第9話
「んしょっと…」
プチ、とキノコが岩肌から剥がれる音がして捥げる。名前の通り8つの槍が付いているような茶色のキノコだ。
「イ、イツキ!こんなんじゃ全然足りないよ、」
プチ、プチ、プチと鬼のハイペースでヤツヤリダケを取り続けるミオ。背中に背負う籠にはイツキの2倍以上の量がすでに入っていた。
息は酸欠のせいもあってかかなり荒い。
「はいはい。もっと頑張りますよーだ。でもな、ミオさぁん…ここって高くねぇ?」
なぜならここは断崖絶壁、下などボヤけて見えないくらい高いのだ。
ここ18年間でイツキにこんな経験あるはずがない。しかも命綱は頼りない紐一本という気が気でない状況である。
「ねぇミオさん…?これミシミシ言ってるけど大丈夫なの?」
「そ、そんなことより!命よりも1つでも多くヤツヤリダケよ!!」
イツキの必死の警告も軽くスルー。もうミオにはキノコ以外何も目に入らない状態だ。
しばらく黙々とプチること約2時間。
イツキとミオは籠一杯のヤツヤリダケを横に崖の上の花畑で寝転がっていた。
「いやぁ…採った採った!私は満足だよー」
んんー!と大きく蹴伸びをしながら呟く。
「依頼は籠一杯なのにな。これじゃあ量が2倍だ…」
右側にこんもりとヤツヤリダケが盛られた2つの籠を見て言う。
「ふふ。頑張った人は頑張った分だけ報われなければならない、って言葉知ってるでしょ。」
「意味はわかるけど、」
「ならよろしい!今日あと一箱はイオに持って帰ってもらって私が調理します。」
とよだれが垂れそうな表情で言う。
ーーんん?ってことは?
「まさか、?て、手料理じゃないですよね?」
恐る恐る聞く。
「手料理だけど??」
首を傾げながら呟く。
「いよっしゃぁぁ」
ーーミオの手料理!!
と、イツキが嬉しさのあまり叫んだ直後、
ドゴォォォン…
と先程までヤツヤリダケが籠二杯、満杯に入っていた所で衝撃が轟く。
無数のチリチリになったヤツヤリダケが宙を舞い
衝撃により、地面が揺れ、熱風が襲う。
何が起こったのか…
しばらくイツキは寝転んだまま動けなかったが
ミオの姿を見て状況を理解する。
ミオの周りにはすでに無数の水矢、隣にはグルルルと警戒を示すイオが居た。
ーーこの一瞬で水矢を展開し、イオまで…
とイツキもやっとの事で立ち上がり、ユグドラシルで支給品として受け取った至って普通の剣を抜き放ち、警戒モードへ、
しばらく硬直状態が続き、砂埃が晴れてくるにつれて敵のシルエットがはっきりとしてくる。
しかし、イツキはそのシルエットを見てパニックに陥った。
ーーえ、なんで…なんでこんなとこに居るんだ…?
それもそのはず、
砂埃がほとんど晴れ、見えるその敵はまさしく龍の形をしていた。
「ど、どういうことなの…?」
隣のミオに説明を求めようとすると、ミオですら状況を飲み込めていないようだった。
その驚いた表情を見れば一目瞭然だ。
その龍はやや小さめであるが屈強とした翼、妖艶さも力強さも感じられる黒に覆われた体毛、イツキにも感じて取れる黒い瘴気。そして龍から放たれる圧倒的な敵意が本物であると言っているかのようだった。
「龍…?なのか、?」
「イツキ?知ってるの…?」
驚いた顔でミオはこちらを一瞬見た。
「だってどこからどう見ても龍だろ??」
「いや、知ってるはずが…龍だよ?」
ーーいやいやたかだか龍だろ??
このファンタジー世界。龍くらいいても不思議ではないはずである。
なんでそんなに不思議そうなんだよ…
と思った矢先、しばらく大人しくしていた龍が口を開いた。と同時に襲うのは黒の熱風。凄まじい威力に一瞬、吹き飛びそうになったがミオは眉ひとつ変えることなく球型のバリアを貼る。
「まぁ!まぁ!ミオさん。細かい話は後にして!」
「ん。そうね…」
「こいつを倒すことに集中しましょう」
と雰囲気が一気に変わる。
冷たく感じるような集中力、研ぎ澄まされた神経が針となって外に飛び出してきたかのような感覚に襲われる。
ミオはバリアを解き、すぐ目の前2メートルほどに近づいていた龍を生み出した水の巨手で鷲掴みにして崖の下へ放り投げる。
しかし翼を持つ龍にする攻撃としては愚策だったのかもしれない。すぐさま舞い戻り、今度は黒い火球を何度も繰り出してきた。ミオは何層もバリアを貼り火球を相殺していると、
「なんか、苦しそう…?」
ミオはそう呟くと先程の攻防の間に上空に漂わせていた無数の水矢を龍の体へ刺す。
無数の水矢に串刺しになった龍は力を失ったかのように墜落する。
どしゃり…と音を立てて落ちると、苦しそうにバタバタともがき始めた。
ミオは何かを感じ取ったのか、ジタバタして暴れる龍に近寄り水色の光を当てる。すると龍はだんだんと動きが緩くなり、ついに眠るように動きを止めた。
ひと段落着いたな。と思ったがミオは一層水色の光を強めた。
そこから幾ばくか時間が経つが、ミオが光を弱める様子は見られなかった。
ミオの光は当たるたびに龍の傷が薄れ、消えていくのがわかった。おそらくユシルと同じ治癒魔法だ。
しばらくミオが格闘していると、龍の胸元にヒビが割れ、そこから羽の生えた箱が現れた。
「つっ…」
ミオは顔を歪めその 羽箱を水矢で滅多刺しにした。
不思議な羽箱はしばらくもがいていたがさらに水矢が滅多刺しにするとパタリと動かなくなり、
あたりに黒い物質をばら撒き霧散した。
その黒い物質は地面に咲いていた花に当たるとその花は枯れてしまった。
「この羽箱は何だったんだ…?」
一連の出来事を見てイツキがそう言う。
「この羽箱は"パンドラの箱"。取り付いたものの自我をエサとして成長してね、取り憑かれた本人は気づくことなく自分の自我を失って種親のいいように思考を変えられてしまうの。」
「そんな物、誰が何の為に…」
「もちろん、レイア教よ。あれだけ好き勝手に活動していても教団が無くならないのはこのパンドラの箱による洗脳が大きいと聞いたことがあるの。」
ぐっと拳を握り込見ながら話す。
ーーこの世界にも消しても消えない病魔ってもんはやっぱりあるんだな…
と元の世界で地下鉄で壮絶なテロ行為を行ったあの教団と重ねて考える。
「その種親、病魔の元凶。現レイア教教皇、パンドラよ。この名前くらいは覚えててね。」
「ああ、頭に入れとくよ。」
と後ろで治療を終えたはずの龍がよろめきながら立ち上がる。
元々の毛色は白だったのだろう。しかし今は白の絵の具の上に黒を落としたかのように濁った灰色をしていた。
「パンドラの箱が抜けた体は長くは生きられないの。」
震えるような足取りで一歩一歩、ミオが呼び出した青の猛獣、イオの所へ歩いて行った。
そして呻き声のようなもので何か最後の言葉を伝えるとパタリとその命を終えた。
最後のメッセージを受け取ったイオはミオの元へ駆け出して行き、最後のメッセージを伝える。
「嘘でしょ…」
驚きと喜びが混じった表情でそう言うと
「イツキも手伝って!」
「何を?」
「この龍。赤ちゃんを身ごもっていたの!」
「な、何だってぇぇ!」
そして突然の出産手術が始まった。
ミオも初めての事なのか、戸惑いながらも水で作ったメスで母龍のお腹を開いていく。
すると灰色に濁った体内から一際白い繭のようなものが出てきた。
イツキはその繭を傷つけないようにそっと母から切り離し、撫でるように繭を剥いていく。
しばらくその作業を続けていると中に辿り着き、
その中から小さな稚龍が出てきた。
ーーああ。母龍はこんな色をしていたのか。
その稚龍は純白のドレスを着ているかのように真っ白であった。
「きっと母龍はパンドラの箱からこの子を守ったんだな。」
「うん…」
涙ぐみながらミオは言う。
「だって、だってぇ。私の子を頼みますだってぇぇ」
すぐ横に横たわる龍に抱きつきながら言う。
「この子は大事に育てます」
ある意味誓いのようにも聞こえた。
イツキの手のひらでは稚龍がゆっくり、ゆっくりと消え入りそうな呼吸を繰り返していた。
虚勢から始まる異世界転生 高崎ナル @takasakinaru76
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