とかですね。私達以外は、皆死んだと思っていましたよ」


「お互い様だな」


 優しく地面に降ろしてもらい、自分の力で立ってみれば……体に疲労が溜まっているのがわかる。が、それでも全く戦えない程ではない。


「……やっぱり、ゲームとは違うな」


「うん。ボクの世界とは違うから、命は大切にしてね?」


「お前はお母さんか」


「ママって言ってごらん」


「ママぁぁ…………」


「……そろそろ後悔した?」


「言わなきゃ良かったなと、今後悔している」


「本当は?」


「少し気持ちいい」


「うわぁ……」


 そんな事を言っていると、扉が閉まり始めた。見れば外からは……皆を助けるために奮闘してくれたおっさんが、此方に向かって走ってきている。


 ――間に合うのか? という疑問を強く抱き、近くに立っていた町の衛兵に声をかけてみた。


「おい、扉を閉めるのが速すぎるんじゃないか?」


「馬鹿を言うな、これでも敵がなだれ込んでくるか来ないかギリギリのラインだぞ」


 今俺が立っている位置は扉から少し離れた、石で出来た建物の影だ。扉の近くにはメイスを持ったシスータ服を着ている女性や、他の衛兵よりも質の良さそうな装備をしている女衛兵を始めとした、武器を持っている人々と、それを心配そうに見ている多くの子供達。紅いローブの女の子が、非常に目立って見えた。


 おっさんがローブを振り乱し、息苦しそうに走ってきているのが見える。が――後一歩……というところで、おっさんの肩が敵に掴まれた。


 その場の音が消え、その声だけが存在している音だと言うかのように、おっさんの声がはっきりと聞こえてくる。


「閉めろォォおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッッ!!」


 閉まっていく扉の隙間から見えたおっさんの顔は……笑顔。何かを成し遂げて、何かを諦めた男の顔だった。


 扉が完全に閉まってしまう――と思われた次の瞬間、門の前に居た子供達が門を抑え、扉が開いたのだ。


 ――子供の力でだなんてあり得ない、と思い……よく見てみれば、上の方にはあの時に見えた青い少女――氷の精霊が扉をこじ開けていた。


 開いた隙間から飛び出した武器を持つ者達が、おっさんを掴んでいた魔物達を蹴散らし、扉の中へと引きづり込んでいる。それと同時に扉が閉まり……壁の上からの猛攻が、門前に集まった魔王軍を攻撃しているようだ。


 城壁前の喧騒が遠ざかっていく。


 一度体制を立て直すために、距離を取るのだろう。


 子供達やシスターが、おっさんに泣きながら抱き着いている光景は、一連の流れを見ていなければその場で止めに入っていただろう。……だが、それを止めようとする者は誰も居ない。それどころか、泣いている者も少なくは無かった。


「……あのおっさんのおかげで、助かったな」


「うん。すごく、いい人そうだよね」


「戦争は、ここからが本番だな」


「うん、そうだね。……ところで、戦闘中にボクに言ってくれた言葉、もう一度言ってくれない?」


「……なんだっけ?」


「まったく仕方ないなぁキミは、ダイ?」


「スケ?」


「誰!? 誰、ダイスケ!? キミってば、高揚してる時にしか本音を言わないよね!」


「おまえもな」


 撤退戦は多くの死傷者を出しはしたものの、一応は成功を収めた。……が、ここからが本番だ。






――――特別後書き――――。


こちらのキャラストーリーはこれで一区切りとなります。

本当はもうちょっとだけ続きが書いてあるのですが……防衛線の途中で切れているので、ここで区切りました。

本編では以降も出て来る予定なので……もし宜しければ、本編の方もよろしくお願いします。


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ライゼリック ~ゲームのパートナーが異世界でも脳筋過ぎてやばいよやばいよ~ 龍鬼 ユウ @Nikolai-2543

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