第6話

「里穂、あんた進路調査票のこと黙ってたでしょ」


 家に入ると同時に、母親から飛んできた言葉がこれだ。


「先生から連絡あったわよ。白紙で出したって」


 進路調査票を白紙で出してから二週間。

 早く進路を決めろという先生をのらりくらりとかわしてきたけれど、限界が来ていたようだ。私と話していても埒が明かないと思った先生が強硬手段に出たようで、母親がリビングで私の帰りを待っていた。


 と言っても、進路調査票を白紙で出したことを怒っているわけではなく、進路調査票を白紙で出し、先生に注意されていることを黙っていたことを怒っているようだった。


「ここに座りなさい」


 静かな、でも怒りを含んだ声と視線で、ソファーに座るように指示される。黙って座った私は、それからたっぷり一時間ほど日頃の生活態度まで怒られることになった。

 その結果、私は進路をきちんと決めることを母親と約束した。


 けれど、約束してすぐに決まるものでもない。

 翌日、いつものように多香美と一緒に学校へ行った私は、教室へ行く前に職員室へ足を運んだ。


 不祥事で頭を下げる政治家もびっくりするような真面目な顔を作って、来週中に進路調査票を出すことを伝える。先生は渋い顔をしていたけれど、来週中だぞ、と念を押すと私を解放してくれた。

 職員室から出ると、廊下で待っていた多香美が声をかけてくる。


「先生、なんだって?」

「来週でいいって」

「待ってくれたのは良かったけど、今日、金曜日だから時間ないね。大丈夫?」

「わかんない」


 大きく息を吐き出し、窓の外を見る。

 青く高い空に、鳥の羽根のような雲が浮かんでいた。景色は秋へと変わっているのに、体には夏の名残のような暑さがまとわりついている。


「東京に行きたいなら、百香みたいに東京の大学行ったら?大学なら東京行ってもおかしくないし、親も納得するんじゃない」


 名案というわけではないけれど、多香美がもっともな意見を口にした。


「でも、それじゃ進路調査票埋まらなくない?」


 浮かんだ疑問を言葉にすると、多香美が言った。


「東京の大学に行きやすそうな高校で埋める」

「やっぱりそうなるよね」

「んー、だめか」

「だめじゃない。それが良いと思うし、普通だと思う」


 でも、納得できない、と続けた言葉は、廊下を歩く生徒たちの声にかき消された。百香が聞いたら要領が悪いと笑うだろうけれど、このまま適当に進路調査票の空白を埋めようとは思えなかった。

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