第8話
ーーま!
ーーえさま!!
ーーねえさま!
最初は獣のうめき声だと思ったが、聴覚がハッキリとしていくに連れて、軽く弾んだ声に変わる。
そしてもう一つ。
ーー早く日が沈んでしまう前に帰らないと。置いていくわよ!お母様に怒られちゃう。
2つの軽く弾んだ声。
っと…目が開けれるみたいだ。
ゆっくり瞼を開けてみる。
最初は明るさに目を細めたが、視界に映った景色の美しさにしばらく瞬きすることすら忘れた。
夕日にオレンジ色に染められた草原に昼間に暖められた空気がそよ風と共に流れる。
そこに仲睦まじく歩く、黒と白の幼子。背中には薪を背負っている。夕日のせいか、世界が一段と綺麗に見える。少し遠くの丘にこじんまりと立つ一軒家に向かって2人の幼子は走り出す。
その光景を見つめながらイツキは
昔、おばあちゃんと夕方の河原に散歩に行ったことを思い出す。
ーー懐かしいな…
と目の前の光景に既視感を覚え呟く。
もう少し見ていたいな、と思っていた矢先、
突然景色にヒビが入り割れ落ちる。それらの破片は中心で渦を描き1つに纏る。
まるでクレヨンを手にした赤子が画用紙に丸を描いたような球体が纏まり上がる。程なくしてそれは宙に浮いた、と思えば、急に円錐の形へと変化、光輝き出す。その光から漏れ出るのは草原の夕日と同じ色をしていた。
イツキにはその円柱に見覚えがある気がした。
そう、いつも通りの散歩の帰り、工事中のビルから落ちてきた鉄骨に。おばあちゃんの命を一瞬で奪ったあの鉄骨に。
途端、イツキの胸元からおばあちゃんから貰ったダイス型のネックレスが弾け出る。
夕日の円錐とダイスのネックレスは暫く光合った後、円錐はダイスに取り込まれた。
そこでイツキの意識は再び薄れる。
朝、目覚めると無地だったはずのダイスに赤の1が刻まれていた。
不思議な夢から数時間後、イツキはミオと一緒にヨトゥンヘイムから体内時計で約2時間、依頼のあった村、モーメットへ来ていた。
「やっぱ、魔法って便利だよな、当然だけど。」
当然だと言わんばかりにイツキは呟く。
それもそのはず、ここに来るまでの移動はミオの魔法で生み出された青いライオンの背に乗ってきたのだ。
後で分かった事なのだが、ユシルの転移魔法はユシル自身に大きな負担がかかる為、本当の非常事態以外は使わないらしい。
しかし、青のライオン、名付けてイオの圧倒的疾走感に虜となってしまった今は不便など感じない。かえって快適な方だった。
「当たり前よ!この子は私が小さい頃からずーっと!一緒なんだから!!」
と言いながらミオはイオの下顎を優しい手つきで撫でると、グルルル…と気持ち良さそうに喉を鳴らした。
魔法で生み出された存在にもどうやら意志はあるみたいだ。
暫くたわいない話をしながら歩くと、一際大きく立派な建物が現れた。
「はいっ!到着致しましたイツキ君。ここが、この辺り半径100キロに及ぶ周辺地域の委託所でございます。」
突然クルッと体を回転させ、説明を始める。
なんと貫禄を付けたかったのか、顔には水で作られたメガネを付けていた。
ーーこの世界でも知的=メガネの固定概念は不滅だな…
自信満々のミオを見てそう思った。
「我々ユシル教の隊員は毎日、ヨトゥンヘイムの受付で指定された委託所へ行き委託状、いわゆるクエストを受注します。」
水を上手く操り、紙の形や委託状など上手く表現して分かりやすく伝えようとしてくれる。
こうしてみると学校の先生なんか向いてるんじゃないか…例えば、化学とか。
想像すれば止まらなさそうだったので妄想の鎖を自身で断ち切る。
「そして!そのクエストを見事にクリア!!その暁にはなんと依頼主からかけられた分のテルが貰えちゃいます!」
と今度は頭に冠を被り、手にはジャラジャラのテル。これが全て水で無かったらなと思わずにはいられない。
と気がつけば、目の前にはうさぎの耳を生やした半獣人のお姉さんの前まで来ていた。
服装から見て、この人が受付なのだろう。
「こんにちは!!」
と元気よくミオは挨拶をすると、
「どうも遠くまでご足労頂きありがとうございます。本日の委託クエストはこちらです。」
と素っ気ないがしっかり説明してくれた。
渡された洋紙を受け取ったミオはう〜ん…イツキは初仕事だし、とかぶつぶつ言うこと数分間。
イツキがふぁぁぁわ…と大きなあくびを浮かべていると、ミオがクエストを発注し終えたのか、嬉しそうな足取りでこっちへ寄ってくる。
「イツキ君!君の初お仕事は…」
ふっすーと鼻を鳴らし、自信満々に続けた。
「ヤツヤリダケの採集です!!!」
「もっとこうモンスターと闘うって感じのクエスト無かったの…」
てっきりモンスターと闘うと思っていたイツキは少し落胆の言葉をこぼした。
「ヤツヤリダケの採集です!!」
そんな気持ちを打ち砕くかのように先ほどと同じセリフを同じ動作で繰り返す。
「わかったよ…まぁ、初めてだしな。」
まぁまぁ今度でいいじゃないかと自身を納得させる。
「ふふ、ヤツヤリダケって結構美味しいんだからね?」
とイツキはふとミオの目を見た。
それは完全にクエストに行くような目をしていない…まるで山菜狩りに行くかのようだ…
ーーこれが目的か…
イツキは一度深くため息を付き、もうキノコしか見えていないミオの後ろについて行った。
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