第7話


イツキは感慨深い顔でまさに天使の笑みを浮かべるミオを見て思う。


ーーこの世界では、この笑顔、曇らせる事が無いように守ってやりたい。


悠莉と別れた悲しみを何かで埋めたかっただけかもしれない。いや、そうなのだろう。

出会ってたかだか一日。しかし白の少女と異世界転生者。ミオとイツキには時間では量れない何かがあると、お互い感じ、見つめていた。しかし、


コン、コン。


ドアをノックする音が部屋に響きミオが慌てた様子でイツキの上から飛び退く。


すると入って来た男はミオと同い年くらいか?ミオと正反対の黒々とした髪をスッキリ切っておりしかもイケメン。

上背などはいたって目立つところはないが腰にはキラリと光るスピア?のようなものを刺していてその立ち振る舞いからも剣士だという事がわかる


「イツキ様。ご夕食の準備が整いました。」


なんと振る舞い。高級レストランにでも来たかのような対応である。


「どうぞこちらへ?ってミオ?こんな部屋で何してるんだ?それに。泣いていた、のか?」


途端、男の疑いの矛先がこちらへ向いていき。


「ちがうのっ。ちがうのよ?落ち着いてレーゼ!」


ミオが自らができる精一杯のジェスチャーで誤解を伝える、が説得虚しく、


「貴様がユシル教の恩人で無ければ一突きで葬り去ったのに。命拾いしたな。お前。」


と黒色の眼光を鋭くこちらへ向けてきた。動物に例えるとすれば獰猛なパンサーだ。


「勘違いで命取られかけてるんですがミオさん」


あまりの恐怖にミオに助け舟を求める。ここまでの威圧はアザエルからも感じなかった。


「ごめんね。必ず後で誤解は解いておくから。こうなったらレーゼはしばらくは治らないのよ。」


と、ミオは舌を出して両手を合わせて軽く謝罪してみせる。


「今後の為にも頼むよ。」


とイツキ言うとレーゼがこう言った。


「人でなしのお客さま。どうぞこちらへ。招待いたしましょう。」


あたかも地獄へ招待するかのように言い放った。


ーーこの世界に魔王が居るとしたらこいつだな…


「夕食のはずがいきなり地獄落ちでバットエンドかよ。シャレになんねーぞ。」


とイツキはぼそりと呟くと、前を向いて歩いていたレーゼの顔がくるっと回ってこちらをむき、


「なにか不具合でも?お客様?」


不気味な優しい笑みを浮かべながら言う。逆に怖えよ。


そこからはなにも話さずしばらく廊下を歩いた、すると


「ここです。お客様」


突然レーゼが言うと目の前に他の扉とはまた違った立派な扉が現れた。イツキがおおおお。と感心していると急に近づいてきて耳打ちをした。


「ミオはああ言っていたが…食事が終わったら部屋で待っていろ。」


と耳元で囁かられればイツキは何も言えない。

無視にも似た沈黙でドアを開けると。

そこにはまさに画面の中だけだった世界が広がっていた。天井にはシャンデリアらしきものが多数輝きを放ちながらぶら下がっておりその下には赤のシーツに包まれた20人くらい座れるであろうテーブル。まさに中世ヨーロッパの王の食卓と言わんばかりのクオリティだった。


「おお…」


と暫く感動に浸っていると一番奥に座っているユシルを発見した。すると


「全く君達は目上の人を待たせすぎだよ。あと5秒くるのが遅かったらつまみ食いが止まらないところだったじゃないか!」


と両頬をパンパンに張らせながら言う。


「もう十分止まってねぇよ!」


と言うとレーゼはこちらを鬼のような形相で睨んだ後こう続けた。


「これはユシル様。こちらのご客人がなにぶん準備に戸惑ってまして。お待たせしてすみません。」


と腰を90度で折る完璧なお辞儀を付け加えて言った。こう見るとなんか癪だが剣士、であることがわかる。


ーーこりゃ簡単にお許しは頂けなさそうだ。


と内心で思いながらユシルの前の席に着く。ミオとレーゼはその両隣に座った。ふと視線を移すと前方のユシルの皿にはもう半分も残されていない。


「つまみ食いしすぎだろ…」


とイツキがため息を含みながら言うと、


「君が遅いのが悪いんだろう?」


と責任転換された。左の分は飲み込んだのか右頬だけ張りながら言い放つ。


「いや、そこの礼儀正しい剣士のせいで…」


と言いかけたが辞めておいた。あとでとばっちりを食らうのはごめんだ。

と同時に視線は綺麗に並べられたご飯へ。主食のもりもりに注がれているものは米とみて間違いない。おかずは何かの肉のステーキで溢れる肉汁が食欲を誘う。


スープはコンソメ系の匂いがするが色は青だった。野菜はニンジンがギザギザの切り口になっていてキャベツに関しては茎だった。どれも少しずつ元の世界とは違うようだが本質的には違わないようでイツキは安心した。


「虫だったらどうしようかと思ったぜ。」


と虫嫌いのイツキにとって最悪のパターンを回避できた事に感謝していると。


「ふふ。虫料理もあるよ?食べてみるかい?」


とユシルはバッタの様な生物がこんがり焼けた物を口へと運んでいき。バリバリと美味しそうな表情で食べていた。


「いや。遠慮しとくよ。」


と若干、いや殆ど引きつった顔をしながら言う。


「美味しいのに。残念だな…」


と本当に残念そうな顔をして言うと、


「それじゃあ、頂こうか。」


と言うとミオもレーゼも胸のあたりで手を輪っかにして3秒あたり黙想した。この世界流のいただきますらしい。イツキも見よう見まねで真似たのちに食事にありつく。

思えば今日は色々あったけど朝ごはんは卵かけご飯一杯と言う質素なものだったので余計食欲をそそられる。しばらく以外と美味しい初の異世界飯に舌鼓をうちながら堪能していると、


「ふふ。そんなにがっつかなくても食べ物は逃げないのよ?」


とミオが片手に謎肉のステーキ片をフォーク?やのようなもので刺してこっちを見ていた。


「いやぁここのご飯が美味しすぎて!ついつい箸が進みすぎちまう。」


「箸が進むと言う表現はイマイチわかんないけど。美味しいってことよね?良かった。」


とミオも謎肉ステーキを美味しそうに食べている。

ーーほんと可愛い奴は何してても可愛いな。


ともう世の理というかなんというかそんなのを感じながら。イツキも謎肉ステーキを口へ運ぶ。その瞬間イツキをある既視感が襲った。


ーーこれ松本牛じゃねーかよ。

卒業前日祝いにお母さんが奮発して焼いてくれた松本牛のA5ランクのステーキを思い出しているとユシルが突然に口を開いた。


「今日はご飯も美味しかったし。仲間も増えたし。いい一日だった!」


と頬の代わりにパンパンに張った腹を叩きながら満足そうに言う。それにいち早く反応したのがレーゼだった。


「ユシル様。失礼申し上げますがお仲間とは? 」


と敬語を使っているところを見るとユシルがいつかいっていた威圧というのがレーゼに通じているのがわかる。


「彼だよ彼。ナツカワ イツキ君。ユシル教は彼を受け入れます。」


と言った瞬間、緋色の目と漆黒の目が同時に大きく開かれ、二人の驚嘆の声が聞こえた。


「なにっ?」 「ええー?」


漆黒の目の方はすぐに我を取り戻しユシルに問う。


「何故彼のような無礼者など??」



緋色の目の方は興奮と喜びを目に含みながら。



「凄いじゃんイツキ!凄い凄い!」



とイツキの両手をぶんぶん振りながら言う。


「そんなに凄えことなのか?」


と思った以上の過剰反応にびっくりしながらミオに尋ねる。しかし答えたのはレーゼだった。


「我々ユシル教は聖樹ユグドラシルを拠点に活動していて町や村から毎日届く魔物討伐の依頼や治安維持。主にそれをこなして報酬としてテルを貰う。」


ーーテルは日本で言う円といった所か。そしてユシル教はこの世界での警察的存在で間違いないだろう。


「我々は全15番隊からなり、各隊に10人ずつの全150人からなる精鋭集団だ。それぞれが実力者もしくは加護者である。からしてお前のように力も知能も加護も無くてここでやって行けるわけがない。」


ーーこいつ。言い切りやがった。

と同時に舐められた自分に少しカチンと来た。



「それじゃあ無能の俺からひとつクイズです。」



そこまで小馬鹿にされて黙っているほど人間は出来ちゃいない。



「レーゼさん。俺らは先ほど何と戦っていたでしょうか?」


少しだけレーゼの発言にカチンときたイツキは質問を投げかけると。ピクッと眉が動いたのち


「なんだ?」と答えた。


「ぶっぶー!!答えはなんだ?じゃなくて!レイア教でした。めっちゃ強かったなぁ…」


客観的に見てもイライラさせられるような言動、顔で思いっきりレーゼを煽る。がしかし。


「レイア教だと?お前のような奴がどうして生き残れて…」


と明らかに焦燥を顔に宿した。これでイツキの目論見は大成功かと思われたが、様子がおかしい。

威圧だ。これは威圧なのだろうイツキはレーゼからそれを感じ取った。


「それはミオが居たってのが大きいけど。レーゼさんあんたなんでそんなに焦ってんだ?」


質問に真面目に答え無ければならなかった。いや、答えさせられた。アザエルの恐怖と同等以上の強制力をイツキは感じていた。確かにレーゼが持っているスピアは腰に携さわれている。しかし今そのスピアはイツキの喉元に突き立てられているような感覚に陥った。


「そんなのはどうでもいい。奴等はどこだ!場所を言え!!」


とレーゼが言った瞬間ブワッと全身の毛が逆立った。これはおそらく生存本能。ヤバイ!逃げろ!と体が発していた。と。目の前にいたユシルが口を開く。


「そこまでだレーゼ。少し落ち着け」


とため息混じりにユシルは言う。


「彼とミオがレイア教と対峙したのはかなり前の話だ。時間も経っている、そこに向かったとしても誰もいないのが当たり前だ。」


と癇癪を起こした子供をあやすかのようにレーゼを治めた。


「はっ…はっ、すみませんユシル様。少し取り乱し精彩を欠きました。」


息を荒げて少しずつ冷静さを取り乱していく。恐怖に似た威圧は少しずつ小さくなっていくように感じて消えて無くなった。


「別にいいよ。君の師の事もあるだろうからね。でも、彼、イツキ君には謝りなさい。」


あの獰猛なパンサーをなだめるかのように言葉を放つ。


「彼には加護が宿っている。今回レイア教は彼を狙って現れたんだ。そして彼はミオと協力して奴を退けた。これでも彼に力が無いとでも言うのかい?」


「加護がーー?すみません、私の早とちりでした。それでは彼があの例の。」


はっ…と何かを思い出したかのように表情を一気に変える。



「ああ。どうやらそのようだ。」


ーー例の?どういう事なんだ?


と考えているとレーゼがこっちを向いて。頭を下げた。


「すまなかった。君にはいろいろと無礼を働いてしまった。」


なんと完璧な謝罪だろう。逆にありがとうと言ってしまいたくなる。


「あ、いや、ありがとうございます?!」


ーーおい俺!!本当にありがとうって言ってどうすんだよ??


「ふっ。ふははは!何を言ってるんだ君は」


とレーゼは笑って言った。


正直、ビビった、笑顔、笑顔で殺されたのは今までの人生、これからの人生でおそらく無いであろうと思っていた。


ーー笑った顔もカッコいいじゃねーかよ。このハイスペック剣士が!!



「あ。いや、自分でも何言ってるか正直わかんなくて。」



「まったく。改めて、ユシル教第1番隊隊長レーゼ:クロウズ<涅>担当だ。宜しく頼む。」


ーーミオは確か、<聡明>だったよな?それに対してこいつは<涅>?何かの称号なのか?しかも1番隊ってことはトップ?って事だよな?


「ナツカワ イツキだ。今日からユシル教の一員になると思う。」


「ああ宜しくな。」


と無愛想だが明らかに今までとは違う好感が感じて取れた。


「ってことで仲直りは終わったかな。君とレーゼは同じくらいの歳だから仲良くしてほしいな。」


と上目遣いでこっちを見てくる。


「可愛くねぇよ。」


と言うとちぇ。と軽く舌打ちをしてから。


「さてイツキ君。普通であればユシル教での新入りは最下位の15番隊の雑用係から入ってもらうことに…」


ーー雑用は嫌だ。絶対こき使われまくるやつじゃん!嫌だよそんなの!

内心で思った、しかしそれもつかの間。


「なるが君は特例だ。ミオの居る2番隊に所属し、仕事を学べ。」


ユシルは小さい人差し指をこちらへ向けいい放つ。


「さすがはユシルだ!ありがとう!感謝する!雑用なんて死んでもごめんだね!」


ガッツポーズをしながらイツキは喜びを体で体現する。


「あ。実力で結果が出なかった場合は問答無用で雑用に回ってもらうからそれも理解しておいてね!」


とユシルはウインクをしながらさらっと重要なことを答える。


ーーさらっと言うなよさらっと。


と思いながらしかし喜ぶ。ミオの近くに居られるのだ。これほど最高の結果はあるまい。



「わかったよ。出来る限りの力を尽くして精一杯やらせて頂きます!ユシル様っ!」


と席を立ち、ミオとレーゼの礼を丸パクリ、否完コピして見せる。顔を上げると満足した顔をユシルは浮かべこう言った。


「うんうん。頑張ってくれたまえ!私は満足だよ実に!」


相当機嫌がよろしいようだ。


「そうだ!明日東の町のモーメットから依頼が来ていてね?ミオと君と2人で研修も兼ねて言って来てくれ。」


突然発せられたのは異世界初のお仕事イベントだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る